第9話 ホルソフの戦いを一日でも早く終わらせる為に

・・9・・

5の月18の日

午前10時過ぎ

統合軍司令部から東・前線から6キロ離れた地点




 僕とリイナが九死に一生を得てから一週間が経過すると、戦況はさらに変化していた。

統合軍は七日間で包囲を狭め、前線はホルソフから約一五キーラを切り約一〇キーラに近づいてきていた。

 これにより作戦段階も進んだ。包囲が狭くなったことでロケットだけでなく大口径砲も射程内となった。さらには総司令部から連絡のあったAFー46二個飛行隊が到着し、市街地へは空爆を含む徹底的な攻撃と残された郊外部では野戦が続いていた。

 徐々に終わりに近づくことが出来ているホルソフの戦い。敵側でも、僕達の予測より早いペースで変化が生じていた。

 それはここ数日の間に入っている報告からもよく分かるくらいだった。


「アカツキ中将閣下、報告です。帝国軍は本日正午までに合計で一個大隊相当が投降致しました。中には二個小隊規模のまとまった部隊での投降もあったと、前線から連絡がありまして……」


「また? ここ四日間、ずっとこんな感じだったよね」


「はっ。はい。三日前より日間で一個大隊から二個大隊程度の投降が続いております。このペースですと、今日までに連隊以上旅団未満の投降兵士が出ることになります」


「了解。今後の作戦計画にも関わりそうだから、すぐに参謀本部と会議をしてみるよ」


「はっ。承知致しました。自分はこれにて」


「報告ありがとう」


 報告をくれた士官に礼を言うと、僕は隣にいたリイナの方を向く。


「予定を変更して、参謀本部と打ち合わせをしよう。当初の予定を早めてビラを撒いてもいいかもしれないからさ」


「そうね。私達が思うよりずっと作戦が進んでいるわ。中心市街地まであと約一〇キーラちょっとだし、本格的に市街戦に入る前に行うべきだわ」


「肯定。反乱軍の士気は想定以上に低下しています。なお、ビラについては既に予定数の半分である約一五〇〇〇部の作成が完了。第一段として散布してもよろしいかと」


「そうだね。帝国軍は早く戦争にケリをつけたいのか、連日降伏を促す呼び掛けを各所で行っているみたいだし、それが効いているのかもね」


 決めれば即行動ということで、僕達は視察に来ていた最前線から前線司令部に戻ることにした。

 一時間近くかけて戻ると、司令部施設には参謀達が集まっていた。


「忙しいところ集まって貰って悪いね。早速だけど本題に。結論から言うと、僕の権限を使ってビラ散布を本日より五日後から変更して明後日にでも行うことにする。理由はここ四日間の前線からの報告だ。昨日までに約一個大隊から二個大隊相当が投降してる。昨日に至っては降伏しようとした部隊に反乱軍督戦部隊と思われる部隊が攻撃、我が軍と銃撃戦及び法撃戦になった。士気の低下は明白。決行しても問題無しと考えたからだ」


 僕の発言に、参謀の面々は余り驚きはしなかった。遂にか。まあそうなるだろうな。といった様子だった。

 反乱軍兵士に向けたビラ散布。それは以前僕が総司令部で提案した、作戦後半から最終段階で行うと提案したもので、既に許可の下りているものだ。

 そもそもホルソフの戦いはあの人が帝国本国を裏切って反逆者にさえならなければ起きなかった戦いだ。だから僕達統合軍は当然として帝国にとっても無くて良かった戦いで、無駄な争いってわけだ。なのでどっちも早く戦いを終わらせたい。

 しかし、投降兵が増えてきたとはいえまだまだ抵抗は続いていて参謀本部の見立てでは少なくとも半月、最悪の場合で一月半はホルソフの戦いが続くと予想している。

 そこで僕が提案したのはホルソフの反乱軍に対して統合軍が直接的に死傷者が出ない作戦であるビラ散布作戦だった。

 軍というものは追い込まれれば必ず降伏者が出る。前世で僕が所属していた日本軍の前身と言って差し支えの無い旧体制日本軍、つまりは旧日本軍なんだけどここは降伏者が少ないことで有名だ。それでも少なくない数の兵士は降伏している。だから、いくらあの人に心酔しているのか脅されているのかは別として降伏数が少ない――ここ数日は過去形になっているけれど――反乱軍にも効果ありと考え作戦が行われるところまでは決まっていた。

 さて、そのビラなんだけど内容はこんな感じだ。


①既に勝敗は決まっている。降伏せよ。


②このビラを持って降伏すれば統合軍は条約を適用して悪い扱いはしない。一緒に連れてきた者も同じ扱いにするから安心しろ。なお、終戦後に然るべき話し合いを行った上でお前達は解放されるから心配するな。


③降伏しない場合、叛逆者リシュカと同列の扱いとし、反乱に加担したとする。降伏勧告後に降伏してもこの扱いは変わらない。


④降伏しなかったらお前達の家族は反乱者の家族になるから悲しむぞ。降伏しろ。



 とまあこんなとこ。実際は帝国の識字率の問題からもっと内容を分かりやすくしているけれど、早い話がこんな戦いバカバカしいのでとっとと降伏しろってことだね。


「アカツキ中将閣下、決行は明後日とのことですが具体的にはいつ行われますか?」


「タイミングは統合軍側からの再度降伏勧告の前。既にビラの準備は出来ていて、後は航空機からばら撒くだけだ。飛行計画に変更が生じるものの、航空隊へは決行が早まる可能性もあると伝えてあるから調整は難しくないよ」


「ありがとうございます。作戦部としては閣下の提案には賛成です。正直なところ、この戦いは一日でも早く終結して欲しい戦いですから。前線の兵士もそう思っています」


「情報部も賛成です。最早我々が分析するまでも無く反乱軍の士気は低下しており、前進速度からもそれは表されております。早期決着に有効であれば、是非行うべきと愚考します」


「了解。本作戦について、マーチス元帥閣下より決定権が僕に与えられているから決行の方向で行こう。すぐ準備にとりかかろうか」


『はっ!!』


 こうしてビラ散布作戦は翌々日に行われることが決定した。

 この作戦で少しでも早くホルソフの戦いが終結してくれれば。統合軍の死傷者が一人でも減れば。

 誰もがその思いで動き始めていた。

 もちろん僕もその一人で、あの人は降伏なんて絶対にしないだろうし最後まで抵抗するだろうけど、それはあえて口に出さなかった。

 統合軍も僕も、終戦に向けて日々を費やしてきたし、ようやくそれが手の届くところまで来たのだとも思っていた。


 けれど、戦争というものは本当に予想がつかない。

 いつも想定外がやってくる。

 でもさ、まさか終戦がとある形でやってくるとは誰も思わないだろう?

 皆考えてもいなかったし、僕だってこれっぽちも考えていない結末だった。

 あまりにも、あっけない終わり方だった。

 それは先の会議からたった二時間後、昼も二時くらいの事だった。

 統合軍に反乱軍から暗号無しの通信が入る。

 送信主はオットー。リシュカ・フィブラの副官。

 内容はこうだった。


『当方、リシュカ・フィブラを捕縛。魔法拘束具及び身体拘束具による多重拘束を行った。多少手荒い形にはなったが、完全に無力化に成功。ついては、我々の総司令官リシュカ・フィブラの身柄を差し出すので馬鹿げた延長戦を終わりにしたい』

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