第6話 チャイカ姉妹の最期
・・6・・
「姉様ぁぁぁぁ?!」
「リイナッッ!!」
「この時を待ってたわ! アブソリュート・ソロ!」
目の前で倒れ伏す姉を目撃して悲鳴を上げるレーラ。
リイナがこの期を逃すはずもなく、左右に広いこの部屋の構造を活かして一旦部屋の端に回避行動を始めた僕の声にすぐさま反応したリイナは細剣を鞘から抜くと事前に短縮詠唱ながらアブソリュート・ソロを放つ。
「なぁっ?!」
姉への致命的一撃を目撃してしまったレーラは完全にそちらへ気が取られてしまっていた。
リイナが放つアブソリュート・ソロに対して緊急で魔法障壁を展開するも急ごしらえで詠唱した障壁では防ぎきれる訳がなく、氷の光線はレーラの左腕を切断。アブソリュート・ソロの威力は凄まじく扉や部屋の壁だけでなく外壁まで破壊。派手な音を立てて聞こえないけれど、表情と口の形から叫び声を上げているみたいで僕は氷の光線が消えたタイミングで追撃を開始する。
「吹き飛べ」
コイツがのたうち回る前に僕は急接近。
身体強化魔法を三重付与しての回転蹴りは強烈で、崩れてぽっかりと空いた部分からレーラは外の庭へ吹き飛んでいった。
「かっ、はっ……」
「まだ生きてるのか、しぶといな」
目の前で血の湖を作っているラケルに対して吐き捨てるように言い、隠れていたエイジスを呼び出す。
「エイジス、ラケルを術式を多重発動して拘束。持ち上げて連れてきて」
「マスター。エネミー1ラケルの生命活動は急低下していると報告します」
「念の為だ。可能な限り拘束術式を付与して」
「了解。拘束術式、四肢に各五重展開。詠唱防止として口部の拘束も進言します」
「やれ」
「サー、マスター」
既に瀕死だろうけれど、死に際に攻撃されるのを防ぐためにエイジスに命じて口部拘束も行い僕は崩れた壁から外へ歩く。感情はフラットだ。かつて前世で作戦に従事している時のように、心の波を平坦にする。
リイナはラケルが暴れ出さないように監視しながら、奴に剣の切っ先を向けていた。
外では片腕を切断された上に吹き飛ばされたレーラが泣き叫んでいた。
「痛い痛いイタイイタイイタイイタイイタイああああああああああ!!」
「そりゃ痛いだろうよ。総員、魔法銃を向けたまま待機」
「了解。随分ド派手にやりましたね、アカネ准将閣下」
「アレン大尉、アカツキでいいからね?」
「ははっ、冗談ですよ。作戦は見事に上手く運んだようで」
レーラが激しい痛みで転げ回っている間に、事前通告してあった部隊はレーラの包囲を完了する。メンバーは潜んでいたアレン大尉達の小隊と、王都から援軍にかけつけたエルフ連隊のマンノール少佐率いる中隊から抽出された小隊、そして陛下の懐刀たるライド少佐率いる王宮魔法能力者部隊からさらに選抜された小隊、計三個小隊。逃げ出す穴も無く、いずれも精鋭揃いが広大な庭からレーラを取り囲んでいた。
「アカツキ少将閣下、いつでも魔法は発動可能です!」
「了解したよマンノール少佐!」
「閣下の一言があればいつでも一斉射撃をします!」
「ライド少佐、命令あるまで一切撃たず待機で!」
「御意!」
無属性魔法の明かりを灯す魔法だけでなく、照明魔導具で照らされたレーラは哀れな事に未だに痛覚が抑えきれず呻いていた。
僕はエイジスにラケルを吊るさせたままレーラに接近。相対距離二十メーラで立ち止まる。
「どうだレーラ。自身が犯した罪が自身に跳ね返ってきた気分は。とても痛いだろう?」
「ううぅ、ぐぅぅ、イタイイタイイタイイタイやだやだやだやだやだ!!」
「推測。エネミー2は痛みにより会話困難。また、恐怖の感情が発露しパニック状態にある模様」
「ああそう。パニックねえ」
「自分が拷問した相手を散々いたぶった割には、いざ自分がやられるとこのザマなのね」
「腕の切断は激痛だと思うけどね。出血は極低温でしてないようだけど」
「アブソリュートだもの」
「イタイイタイイタイイタイ!!」
「ああもうまるで話にならないなあ。エイジス、拘束術式をレーラにも出来る?」
「肯定。エネミー1と同等水準が可能」
「暴れられても困る。行使しろ」
「了解マスター」
