第17話 祝福の結婚式と披露宴2~永遠の愛を誓い、二人は口付けを交わす〜

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 「新郎、アカツキ・ノースロード様がご入場されます。どうぞ盛大な拍手でお迎えください」


 牧師らしい落ち着いた声音でノルデン最主任牧師の宣言と共に大聖堂の扉は開けられて、僕は連合王国交響楽団の音楽と沢山の人達の拍手の雨の中、ゆっくりとした歩調で入場する。

 結婚式の主役の一人が場に現れた事で大勢の招待客は注目し、笑顔で迎えてくれた。

 この場にいるのは連合王国の名だたる貴族や軍人達。保守派の貴族達も今日ばかりかは日頃の小言は消え、表面上だとしてもちゃんも祝ってくれていた。

 国内の者だけじゃない。招待客には協商連合の外交官や軍人を始め連邦や法国の大使もいた。途中、協商連合のエリアス国防大臣と目が合う。彼は本当におめでとうと声を掛けてくれた。

 そして父上や母上、お爺様やアルヴィンおじさんとも視線が合う。みんな、とても祝福してくれていた。

 時間をかけて、僕はノルデン最主任牧師がいる前まで着く。エイジスはここで一度用意された彼女の席――アルヴィンおじさんの隣。親族用の所――に移動した。

 ステンドグラスは光り輝き、神々しさに満ちている。真摯な信者ではない僕でも、この景色には感動を覚えた。


 「続きまして、新婦リイナ・ノースロード様が父であるマーチス・ヨーク侯爵と入場されます。再度大きな拍手でお迎えください」


 僕の入場が終わると、続いて現れたのは結婚式のもう一人の主役。リイナがマーチス侯爵と一緒に入場する。ベールを纏う彼女のウェディングドレス姿が招待客達に見えるようになると、拍手は一際大きくなった。

 リイナとマーチス侯爵もゆっくりと歩を進める。際限なく響く拍手は、結婚衣装に身を包む彼女に対する感動を示しているのだろう。

 二人が僕とノルデン最主任牧師のいる所まで着くと、マーチス侯爵はここで一旦下がる。


 「この日をオレも待ちわびていた。二人とも、本当におめでとう」


 マーチス侯爵はまだ結婚式が始まったばかりだというのに、自身に用意された席に戻る前に掛けた声は涙ぐんでいた。義父上、泣くのはまだ早いですよ?


 「新郎新婦が揃いました。これより、アカツキ様とリイナ様の結婚式を始めます。まずは――」


 僕とリイナが揃ったところで一度拍手は鳴り止み、ノルデン最主任牧師の進行で結婚式は始まった。

 前世のキリスト教式の結婚式とほぼ同じで、賛美歌が歌われ聖書朗読が行われる。宗教名が違う事から内容も変わってくるけれど、ニュアンスは似たような感じだった。

 荘厳な雰囲気の中で歌われる賛美歌は美しく、聖書朗読をするノルデン最主任牧師の声は思わず聞き惚れてしまうほどだった。

 これら二つが終わると、用意されたのは二つの小さなされども豪華な小箱だった。そこに入ってるのは当然アレだよね。


 「続きまして、指輪交換を行います。先にアカツキ様からリイナ様となります。アカツキ様、どうぞ」


 ノルデン最主任牧師の言葉に僕は頷き、装飾が施された小さい箱を受け取る。

 中に入っていたのは、特注の婚約指輪。どこでもつけられるようにシンプルなデザインながら、あしらわれている宝石は非常に希少な魔法光石まほうこうせき。魔法光石は魔石の一種だけれども、装着者の命を守る石としてとても有名な石なんだ。というのも、この石は魔法能力者であってもそうでなくても装着者に生命の危機があった場合非常に強力な魔法障壁を展開させる。小さな石にそれだけの効果は秘めているだけに現在の魔法技術では実現不可能のオーパーツ。ただ、効果は一度きりで別名身代わりの石とも呼ばれている。だから高位貴族や王族の結婚式では定番の宝石でもあるんだよね。

 僕はその魔法光石が付いている結婚指輪を手に取ると、リイナは手を差し出した。


 「やっと、旦那様との証を指に付けられるのね。とても、とても嬉しいわ」


 「僕もすごく嬉しいよ。だけど、どうしよう。緊張してて手が震えているや」


 「ふふっ、ゆっくりでいいわよ? 幸せを噛み締めるように、ね?」


 「う、うん」


 何せ今大聖堂にいるのは収容人数一杯の数千人の招待客だ。緊張しないわけがない。

 それでも僕は呼吸を整え息を吐くと、リイナの細くて綺麗な左手の薬指にはめる。


 「次にリイナ様から、アカツキ様へ」


 「分かったわ」


 同じように小箱から結婚指輪を手に取り、リイナは僕の左手を大切そうに握る。


 「この手に、アナタは沢山の人の命を背負って戦ってきたのよね。そして、これからも戦っていく。だから、お願い。この石の効果を使わないようにしてね?」


 「……確約は出来ないかな。でも、それはリイナもだよ?」


 「ふふ、そうね。どうかこの指輪が私とアナタを繋いで守る証となりますように」


 彼女は幸せそうに笑うと、僕が差し出した左手の薬指に結婚指輪を填めた。


 「お二方にはきっと神の加護があり、そして指輪が守ってくれることでしょう。次に、アカツキ様とリイナ様お二人の宣誓と、結婚宣言を執り行います。アカツキ様、リイナ様。手を重ねくださいませ」


