第8話 協商連合国防大臣との問答2

・・8・・

 「へえ、妖魔帝国の工作員が奴隷をねえ。どうしてそれが可能だと思ったんだい?」


 エリアス国防大臣はこれまで残していた笑みは消し去って、その顔つきは国防大臣に相応しいものになる。僕の話を真剣に聞こうとしている眼差しでもあった。


 「エリアス国防大臣は私の話を与太話と捉えないんですね。普通ならば、飛躍しすぎだとかありえないと言われると思っていました」


 「君がそこらへんの素人なら、面白い創作だねって言うさ。ねえ、リイナ中佐?」


 「はい。旦那様の実績を鑑みれば、エリアス国防大臣なら聞いてくださると信じていましたの」


 「ありがとうリイナ。ただ、国防大臣。今から私が話す内容は、あくまで推測です。起きない方がいいものであり、起きてほしくないと願っています」


 「もちろんさあ。ささ、どうぞどうぞ」


 「はっ。――まず、エリアス国防大臣はリールプル遭遇戦と法国ヴァネティアの件はご存知でしょうか」


 「うんうん、知ってるよ。リールプルは君が初めて連合王国コードネーム、『魔眼の残虐少女』と『黒剣の残虐少女』である双子の魔人と遭遇した戦い。二度目は負傷してしまった時のものだね」


 「ええ。両件に共通しているのは双子の魔人がいずれも我々の勢力圏内に奥深く侵入し、ヴァネティアにおいては司令部首狩り戦術を実行。法国軍は指揮官を失い一時的とはいえ総司令部機能喪失に陥りました。これらを双子の魔人はどうやって実現可能にしたか」


 「リールプルは違うけれど、ヴァネティアでは魔法を使って人間のフリをして接近した。だね。厄介な話だねえ。人間に紛れ込まれたら発見するのは困難さあ」


 「全くです。魔力探知を行えば双子の魔人のような膨大な魔力を持つ相手は探知可能。しかし、魔力を意図的に抑え込まれると難しくなります。ここにいるエイジスであれば微弱な魔力でも探知して特定出来ますが……」


 「探知については肯定。しかし、ワタクシの特定人物魔力探知は対敵して解析が必要であり、現在ワタクシは一度も双子の魔人と遭遇しておりません。よって、現在は特定は不可能と進言します」


 「という訳です国防大臣」


 「むう、困ったねえ。そもそも我が国にはエイジスくんみたいに秀でた探知能力を持つ者はいないし……。おっと、話が少し逸れちゃったね。それで、つまるところだ。双子の魔人が我が国にも侵入してくると?」


 「肯定であり否定です。彼女等が擬装してしまえば発見は困難ですから、協商連合にも侵入される可能性があります。ただし、あれらの性格を考えると手間のかかる内乱工作より破壊工作を行うでしょう」


 これは自信を持って言える。自身の経験だけでなくジドゥーミラ・レポートがアイツらの性格や嗜好を裏付けているからだ。用意周到に行われるようなタイプの工作活動なんて、めんどくさがってやらないだろうから。


 「それはそれで嫌だなあ……。しかし、するとあれかい? アカツキくんの想定では、双子の魔人以外にも人間に擬装する魔人がいるということかい?」


 「可能性としては。妖魔帝国軍は我々連合王国が保有する軍を遥かに上回る規模です。となれば、珍しく高等魔法にあたる擬装を行使可能な者がいてもおかしくありません。翼と目の色を隠せばただの肌の白い人間にしか見えませんから」


 「まあねえ……。それじゃあワタシから君に質問だ。君の読みでは魔人が潜むならどこだろう?」


 「場所としては二つ。一つ目は協商連合本国、ここロンドリウム島です」


 「常識的だね。国内で反乱なんてされたら大混乱だもの。少なくとも戒厳令を布告した上で治安機構の警察だけじゃ無理だから軍が対処しないといけないし、経済的損失も大きいねえ。もう一つは?」


 「二つ目は協商連合所有植民地、その中でも魔石などの採掘地がある資源地帯を狙った内乱工作です」


 「あー……。そうか、そうだよねえ……」


 エリアス国防大臣は保温機能のある魔導具のティーポットから新しく紅茶を注ぎ一口飲むと苦い顔をする。もちろん紅茶が苦いわけではなく、今の僕の発言を聞いての表情だ。


 「協商連合の本国完結での資源自給率は魔石に限った場合は五十二パルセントです。残りの四十八パルセントは輸入品。高純度魔石は我が国から輸入しておりこれが七パルセント。共和国から五パルセント。三十六パルセントは植民地からです。そして、採掘地で働くのは」