いい加減らちがあかないので僕はエイジスに命じてレーラにも拘束術式を使う。それでようやく彼女は動き回らなくなったもののそれでも泣き叫ぶのは止まなかった。
冷たい目で見下ろして三分ほど。ようやくレーラがまともに言葉を発した。
「許さない……、許さな、い……! メイド、お前、アカツキ、だろ! よく、も、騙して……!」
「はぁ? 騙したぁ? どの口がほざくんだよ双子の妹。貴様等がやってきた変装をしただけだろ」
「お前達が慢心の極みだったお陰でまんまと騙されてくれて助かったわ。まさかこんなにすんなりといくとは思わなかったもの。人間舐めんじゃないわよ」
「ぐ、ぅ……。ふざけるな、下等生物! 姉様、姉様はどうしたのよ!」
「黙ってろ妹。貴様の姉ならとっくに瀕死だよ。エイジス、雷属性魔法の行使を許可する。苦痛を与える程度に制御して十秒継続」
「サー、マイマスター」
エイジスは自動人形らしい冷えきった無感情の瞳で雷属性魔法をレーラに浴びせる。前世で言えば電気椅子程度の電流が奴を襲った。
「あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ?!」
「貴様が行った所業かは知らないし知りたくもないけれど、気分はどうだ。少しは話す気が起きたか」
「殺してやる、殺してやる殺してやる殺してやる!」
「…………残念だ。アレン大尉、魔法銃を貸して」
「はっ。どうぞ」
近くにいたアレン大尉から魔法銃を受け取ると。
「エイジス、ラケルを横に。そうそこ」
「え、ちょ、っと。お前、何するつも、りなのよ……」
エイジスは僕の右斜め前十メーラにラケルを吊るしたまま停止させると、拘束され身動きが取れず、顔だけを死にかけの姉に向けると真っ青な表情になる。
「…………アカ、ツ、キ」
「驚いた。ラケル、まだ話せる余裕があるのか」
「エネミー1ラケルの生命活動、微弱。致死出血量の許容範囲をオーバー。推定生存時間約五分」
「だってさレーラ」
僕は無表情でレーラに言い放つと、銃口をラケルに向ける。
「やめて、やめてやめてやめて! 姉様だけは! 姉様だけは!」
「…………お願、い。いも、うとだけ、はど、うか……」
「あっそ。じゃあ、今は『妹だけ』は殺さずにおいてやるよ」
銃声が一発響く。
たった十メーラだ。外すはずもない。
魔法障壁も無いから魔法も込めず通常弾でラケルの額に銃弾は命中し、脳を暴れ回った弾丸は貫通して奴の命を奪っていった。
「エネミー1ラケルの生命活動完全停止。討伐完了」
「あ、ああああ……。そんな、そんなそんな姉様……。ねぇ、さま……」
目の前で姉が死んだのを目撃したレーラは絶望の表情になり、ひたすら姉の名前をぼそぼそと呟く。
ジトゥーミラ・レポートでは数多くの粛清対象者を拷問死させ、法国で無能とはいえ総指揮官を殺し、僕の左腕に釘を打ち付けたラケルは最期を迎えてこの世を去っていった。
包囲する部下達に表情の変化は無い。まだもう一人が残っているからだ。
「エイジス、レーラの拘束術式強化」
「了解。エネミー2に対する拘束を強化します」
エイジスがさらに拘束術式を強化すると、いよいよレーラは一ミーラも動けなくなる。
意外だったのは姉を殺された事により怒りを向けてくるかと思いきや、絶望のドン底に叩き落とされて瞳の光が消えている事だった。
「ねえさまねえさまねえさまねえさま……」
「レーラ。これが貴様がしでかしてきた業に対する結末だ。そして、狂気の快楽に溺れていた罰だよ」
「ねえさま、ああ、ねえさまねえさま……」
「……まるで話にならないな」
深くため息をついて、僕はレーラを睨む。彼女にとっては大切な肉親なんだろうけれどもそんなの知った事ではない。こいつだって多くの人にとって大切な人を奪った張本人であるからだ。
包囲を続ける部下達に撃たないようハンドサインだけを送って僕は彼女へとさらに近付く。
俯けに倒れてぽそぽそとしか話さないレーラの心は完全に壊れているように見えた。慢心と侮り故の自業自得だけど。
これ以上はキリがない。そう判断した僕はレーラへと銃口を向けた。
