第13話 リチリア島防衛戦6〜シャラクーシ防衛線の崩壊へ駆けつけるは二個大隊〜

・・13・・

 9の月10の日

 午後2時

 リチリア島・シャラクーシ防衛線



 10の日のリチリア島はよく晴れていた。午前中から砲音と銃声と魔法による爆発や悲鳴に断末魔さえ無ければ外出日和であるほどだった。

 リチリア島防衛戦が始まって八日目となった人類側はアカツキやリイナが言っていたように、劣勢にも関わらず善戦しているのは言うまでもない。この日も正午までシャラクーシ防衛線を難なく防衛しきれており、妖魔帝国軍の行く手を阻んでいた。

 正午を過ぎた辺り、妖魔帝国軍の攻撃が一旦中止された。共に戦っていた協商連合と法国軍の兵士達は互いが生き残れた事を讃え合い、束の間の休息と簡易的な昼食を摂ることにした。ある者は妻に手渡されたお守りを握りしめながら故郷を想い、ある敬虔なヨルヤ教信者は今日も無傷で済んでいる事に感謝しこれからも生きて地元に帰れるのを祈っていた。比較的裕福な士官は持ち込めた残りが少なくなりつつある紙煙草を吸って一心地ついていた。

 兵・下士官・士官達は視点こそ違えどこう思っていた。我らがフィリーネ閣下と精鋭達が七の日に敢行した夜間襲撃のお陰で敵の損耗は相当なものになったに違いなく、だから攻勢が思っていたより強くないのだと。

 ところが、午後二時になった頃に異変が生じた。それを発見したのは視力に優れたある兵士だった。


 「なんだよあれは……」


 「どうしたんだよ」


 「正面、正面だ。まだ遠いが明らかに妖魔帝国兵と形が違うのがいやがる……」


 「よく見えねえよ……」


 「見えねえなら上官に報告してこいって! あんなの見たことねえ……!」


 視力の良い兵士が目撃したのは、巨体の怪物だった。それらはたった一体に幾つもの鎖に繋がれた、異形だった。ヒトの形をしているが、ヒトならざるナニかであった。

 体長は明らかに人間より大きい。二メーラ、いや、二メーラ五十以上あるのが分かってしまった。まるで物語に出てくるおぞましい敵の如く、歪に盛り上がった赤黒い筋肉。獲物を求める血走った獰猛な瞳。姿が詳細に判明してくるにつれて、顕現したのがこの世ならざる者のようであるのが分かっていく。

 隣にいた視力の良い兵士が伝えにいってからすぐに上官である軍曹がやってきた。


 「軍曹殿、あれを……」


 「俺も見えている……。総員戦闘態勢を取れ……!」


 「この銃でやるんですか!?」


 「やるしかねえだろ!」


 シャラクーシ防衛線にいた兵士達には動揺が広がるが、戦闘態勢を取っていく。特に砲兵隊は午前中まで戦闘をしていただけに手早く射撃態勢を取っていた。

 下士官や士官達は迫りつつあるモノが初めて見るもので内心では戸惑いと恐怖が生まれていたが兵には見せられない。速やかに命令を下していっていた。

 異形は相対距離二キーラになると、鎖から解き放たれた。ソレらは鎖から解放されると、獲物を求めて我慢していた獣のように走り出す。


 「は、早いっ!」


 「よく狙って撃て!」


 「諸元から狂います! 対象が早すぎます!」


 「いいから撃て! 目標の推定はおよそ一個中隊だ! どれかには当たる!」


 「りょ、了解!」


 「歩兵隊、射撃準備!」


 「どこを狙えばいいんですか!?」


 「足止めさせろ! 図体はデカいが頭を狙おうとさせるな! 火線を下半身に集中!」


 およそ百以上いる化物はその巨体から信じられない程の速さで迫ってきていた。目視推定で時速約二十キーラを越えていた。

 この八日間で戦闘慣れしていた士官や下士官の命令は正しくはあった。いかに射程距離の長いライフルを持っていても、命中率が上がるのは練度の高い兵でも近付かないと当たらない。また、どう考えてもヒトではないから足止めさせるために下半身を狙うのも正解ではあった。