 「いくらかは出稼ぎの庶民だけど、多数の奴隷がいるね」


 「もし潜入した魔人が奴隷主たる契約者を殺せばどうなるか。聡明な国防大臣ならお分かりでしょう」


 「待遇はかつてより良くはなっても奴隷は奴隷。域内で反乱を起こされれば現地軍で対処可能だったとしても、当面の間は採掘から輸入全てが滞る。そうなったら民需どころか補給にも関わると軍需にも大打撃だ……。反乱鎮圧後も頭を悩まされるね……」


 「そういう事です。奴隷は安価な労働力ですが、こうした弱点も生み出すわけです」


 「……たははっ。君は奴隷否定派でもないのになんだろうね、人権がとか可哀想だとか最近出始めたごく一部の団体に言われるよりよっぽど堪えるね……。説得力が段違いだもの」


 「別に私は奴隷を解放しろとは言いません。急速な変化は軋轢を産むだけですから無理でしょう。ただ、経済・軍事などの各方面から計算した結果、どちらが長期的には協商連合にとって得か述べたまでです」


 「ふうむ……。アカツキ准将が言いたいのはよおく分かったよ。だけどいいのかい? 今の発言は此度における貴国の外交交渉に不利を及ぼすかもしれないよ?」


 エリアス国防大臣の言う通りではある。もし彼が今の話を受け止めて対策に乗り出すとしたら、植民地に軍隊を増派する可能性があるからだ。となれば協商連合が前線に派兵してくれる軍を送らないまではなくても、僕達連合王国が期待する数を送ってくれないかもしれない。

 けど、それはないと僕は考えている。


 「いえ、不利になるとは考えていません。既に事前交渉で纏まっていると思いますが、我が国の外務省は協商連合にとって魅力的な提案をしたでしょうから」


 「ロンドリウムはイリスのように宗教的な国家ではなく、実利を優先する商売人の気質が強い国家ですの。だとしたら、確実に利益の出る方に食いつくでしょう?」


 「二人に見透かされてるねえ。――そうともさ、君達の考えは正解だよ。じゃなきゃ我が国が早期の内に会談なんてしないもの」


 「私達もだからこそ協商連合に持ちかけたんです。戦力的にも、ですけれど」


 「英雄のアカツキ准将にこう評価してもらえるのは嬉しい限りだ。しかし、聞いてしまった以上ワタシは対妖魔帝国の反乱工作防止を考えないといけないわけだけども。言い出しっぺは君だ。アカツキ准将が国防大臣だったらどうするかい?」


 「安牌なのは増派です。協商連合は戦地から遠くまだまだ軍に余裕があります。一個師団程度送ればなんとかなるでしょう。ただ、それ以外にも方法はあります。軍隊を送らずに安上がりな方法が」


 「どんな方法だい?」


 「奴隷の不満を低下させるだけです。例えば、出している食を改善する、ですね。二食を三食にするとか、中身を少し良くするとかなんでも構いません。労働時間を一時間短くするだけでもいいでしょう。奴隷の不満が少なくなれば、魔人にそそのかされて反乱を起こす可能性は自ずと低くなります」


 「労働時間は厳しそうだなあ。大体植民地管理はワタシの管轄じゃなくて、植民地省の仕事だから。けど、植民地省の大臣はワタシの古くからの友人だ。事情を話した上で食料の改善程度なら動いてくれるかもねえ」


 「私の名前を出したら内政干渉と言われる可能性があります。お話される場合は」


 「適当に誤魔化すよ。我が軍には諜報部もあるから、そこからと言えば納得するだろうしさあ」


 「ご配慮ありがとうございます」


 「とんでもない。アカツキ准将が話してくれた可能性は聞くと聞かなかったではまるでその後が変わってくる。貴国の利益抜きで言ってくれたのには相応の礼をしないとねえ」


 ここでようやく、エリアス国防大臣は話をする前のような朗らかな笑顔を見せる。なので僕も微笑みながら。


 「はい、期待しておりますエリアス国防大臣」


 「無論、最終結果は会談によるけどねえ。――あー、マーチス軍部大臣、エディン外務大臣。もう入ってきても構わないよー?」


 「はい?」


 「えっ?」


 エリアス国防大臣は話に区切りがついたところで、紅茶では無くてガラスのコップに入った水を飲んでから扉の方に向かってそんな事を言う。

 僕はきょとんとするしか無かったし、リイナも同じようにしていた。

 は、え? これってどういうこと?


