02:Smoker×Smoker
「君達はなんて賢いんだ」
テロリストと呼ばれた男の言葉が、ここ数日ずっと頭を巡っている。
ルナシティに対して執拗に攻撃をしようとするテロ組織。
そんな組織はいくつも存在する訳ではない。
男が知っているのは2つ。
どちらも先の戦争で生き残った地球側の子孫だという。
「報告書出来たか?」
背後から話し掛けられ、男は少し驚いた。
「ビックリさせないで下いよ、先輩」
振り返ると中年の男が立っていた。
「手が止まってるから、終わったのかと思ってな」
「もう終わります。出来たら先輩のデスクに送っときます」
「頼むよ。それより、考え事か?」
「ちょっと、引っ掛かる事を言われて……」
「彼女に?」
「いえ、テロリストに」
俺の言葉に先輩は目を丸くした後、腹を抱えて笑い出した。
「お前にしては珍しく、面白い冗談を言うもんだな!頭でも打ったか?」
先輩の言葉に少し腹が立ったが、このご時世でテロリストに会ったと言うのも、冷静に考えれば何とも現実味がない。
「至って真面目ですし、頭も打ってないです。この間、ルナシティに行ったときに、ブリーフケースを持った汚い男を偶然出会って……」
「それがテロリスト?」
「武装警備員が言っていたので、本当だと思います……」
「武装警備員……」
その単語を聞いて、先輩の顔が真剣なものになった。
普通の生活をしていれば、武装警備員に出会う事など無いからだ。
武装警備員は通常の警備員と違い、逮捕権を持ち、被疑者への武力行使及び発砲、場合によっては射殺すらも、その場の判断で行える。
立ち位置的には警察よりも上、軍とほぼ同等か場合によってはそれ以上だ。
「マジで武装警備員に会ったのか……?」
「はい、お陰で無事でした」
「テロリスト……」
先輩は手で顎を触る。
この先輩の癖だ。
考え事をするとき、必ず顎を触る。
「先輩?」
「いや、風の噂で、旧アメリカ軍の子孫によるテロが頻発しているらしいんだ」
「風の噂……?」
果たして、そんな噂を何処から仕入れているのか。
「ルナシティを標的としてるテロ組織で、今現在残っているのは2つ」
「それは知ってます。旧アメリカ軍系統と、旧ロシア軍系統でしたね」
「数年前、軍と武装警備隊が連携して行ったテロリスト掃討作戦で、ほぼ壊滅したと聞いていたが……」
「残党は残ってるみたいですね。実際に見たし」
「うむ。しばらくはルナシティに近付かない方が良いかもな」
「近付くも何も、あんな馬鹿高い入場料取られるんだから、元々頻繁には行けないですって……」
「ハハハ、違いない」
先輩は笑いながら自分の机に戻って行った。
テロリズム。
何とも時代錯誤だと思う。
地球は既に、どんな天体よりも遠い星になっているのだ。
船で行き来する事も、通信のやり取りすら出来ない。
そんな地球を懐かしみ、月面政府に反旗を翻すより、月面人類として生きた方がよっぽど賢い。
「テロだの反政府ゲリラだの、2世紀遅れだろ……」
男は考える事が馬鹿らしくなり、作業に戻る事にした。
報告書を仕上げ、1度読み返して間違いがない事を確認し、先輩のアドレスに送る。
一度深呼吸をして、現場から上がってきた資料の整理を始めた時だ。
見知らぬアドレスからメッセージが届いた。
『賢い君へ。Bブロック3層、西7-9-1にある喫煙所で待つ。話がしたい』
あのテロリストだ。
迷惑だと返信しようと思った時には、そのメッセージはログも何も残さずに消えていた。
反射的に周りを見渡す。
何も変わらず、皆がそれぞれの作業をしていた。
「何なんだ……」
警察に連絡しようかとも思ったが、あの男と話したい気もする。
それに、いきなり警察が突入するより、自分と話をしている時に突入した方が捕まえられるのではないだろうか。
何なら、テロリストと話をしている時に警察へ連絡してもいいだろう。
男は今日の仕事が終わったら、指定された場所に行ってみる事にした。
☽
男が喫煙所に着いた。
しかし、中にも外にも誰もいない。
「何なんだよ……」
男は溜息を吐きながら喫煙所の中で煙草に火を点けた。
深く吸い込んで、ゆっくりと煙を吐く。
ニコチンとタールが全身を巡っていくのが分かる気がする。
「はぁ……」
男が溜息を吐いた時、喫煙所のドアが開いた。
テロリストかと思ったが、作業着姿の女性だった。
「何?」
不快そうに男の顔を見る女。
「いや、知り合いかと思って……」
すみませんと小声で謝る。
「貴女も紙巻ですか?」
微妙な空気に耐えれず、男は当たり障りのない話題を振る。
「え?いや、私はコッチ」
そう言って、女は巻物の様なものを取り出す。
クルクルとそれを開くと、中には細長い筒と、小さなビニール袋に入った刻まれた枯れ葉が顔を出す。
「
男は思わず声を上げた。
紙巻煙草すら化石と化している今、わざわざ煙管を使う人間など、伝説級に珍しいのだ。
「見るのは初めて?」
「ええ、使ってる人いたんですね!」
「まぁ、絶滅危惧種よね」
女は笑いながら、刻み煙草を器用に小さく丸め、煙管の先・火皿に詰める。
マッチを使い、慣れた手付きで火を点けた。
左手で煙管を支え、吸口を軽く咥えて静かに吸う。
「……吸ってみる?」
薄い煙を吐きなら、女が男に煙管を渡した。
戸惑いながらも吸い口を咥え、静かに煙を吸おうとするが。
「ゲホゲホ!」
紙巻とは違う、辛みの強い煙が男の喉を刺した。
「ハハハ!慣れないと難しいか」
女は男の隣に座り、男から煙管と受け取る。
雁首をもって火皿を下に向け、カンッと灰皿を叩き、灰を落とした。
「一回しか吸えないんですか?」
ケホケホと軽くむせながら男は聞く。
「アンタが下手なだけ」
笑いながら、女は再び刻み煙草を丸める。
「紙巻みたいに、強く吸っちゃダメ。熱いスープを啜る様に、優しく吸うんだよ」
そう言って、もう一度火を点けた煙管を男に渡す。
言われたように、スープを啜る要領で煙を吸う。
やはり辛い。
それに、雑味も多い。
しかし、先程とは違って、何とも言えない深い味わいが男の全身を包んだ。
「美味しい……、かも?」
「なんで疑問形なのよ」
女は再び笑う。
何とも清々しい笑い方をする女なのか。
年齢は男より少し上に見える。
肌は浅黒く、顔も整っている。
顔つきからして、ラテン系か。
「私に興味がある?」
先程とは違った色っぽい声に、思わず男は目を見張った。
「付いて来な、『賢い君』」
その言葉にハッとした。
いつの間にか煙管を片付けた女は、喫煙所を出て行く。
男は女の後を付いていくしかなかった。
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