 「はい」


 「ええ」


 ノルデン最主任牧師の言葉に首肯した僕とリイナは互いの手を重ね、それから牧師が手を置くと。


 「アカツキ・ノースロード。あなたはいかなる時も妻であるリイナ・ノースロードを愛すると誓いますか?」


 「はい、誓います」


 リイナと出会ってからあと二ヶ月で二年が経つ。出会いこそハプニングじみていたし彼女の愛はちょっと過激な所がたまにある。だけれども、その愛は本物で彼女の優しさには何度も助けられてきた。彼女は常に僕を支えてくれている。僕はそんな彼女がいとおしい。

 だからリイナを愛すると、誓うんだ。


 「リイナ・ノースロード。あなたはいかなる時も夫であるアカツキ・ノースロードを愛すると誓いますか?」


 「はい、誓います」


 リイナははっきりと、僕を見つめて言う。きっと彼女も僕と同じ心境なのだろうと思う。

 僕とリイナの宣誓を聞き届けたノルデン最主任牧師は微笑んで頷くと。


 「今日この時、アルネセイラ大聖堂において一組の夫婦が誕生します。アカツキ様とリイナ様はいずれもアルネセイラ連合王国にて知らぬ者はおらぬであろう、守護者たる英雄。この世界には再び困難が突きつけられましたが、二人はきっと神のお導きがあるでしょう。故に、この夫婦に苦難を乗り越える力が授けられん事を、多くの幸あらんことを。アルネセイラ大聖堂管理者及びアルネセイラ教区教区長の私、ノルデンが祈ります」


 祈りを捧げるノルデン最主任牧師。前世ならば写真撮影のフラッシュが絶え間ないであろう瞬間だけど、カメラが普及してない上に神聖な大聖堂の空間には静けさに満ちていた。

 ノルデン牧師は祈りを終えると、僕に小さく声をかける。


 「指輪交換と誓いが終わりました。どうぞ、ベールアップを」


 これまでウェディングベールに覆われていた彼女の顔を、ベイルアップをすることでふわりと落ちて菖蒲色のリイナの髪の毛が露になる。入場の前にも目にしていたというのに、僕はまじまじと見つめる。

 やっぱりリイナは、とっても綺麗だ。


 「それでは、誓いのキスを」


 いよいよ、この時がやってきた。多くの人の前で行われる、誓いの口づけ。緊張感は最高潮に達している自分は、果たして体がかたまっていないだろうか。

 だから僕は一度目を閉じて、心を整えて、リイナにこう言った。


 「リイナ」


 「なあに、旦那様」


 「ずっと、ずっと愛してる。だからこれからも、よろしくね」


 「もちろんよ。死ぬまでずっと、アナタと一緒だもの。愛しているわ、旦那様」


 そうして僕とリイナは、唇同士が触れるだけの誓いのキスをした。時間にしては僅かだったろうけれど、とても長い間しているように感じたキスだった。

 結婚式で一番緊張する瞬間を終えてからは、結婚証明書にサイン――使われるペンは魔導具の万年筆。紙にも長期保存の為の魔法がかけられており、百年経っても新品のようなままというスグレモノ――して、ノルデン最主任牧師が結婚報告を招待客にしていき全てのスケジュールを終える。


 「それでは、これにアカツキ様とリイナ様の結婚式を閉式致します。新郎新婦が退場されます。盛大な拍手でお見送りくださいませ」


 入場の際にも演奏をしてくれた交響楽団の演奏が流れ再び大きな拍手が起きると、僕とリイナは一歩ずつ丁寧に、腕を組みながら歩いていく。

 ゆっくり、ゆっくりと幸せを噛み締めながら歩いて開かれた扉の向こう、外に出ると大聖堂の前に広がる大きな広場には大勢の軍人や市民達がいた。僕とリイナが出てくると彼等からは歓声と拍手が巻き起こりフラワーシャワーが降り注ぐ。

 その中でとある一団が、礼装軍服を着用した見覚えのある人達を見つける。


 「アカツキ准将閣下とリイナ中佐のご成婚を祝して、総員、捧げ! 祝福術式!」


 僕達を発見したのは、アレン大尉など大隊の兵達だった。その中でも魔法銃を持つのはおよそ二個小隊いる。

 アレン大尉は招待席を用意してあったはずなんだけどいつの間にか移動してそこにいたみたい。その彼は号令をかけると、魔法銃を空高く向けて銃弾を撃ちあげる。

 戦争にばかり使われる魔法銃も今日は祝い事に使用された。展開した術式は祝福術式。やたらかしこまった名前が付けられているが、要するに花火だ。大聖堂の上空には色とりどりの花火が開き、歓声はさらに大きくなる。

 さらに、その花火を皮切りにアルネセイラのあちこちから祝砲が聞こえてくる。王都全体で、僕とリイナは祝われていると実感した瞬間だった。


 「旦那様、今、私はとても幸せよ」


 「僕もだよ、リイナ。でもさ、まだまだ今日はこれからさ。披露宴もあるから、めいいっぱい楽しもう?」


 「ええ、アカツキ様。私の愛しい旦那様」


 リイナは僕を見つめて微笑むと、今度は彼女から口付けをした。

 瞬間を目撃した観衆からは大歓声が上がった。

 幸せに満ちた日は、まだ始まったばかりだ。

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