 「我が国きっての参謀で英雄と、優秀な副官でありオレの自慢の娘との会話はどうだったか?」


 「まったく、ほのぼのとしているようで狡猾な国防大臣はお人が悪いものだ」


 扉を開けて入ってきて、マーチス侯爵とエディン侯爵の順に発言する。マーチス侯爵は誇らしげに、エディン侯爵は苦笑いをしていた。


 「あの……、エリアス国防大臣……。これは……?」


 「ごめんごめん。実は二人に、ちょっとした試験をさせてもらっていたんだよお」


『ええええええ!?』


 エリアス国防大臣の言葉に、僕とリイナは驚愕し思わず大きな声を出してしまう。

 さっきの話、真面目なものなのは分かっていたけれど全部試験だったの!? ていうか試験ってことはまさか!?


 「…………もしかして、僕達の発言の如何いかんによっては」


 「会談に悪影響があったかもねえ。外務省はともかく、国防省としてはだけど」


 「ひえ、ひえええええ……」


 「さ、流石に私も今になって真相を知ったら、か、体の震えが収まらないわ……」


 ニコニコと笑うエリアス国防大臣を見て、僕もリイナも思わず体だけじゃなくて声も震わせる。この話がそんな国を左右する話だったなんて、知るわけないじゃないかぁ……。


 「で、どうだエリアス国防大臣。結論は出たか?」


 「もちろん! 借りも作ってしまったからねえ。会談では色のいい返事をワタシはしようと思うし、こちらの外務大臣が渋る内容も説得してみせよう」


 「だそうだアカツキ准将、リイナ中佐。喜べ、お前らは早速会談における成果を作ったぞ」


 「途中ヒヤヒヤさせられたが、良くやったアカツキ准将、リイナ中佐。外務大臣としては会談で苦労が減ったのは大変喜ばしい」


 「は、はあぁぁぁぁぁ……」


 「なんにも、言えないわ……」


 マーチス侯爵とエディン侯爵の笑みに僕は耐えきれず座っていた椅子に深く腰掛けて脱力してしまった。リイナも天井を見上げて力が抜けきっていた。

 エリアス国防大臣、タヌキにも程があるでしょおおおお……。もうこの人がほんわかおじさんだなんて思えないよおおおお……。


 「ははは、二人ともすまないねえ。お詫びにアフタヌーンティータイムなんてどうだい? 我が国自慢の紅茶菓子も揃えているよ?」


『今度は試験じゃないですよね!?』


 「大丈夫大丈夫。ここからは本当にプライベートだからさあ」


 いかんせん知らずに試験をさせられていた僕とリイナだ。二人して声を合わせて主張する。

 エリアス国防大臣はすまないねえ、と微笑みながら手を叩き、すると執事やメイドが現れててきぱきとアフタヌーンティータイムの用意をしていった。


 「ほらほら、マーチス侯爵とエディン侯爵もこっちに。ワタシ達おじさんはこっちに座ろうかあ」


 「そうだな。先の話の続きもしたい所だった」


 「マーチス軍部大臣とエリアス国防大臣の酒の話だったか? 興味の湧く話だ。自分も混ぜさせてもらおうか」


 「もちろんさあ。ああ、二人とも楽にしていいからねえ? おじさん達がこっちに座ると面接みたいなのは申し訳ないけれど」


 「まるで対将官級個人面接みたいですね!!」


 「もうさっきみたいなのは勘弁してもらいたいわ!!」


 「安心してよお。ここからは正真正銘美味しい紅茶と菓子を楽しむ時間さあ」


 列車に乗る前の微笑みほんわかおじさんのエリアス国防大臣は愉快に笑う。

 それからはロンドリウム駅に着くまで、本当に彼の言う通りただの雑談だった。お酒の話とか、何故か僕とリイナの馴れ初めとか!!

 …………一つ分かったことがあるとしたら、エリアス国防大臣は見かけに騙されてはいけない人物だということだろう。

 会談前から僕はどっと疲れたよ……。

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