すると、ようやくレーラが反応を示した。
「ねえさまを殺したのなら、わたしも殺しなさいよ……。わたし、ねえさまがいないのならば、生きる価値なんて、ないから……」
「最期の言葉と取っていいのか?」
「好きなように、取りなさい……。わたしは、わたし達は殺すことしか、教えられていないから」
「そう。せっかくだ。どうせ殺してやるんだからその前に教えろ。誰にだ?」
諦観したのか、レーラはぺらぺらと話し始めた。
すぐに殺すつもりでいたけれど情報を得られるのはメリットになるから、僕は引き金には手をかけたままだけど、手を下すのは一旦保留する。
「レオ、ニード。孤児のわたし達を、育てたのはあいつ……。わたし達みたいな、身寄りが無いけど魔法が使える者を拉致して、洗脳して、育てた……」
「本当にクソ野郎だな、皇帝とやらは。その内革命でも起きそうだな」
「
「ゲスが」
「何とでも、言いなさいよ……」
「過ぎ去った事はまあいい。貴様等みたいなのは、他にどれくらいいるんだ」
「さぁ……。わたし達が拉致された頃には、百人くらい、いたかしら……。でも、ほとんど残らなかった。無能と判断され、殺されたから……」
「なるほどね。貴様等はその生き残りと」
「ええ。特に、姉様の、瞳の魔法は貴重だったから」
「座標固着か……。まあ、対策はしてあったけどね。まんまと慢心してくれたお陰で使う機会も無かったけれど」
僕は自身の目の下を人差し指でさして言う。実はラケルの座標固着対策として、魔法科学研究所が製作してくれたコンタクトレンズを僕とリイナを始めここにいる皆が装着していたんだ。エイジスにも特注で作ってもらったけど結局使う機会は無かった。百パルセントを保証するものじゃないから使わなくて良かったとも言えるけど。
「は、はははっ……。そう……。そうだった、のね……。わたし、馬鹿だし、快楽を求めてあんまり考えなかったから……」
「それは洗脳のせいか?」
「かも、しれないわね……。腕を飛ばされて縛られているのに、ああ、頭がスッキリしてきたもの……。とっても懐かしい、気持ち」
「推論。エネミー1ラケルが死亡して暫く経った際に、エネミー2レーラの精神的変調を観測。ただし、洗脳は魔法を用いている可能性は否定。心理学を悪用した洗脳または催眠の可能性を提言」
「あは、は……。喋る召喚武器って面白いし、凄い能力ね……。きっとたぶん、そう、だわ……」
「だからって僕は貴様に同情しない。貴様にジトゥーミラのような降伏は許されない。ここで殺す。討伐する」
「ええ、そうして……。でもね、アカツキ。警告するわ。わたしが言うのもおかしな話だけど、レオニードは狂ってる。そして、レオニードの正妻ルシュカにも、気を付けなさい……。あいつも、正気のようでイカれてる」
「そりゃどうも。じゃあ、サヨナラだ」
「バイバイクソッタレの人間、アカツキ。人間共に、災いあれ。――姉様、今、逝くわ」
純粋な悪意の癖に笑顔なんて見せやがったレーラを、最期に姉に伝える言葉を放った所で僕は銃の引き金を引いて、闇夜には銃声が一つまた響いた。
レーラの顔つきは、清々しいまでに笑っていた。
「…………エネミー2、レーラの生命活動完全停止を確認。エネミー1、2共に討伐完了」
「総員、銃を下ろして。作戦終了」
ずっと魔法銃を向けたまま囲んでいた部下達にハンドサインと大きな声で告げると、ほうぼうから安堵の息が漏れる。エイジスも拘束術式を解いていつも通り僕の隣にふよふよと浮かんでいた。
「お疲れ様、旦那様」
「リイナもお疲れ様。素晴らしい演技だったよ」
「アナタも迫真の演じようだったわ」
「ちょっとやり過ぎかなと思ったけれど、上手く事が運んで良かったよ」
メイド服に着替えウィッグまで着けて変装した効果は抜群だった。お陰でチャイカ姉妹は油断しきっていて、結果的に座標固着防止のコンタクトレンズが活躍する機会は訪れずに済んだし、相当な人的被害も予想していたけれど死者どころか負傷者もゼロ。強いていうなら屋敷に大穴を開けたくらいだけれど人命を失うのに比べれば安いものだ。修復に暫く時間を要するけれど直るものなんだから。