 しかし、化物は想定以上だった。

 確かに相対距離一キーラ以内に入るまでに砲兵隊による砲撃で何体かは倒せたが、ソレらは知能をある程度は有しているのか本能か、回避行動も取っていた。


 「歩兵隊、斉射ァ!」


 「撃て撃て撃てェ!」


 相対距離七百メーラ。下士官達は声を震わせながらも歩兵隊に一斉射撃を命じる。

 本来ならばこの統制射撃で敵を殺せる。殺せなくても移動速度は大幅に下がるはず。

 だが。


 「そんな!?」


 「銃が効かないなんて!?」


 「どうなってんだ!?」


 「魔法兵、一斉攻撃!!」


 化物はライフルの攻撃がほとんど効いていなかった。まるで弾丸を弾いているかのようだった。命中したはずなのに、嘲笑うかのように化物達は突進を続ける。

 魔法兵達は切断力に優れた風魔法に統一して一斉攻撃する。これなら吶喊力も落ちるだろうと誰もが思った。


 「嘘だろおい!? 風魔法で腕を切断したのに!?」


 「なんで迫ってくるんだよ!? 平気なんだよ!?」


 「守るのはこの柵と簡易塹壕しかねえぞ!?」


 「た、退避しましょう魔法曹長?! あんなのに接近されたら一捻りされてしまう!」


 「こ、こ、後退! 魔法能力者は魔法障壁を全出力で出せ!」


 女性魔法能力者兵の進言に対して上官の曹長は攻撃しつつ後退し、魔法障壁を全開させるよう言うが判断が遅すぎた。既に化物は目の前だったからだ。

 まるで玩具を壊すかの如く、柵は破壊された。化物の振るう巨腕で兵士達が吹き飛ばされ、バラバラにされていく。瞬く間にシャラクーシ防衛線は大混乱に陥った。

 自慢の砲兵隊も乱戦となれば砲撃は出来ない。歩兵が射撃しても弾丸は跳ね返す。魔法能力者の火属性で攻撃しても焦げるだけで、出力を高めた風魔法ですら傷を付けるのがやっと。Bランクの魔法能力者の中級風魔法で切断させられたが、化物には痛覚が無いかのように突進する。左腕が無くなったのなら、右腕で。特に脚部は強靭でいくら射撃してもライフルではまるで効果がない。むしろ怒りの咆哮を上げて、始末に負えなくなるくらいだった。

 八日間守り抜いてきたシャラクーシ防衛線は、たった一個中隊の化物共に蹂躙されこの世の地獄へと変貌していった。

 完全に防衛陣を崩された所へ、妖魔帝国兵達が追撃を図る。いかに精強な軍隊であっても一度戦線が崩壊してしまえば脆いものである。さらにそこへ沖合にいる海軍の艦砲射撃まで開始されるとなるともうどうしようもなかった。

 十四時に始まった、妖魔帝国軍内での通称『異形中隊』によってシャラクーシ防衛線はわずか二時間で瓦解し、多数の死傷者を出して敗北した。

 しかし、異形共の進撃は留まる事を知らない。次なる目標は、キャターニャ防衛線であった。



 ・・Φ・・

 午後6時15分

 リチリア島キャターニャ西部・防衛戦総司令部



 「シャラクーシ防衛線の二個旅団の被害甚大! 司令部通信機能喪失!」


 「防衛線は完全に崩壊し、現在敵軍はキャターニャ防衛線に迫りつつあり!」


 「未確認生命体の規模はおよそ一個中隊! ほとんど討伐出来ず、現在も我が軍を蹂躙!」


 「南部でも敵軍は攻勢開始! 第一防衛線を放棄し、第二防衛線にて戦闘とのこと!」


 妖魔帝国軍の『異形の中隊』によって戦線を崩壊させられた防衛軍総司令部は恐慌状態になっていた。協商連合の旅団から通信があったのが約一時間前。


『化物共が現れた。銃は効かず、魔法で腕が飛んでも暴れ回る。同時に妖魔帝国軍の攻勢開始。我が軍、反抗出来ず』


 それを最後に法国軍からも通信が途切れていた。

 南部でも戦闘は行われていた。彼我の戦力差約二倍では対応も難しい。こちらに関しては事前の作戦通り第二次防衛線で戦いが行われ、なんとか踏みとどまっていた。


 「化物共なんて……! 連中いよいよ本気を出してきたってわけね……」


 フィリーネは舌打ちをしながら報告を聞いていた。最後の通信内容までの様子は地図に書き込まれている。シャラクーシ防衛線が崩され、妖魔帝国軍は島東部で最大かつ堅固な防衛線であるキャターニャ防衛線に進撃しつつあった。だがもう一時間が経過している。今頃は戦意喪失した二個旅団が踏みにじられているだろう。

