第15話 レオニードとブライフマンは現況を語る

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1840年1の月5の日

午後4時15分

妖魔帝国首都・皇帝謁見の間からすぐの部屋



 アカツキ達連合王国軍が新しい戦争計画策定を終え春の攻勢の準備を整えつつある中、非常に厳しい冬の真っ只中の妖魔帝国では皇帝謁見の間から近い小さな部屋には皇帝のレオニードと双子の魔人の上官であるブライフマンがいた。

 この空間は皇宮内に多く配置されているのと同じタイプの魔導具の暖房がよく効いており、外と違って適温になっており暖かい。二人はロシアンティーに似た飲み物を飲んでいた。

 レオニードとブライフマンの会話はブライフマンの新年の祝いの言葉から始まり、その後は雑談をしているようだった。レオニードはそろそろ正妻のルシュカの誕生日が近いから贈り物は何がいいだろうかという、市井の者と変わらない他愛もない話をしていた。もっとも、ブライフマンにとっては粛清帝の機嫌を損ねない答えを選ばないといけないのでその心労は察するに余りあるものだが。

 ただ、それら雑談はレオニードの発言で話題が転換した事により終わりを迎える。内容はやはりと言うべきか、戦況に関するものであった。


 「昨年十二の月上旬にいよいよイリスが反攻作戦に出てきたけれど、概ね予定通りではあるみたいだな」


 「ええ。法国に潜入させている部下からの報告では、作戦開始以来勝利に次ぐ勝利で国民達は沸き立っているようです。街にいる末端の兵士達からも、余裕ぶりを伺えるようでして」


 ブライフマンの言うように、十二の月八の日から始まった一大反攻作戦、『領土回復運動』は誰の目から見ても連戦連勝にしか見えなかった。

 法国陸軍はヴァネティアの戦いまでで失った兵力を昨年秋に徴兵令で補充し、精鋭の十二個師団を投入して作戦を開始。砲火力に劣る一般兵器火力を自慢の魔法火力で補って対峙した妖魔帝国軍魔物中心編成軍団を次々と打ち破り、既に国境から百三十キーラも侵攻していた。さらには海軍にも動きがあり、妖魔軍作戦本部は山脈の南西にあるユーザラビア半島へ砲撃と上陸をするのではないかと想定していた。

 これら快勝を可能にしているのは雪があまり降らない戦いやすい気候もさることながら、師団長から出世を遂げて中将になった総指揮官マルコの存在と兵達の士気の高さだろう。

 突出し過ぎず慎重かつ綿密な戦法を好むマルコ中将が率いる法国軍は、この一ヶ月で着実に占領地を獲得している。それらを下支えするのが意気旺盛な兵達。神の名の下に行われる『領土回復運動』だからであろう。信心深い者が多い法国軍兵士は自分達が神の尖兵だと信じてやまないからこそ、高い士気で戦えているのである。

 当然こうなれば妖魔軍は連戦連敗を重ねているわけで、既にこの一ヶ月で魔物中心編成の軍団は法国軍の約五千の損失に対して五万近い兵力を失っていた。

 しかし、皇帝の表情は余裕綽々何の懸念も無いといった様子であった。


 「概ね計画通りだな。法国軍の侵攻速度は連合王国に比べて遅いけれど、徐々に奥地へと誘えているからさ」


 「魔物が肉壁として機能しているからでしょうね。約五万の損失は想定より抑えられていますが、これは南方軍総司令官のボルザコフスキー大将の指揮によるものでしょう。大将の中では若いですが、才能は確かですから」


 「作戦本部の奴等に比べてずっと有能だよ、あいつは。ヴァネティア以降指揮官変更を命令した南方軍はこれまでとは違う。俺が見込んだ奴には本当の意味での軍を多く預けてあるからね」


 「全ては陛下の思うままに事は進んでいますね。陛下の才には驚かされるばかりです」


 「俺の片腕にしている、有能なお前に言われるのならば悪い気はしないね」


 「とんでもございません」


 「まあ何にせよ、イリス共には今しばらく掌で踊ってもらうつもりだ。今は用意された勝利の美酒でも味わっていればいいさ」


 「ええ。奴等の攻勢限界が訪れた時、それが陛下の仰る連中の命日ですからね」


 「そういうことだ。さて、ブライフマン。貴様に任せてある工作についてはどうなっている? 幾つかあるが、まずは法国の方はどうだ」


 「かなり連中の計画が見えてきました。法国海軍の動きが手に入ったのは、潜入させた部下の大きな功績かと」


 「ユーザラビア半島への砲撃と上陸だったな。連合王国や協商連合の海軍に比べれば旧式化しているけれど、まあそこそこの艦隊だ。半島南部を包囲して挟撃するつもりなんだろう。そっちもしばらくは好きにさせておけばいいさ」


 「法国海軍は山脈以東までは遠征してこないのが判明したのも陛下にとっても、作戦本部にとっても良い報告かと」


 「本当にね。戦力が完全に整っていないこの時期に海戦はまだ避けておきたいからな。海軍の奴らも安心して仕上げられると言っていたぞ。諜報機関の貴様等の成果だ。賞賛に値するぞ」


 「恐悦至極でございます陛下」


 「次に、連邦はどうだ。色欲魔が活躍しているそうじゃないか」


 「彼が連邦軍でも比較的地位のある機密も触れられる女性士官を誑かしたお陰でかなり食い込めています。最早連邦軍の機密はザルと言ってもいいでしょう。ただ、ここしばらくは連邦経由で連合王国の機密が得にくくなったそうで」