「アカツキ閣下、お疲れ様でした。やりましたね」
「お疲れ様です、アカツキ少将閣下。作戦が大成功したこと、大変喜ばしいです」
「こちらの被害皆無で双子の魔人討伐、流石です」
「アレン大尉、マンノール少佐、ライド少佐もお疲れ様。残虐姉妹の死体処理、どうしようか。腐敗防止した上で箱なりなんなりに封印しないといけないし」
「処理は王宮魔法能力者部隊にお任せ下さい。厳重に管理し、死体を奪取されないようにしておきます」
「任務明けそうそう悪いね。頼んだよ。一時保管場所はここでいいから」
「はっ」
「マンノール少佐。市内の警備任務に移って貰えるかな。ブライフマンとか、姉妹の同部隊の魔人が襲撃してくるかもしれない。多分だけど、今回の手口からして双子の独断専行の可能性が高いから」
「了解しました。即刻開始します」
「ありがとね」
「いえ、とんでもありません」
「アレン大尉、屋敷内の警戒を行って。特に双子の一時保管場所を重点的に。あと僕とリイナの身辺警護に何人か」
「了解です。アカツキ少将閣下もリイナ大佐も、昨日から殆ど睡眠を取っておられませんからね。ごゆっくりお休みください」
「うん……。流石にちょっと、ね……」
チャイカ姉妹の襲撃が予想より遅かった事と丸一日精神的に張り詰めていたから、討伐完了した途端に疲労がどっとのしかかる。身体は重たくて、今すぐにでもベッドで眠りたいくらいだった。
けれど、チャイカ姉妹を討伐してはい終わりな訳がない。事後処理が待ち受けていた。
「ああ、でも王都に報告しないと……。チャイカ姉妹についてもどうするか聞かなきゃ……。アルネセイラに移送するのか、それともノイシュランデに置いておくのか……」
「そうでしたね……。すぐに部下に命じてコーヒーを用意させますよ?」
「ごめん、よろしく……。リイナの分も……」
「はっ。少将閣下の着替えも用意させますね」
「ああうん。そうだった」
すっかり頭の中に無かったけれど、僕の格好は軍服じゃなくてメイド服だ。いつまでもこの姿でいるのはちょっと嫌だもんね……。
アレン大尉、マンノール少佐、ライド少佐にそれぞれ仕事を任せると、僕は屋敷の中へと向かう。魔法無線装置のある部屋にだ。
途中で避難していた情報要員と合流して作戦室となっていたリビングに行くと、王都に戦果を報告する。
返信はかなり早く、軍服に着替えてからすぐだった。内容はこんな感じ。
『発・連合王国軍戒厳令本部。残虐姉妹討伐完了、大変喜ばしい大戦果である。貴官の輝かしい栄誉がまた一つ増えたと陛下も褒め讃えておられた。戒厳令については進言通りこれより二十四時間継続とし、経過後もクラス四警戒態勢とする。なお、残虐姉妹に関してはノイシュランデにて一時封印。マーチス軍部大臣が明朝出立しノイシュランデに向かう。貴官等は警戒態勢を維持しつつ、休息を取るように』
「との事です。アカツキ少将閣下、本当にお疲れ様でした」
「ひとまず、決着かな……」
「ええ、そうね。改めて、お疲れ様。旦那様」
「お疲れ様です、マイマスター」
「うん」
リビングには既に十数名の軍人がいて、全員が健闘を讃えあっていた。僕はソファに深く体を沈みこませ、天井を見つめる。リイナは隣に座って、僕の頭を優しく撫でてくれた。
「ごめん……。ちょっと、寝る……」
「そうしてちょうだい。私も、眠たいわ……」
「アカツキ少将閣下、リイナ大佐。でしたら寝室に向かわれても構いませんよ。警備はお任せ下さい」
「いや、ここでいいよアレン大尉。何か連絡があった時にすぐに動けないし」
「失礼しました。それでは、少々うるさくなるかもしれませんがごゆっくりお休みください」
「分かった。おやすみ」
部下達に労われ毛布を受け取ると、僕は睡眠の態勢を取る。
大きな脅威であり悲願の一つだったチャイカ姉妹を討伐したというのに、レーラの最期の一連の言葉が引っかかる。どこか釈然としない気持ちだった。
それでも身体は正直なもので、僕もリイナもすぐに眠ってしまった。
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