 フィリーネとニコラ少将はこれに対してすぐさま対抗策を打った。

 協商連合軍は後方のキュティルに置いていた一個旅団の内一個連隊を引き抜いて本部の防衛に転用し、本部の二個大隊をキャターニャ防衛線へ投入決定。法国軍はタレルモにある一個旅団から一個連隊を抽出して本部の防衛に充てる事を決定し、向かうよう手配していた。

 キャターニャ防衛線に投入される事が決まった二個大隊は七〇一と、七〇一に次いで最精鋭と言われている七〇二大隊。そして、敵が怪物だけにフィリーネ自身も出撃を決める。怪物相手には二個大隊だけでなく防衛軍の中で最強である彼女が出ざるを得ないという状況判断だからであった。


 「だからって、貴方も付いてこないで良かったじゃないの。クリス大佐」


 「自分もいた方がいいと思いまして。この状況下で少将閣下を失ってはいけませんから」


 「はっ! 私がクソ化物相手に死ぬと思って?」


 「オレにお嬢だけでなくクリス大佐まで揃い踏みとは、こいつぁいよいよって感じですなぁ」


 「全くだ。連中がいかに外道かが身に染みた。まさか化物なんてものまで投じてくるとはな」


 クリス大佐は盛大にため息をつきながら身体強化魔法で駆けて言う。

 二個大隊かつフィリーネの参戦。それだけでなく、緊急を要する事態だからと彼女の副官たるクリス大佐も同行することになったのだ。これは、クリス大佐の進言に渋っていたフィリーネに対して、ニコラ少将がこの司令部は自分に任せて戦闘力の高い彼がいた方がいいだろうと言ったからである。それはフィリーネの召喚武器の代償を知っているからこそでもあった。


 「私に何かあった際の副官の貴方なのに……、まあいいわ。付いてらっしゃい」


 とは、フィリーネの発言である。時間が無い中でクリス大佐が引き下がる様子が無かったから、彼女は許可するしかなかったのである。


 「クリス大佐」


 「はっ、何でしょうか少将閣下」


 「共に戦うのならば背中は任せたわよ」


 「これでも自分はA+ランクでSランク召喚武器持ちです。この剣に誓ってお守り致します」


 「光と闇の共演とは滾るじゃねえですか! だったらオレは存分に実力を発揮するまでだな!」


 クリス大佐はA+ランクの高位魔法能力者であり、Sランク片手剣型召喚武器『聖光の片手剣シャイニング・セイバー』の所有者でもある。得意属性は応用二属性の光。フィリーネの攻撃特化とは対照的な、しかし彼女の守護者に相応しい属性でもあった。

 なお、『シャイニング・セイバー』の独自魔法は聖なる光で剣の切れ味を極限まで高めて葬り去る『清光のライト・スピアヘッド』。闇属性に対しては特に効果のある技である。


 「あたしも忘れないでくださいよ、フィリーネ少将閣下!」


 「レイミー少佐、あんたの大隊の判断は全部あんたに任せるわ。いつも通りやりなさい」


 「了解しましたっ!」


 二つの大隊が並行して走っている中で接近して話しかけてきたのは七〇二の大隊長であるレイミー少佐。赤いショートヘアーが特徴の女性魔法能力者の軍人だ。二十代後半の彼女は、普段は快活で気前が良く、部下ともコミュニケーションを欠かさない明るい人物だが、フィリーネに認められているだけあって相当な実力者であった。魔法能力者ランクはA。所有召喚武器はSランクの杖型で、名を『ウィンド・リッパー』。自由自在に多数の風の鎌を扱える攻撃型召喚武器だ。


 「レイミーにヨルン、クリスに私。そして、二個大隊私の兵達。勝ったわね」


 「ええ、勝ちやしたね」


 「勝ったも同然ですよ少将閣下!」


 「こればかりかは同意ですね」


 四人は笑んだ。向かう先には友軍を崩壊させた化物共にも関わらず既に勝利を確信していた。曇りは一点も無かった。

 戦闘地域が見えてくる。時刻は既に午後七時前。間もなく日没になろうとしている。

 絶え間ない悲鳴と、死にゆく者の声。暴れ回るは一個中隊の異形。

 フィリーネは瞳にソレらを捉えた。彼女は心中で昂る心を抑えつつも独白する。

 ええ、随分気持ち悪い連中じゃない反吐が出るわ。

 でもね残念。

 今からお前達は私達が刈り取るの。化物共らしい最期へ誘ってあげましょう。

 唇の両端は上がる。

 そうして彼女は命令を下した。


 「ひひひひひっ! 総員吶喊しなさぁい! 妖魔共に等しく死を与えてやるのッッ!!」


『了解!!』

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