 「おっと、それはよろしくないなあ。もしかして勘づかれたか?」


 「可能性は否定出来ませんね。連合王国は軍諜報機関や情報機関を保有しています。恐らくはトップのマーチスによる采配かと」


 連邦軍の機密情報が妖魔帝国に筒抜けになっている点について、マーチスはこれまでの情報を分析して小さな違和感を抱いていた。連邦軍の機密事項がどこからか流れているのではないかという懸念である。報告者は一時期アカツキの部下だったロイド少佐。キャラバンの長から聞いた漏れ出ていたかもしれない連邦経由の情報にやはり疑問を持っており、これをレポートとして提出していたのである。マーチスはこのレポートに対して一理あると判断。故に機密情報に細心の注意を払わせた上で、軍直属の諜報機関を連邦に潜入させ、情報機関にも分析させていたのである。


 「マーチスというと、ああ、変革者の嫁の父か。奴も油断ならないなあ。これだから連合王国は厄介だ。実に有能な軍を持つ国だからな」


 「趣味と実益を兼ねているなどと言っている彼も、仕事に対しては真面目です。気付かれるようなヘマはしていないですが、僅かな部分を捉えたられたのかもしれませんね」


 「法国の宗教狂法皇みたいに馬鹿が多い国なら楽なんだけれどなあ。奴には潜入任務の警戒レベルをより上げるよう言っておけ。尻尾は絶対に掴まれないようにしろともな」


 「はっ。厳命しておきます」


 「で、その連合王国についても聞いておこうか」


 「かなり厳しいと言わざるをえませんね……。先述した情報機関と諜報機関がある故に王都での情報入手は困難です。軍内部に入るなど、まず実現不可能です」


 「大胆な戦力投入をしておいて、アルネセイラの防衛は万全だからなあ。破壊工作も」


 「とても出来ません。下手に動けばどうなるか。何せ王都には現在変革者とその召喚武器もいます」


 「神の目を持つ自動人形だよな。ったく、俺にとってはあいつが一番の障害だよ。報告によれば、奴はめでたくも嫁と結婚式を挙げるんだって?」


 「はい。連合王国で発行の新聞によれば挙行は二の月十八の日だそうです。会談を行い参戦に引き込んだ協商連合の要人も一部招待されるようで、当日は祭典のようになるだろうと。なのでこの日を狙った破壊工作も考えましたが、いかんせん当日は警備は厳重になりますし、SSランクが全員集まります。不審な行動は神の目の自動人形に察知されかねませんし、運良く決行したとて見つかったら瞬殺でしょう」


 「かといって、王都以外でやろうにも効果は王都ほどの衝撃を与えられないな。そもそも東部の警備レベルも高い」


 「比較的容易に行えそうな西部にいくにも、まず東部と中部を越えねばなりません。なので変革者と嫁の結婚式を狙っての破壊工作は立案こそしましたが、私が却下しました」


 「ん? 立案者がいたのか?」


 「あの暴れ馬の双子ですよ。祝いの日に恐怖のどん底を味合わせ不幸に叩き落としてやると息巻いていましたが、危険過ぎると判断して意見を取り下げさせました。かなり文句は言われましたが」


 ブライフマンの言うように、チャイカ姉妹はアカツキとリイナの結婚式の日付が判明した時点で嬉々として破壊工作を提案した。しかし、当然ながらこの案をブライフマンは即却下したのである。


 「流石にあの双子でも五人のSS持ち相手は手に余るだろう。いや、それこそ貴様の言う通り瞬殺されるな」


 「そもそも、あの二人は連合王国では英雄とされる変革者に拷問をした悪い意味で有名人です。顔は割れていますし、二人が姿を擬装可能である事も判明されてしまっています。そして一番の懸念は変革者の召喚武器神の目です。潜入したとてアレに事前探知されていたら目も当てられません」


 「まあ返り討ちだろうね。で、あの二人は吊るされると。流石に俺も成果なしでアレらは失いたくないね」


 「なので、独断行動をしないよう監視を付けた上で他の任務にあたらせています」


 ブライフマンは大きく溜息をつく。彼ですら残虐だと思う手口の拷問を行い、それはまあいいとしても勝手な行動ばかりするチャイカ姉妹には毎度辟易させられているからである。

 レオニードもブライフマンの心境を察しているからか、苦笑いをしつつ。


 「貴様も大変だなあ。そうだ、慰労としてコレクションから酒を送ってやるから飲むといいさ」


 「陛下の優しさとご配慮、痛み入ります……」


 「粛清帝だのなんだの言われているが、俺だって有能な部下には報酬は与えるし目もかけるさ。有能ならばな。とりあえず、チャイカには俺からも勝手な行動を慎むよう伝えておこう。貴様が言うより効果はあるだろうからな」


 「感謝の極みにございます、レオニード陛下」


 「かまわないよ。さて、厄介な連合王国よりまずは容易い法国からだ。俺は戦局を見させてもらうとするよ。ブライフマン、貴様は引き続き任務に励むようにな」


 「御意に、陛下」


 皇帝レオニードのお気に入りであり片腕のブライフマンは口元に笑みを浮かべて、紅茶を一口飲む。それを見つめるレオニードは、片手ほどしかいない信頼している部下の忠誠ぶりに満足気な表情であった。

 勝ち続け、勝利に酔いしれる法国とその兵士や国民達。

 しかし、彼等は皇帝の手の上で踊らされていることを知る由もなかった。

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