第5話 ロンドリウム協商連合へ

・・5・・

 12の月1の日

 午後5時52分

 オランディア市・連合王国海軍オランディア基地


 軍務のある日は統合本部で戦争計画策定と作戦計画策定を、休日にはリイナと結婚式の相談をしたり、先週には王都に要件のあった両親とも結婚式について話し合ったりするなど忙しい日を過ごしていたけれど、ついにこの日がやってきた。ロンドリウム協商連合との外交会談だ。

 先月半ばに正式決定された開催時期は十二の月四の日から八の日まで。予定通り五日間行われる。

 その為に僕はリイナやエイジスと共にマーチス侯爵等軍部大臣以下一一八名の武官と、エディン外務大臣以下一一五名の外務官僚で王都アルネセイラから鉄道で西の軍港オランディアまでやって来ていた。そして今いる場所はオランディア市内にある海軍オランディア基地。ドゥーターに向かう為にこれから乗艦しようとしている所だった。先月下旬には初雪が観測され今日は雪が降りそうな天候。気温も氷点下ではないけれどかなり下がっていた。


 「これが連合王国海軍の新造艦、『アルネシー』ですか。大きいですね」


 「陸軍は改革を進め変貌を遂げたが、オランド曰く海軍も負けていない自信作だそうだ」


 「あのオランド侯爵がそう言うのも頷けるわ。これまでの戦艦に比べて見ただけで大型化されているのが分かるもの」


 接舷している戦艦を見上げて僕達は感想を述べ合う。僕は前世で米国の原子力空母等を見てきたからサイズに驚きはしないけれど、確かにこの世界において目の前のそれは大型艦に相応しかった。

 装甲戦艦『アルネシー』。

 排水量一四五一八トル(前世でいうトンと同じ単位)、全長は一四三ミーラ。技術革新著しい時代であるからか、一つ前のタイプからアルネシーは一〇〇〇トル以上大型化している。連合王国海軍初の万トル越え装甲戦艦だ。

 推進は魔石蒸気機関・帆走・風魔法増幅機関三方式併用――巡航時は魔石蒸気機関と帆走で、戦闘時には風魔法増幅機関の三併用方式で推進する――だ。風魔法増幅機関は魔法がある世界独特の推進機関で、開発はおよそ一〇〇年前にまで遡る。専任魔法能力者が魔石内蔵の機器に魔力を充填し速力を増加させるものだ。

 よってこの世界の軍艦は前世の同時代水準より速い。魔石蒸気機関のみで一四ナット(前世でいうノット)、魔石蒸気機関及び帆走併用で一八ナットと前世の同時代のものとあまり変わらないけれど、三併用方式の場合は二三ナットにまでなる。風魔法増幅機関の新型を積んでいる為らしい。


 「兵装も立派ですね。主砲が二〇〇ミーラ後装式キース砲が十門、一八〇ミーラ後装式キース砲が八門、一二〇ミーラ後装式オランディア砲が十六門ですか」


 「攻撃力も向上しているな。砲は東の軍港キースにあるキース工廠製のものを搭載。オランディア砲もある。これらは数年前から開発していたものだが少ない装薬力で射程も伸びたらしい」


 「通常火力だけでなくて防御力も増強されたわね。長射程になる中級魔法を行使する魔法障壁専任魔法能力者も海軍割当枠が増えたから艦が大型化して乗員数が増えた分、両舷合計二十名いるもの」


 「入手したデータから参照。攻撃専任魔法能力者も増加。単独中級もしくは集団行使の弱戦術級魔法行使人員も充実」


 リイナやエイジスが言うように、魔法がある世界だからこそ魔法能力者も艦には乗艦している。先の風魔法増幅機関専任以外に攻撃専任と防御専任がいるんだよね。

 攻撃専任は文字通り攻撃魔法を行使する兵達だ。砲射程向上により長距離戦志向になったので中級魔法以上を使える者限定になる。その為、海軍の中でもエリート職であり、艦艇勤務だからと陸軍より給料も高い職種になっている。

 防御専任は魔法障壁展開をする兵達。艦の防御の要だから攻撃専任程では無いけれど人気がある。彼等が死ねば防御力が低下するので乗員達の信頼も厚い。

 もちろん、この艦は魔法防御以外にも充実している。それを語ったのはマーチス侯爵だ。


 「装甲戦艦だから通常防御力も向上したな。両舷に装甲が一二四ミーラ施されている。甲板は魔法障壁に頼ることになるが、両舷についてもある程度の攻撃は頼られる。ここに頼るとなると魔法能力者が不味いことになっている訳だが、生存性の向上は重要だからな」


 「栄光ある新造艦を陸軍の皆様にお褒め頂きありがとうございます。お待たせしました。乗艦の用意が整いました」


 「おお、わざわざ出迎えをすまんな。リーランド艦長」


 「いえ、軍部大臣だけでなく連合王国の英雄たるアカツキ准将が乗艦なさるのは早速艦の名誉が増すというものです」


 僕達が会話をしていると現れたのは部下数名を引き連れた『アルネシー』の艦長、四十代後半の短い茶髪の男性で冬用の黒い海軍軍服のコートを身に纏う、リーランド海軍准将だ。今回の使節艦隊三隻の艦隊指揮官でもある。彼はマーチス侯爵に対して海軍式の敬礼――前世でも元いた世界と同じように敬礼は陸軍のそれより鋭角気味だ――をする。


 「リーランド艦長、初めまして。アカツキ・ノースロードだよ。階級は陸軍准将。往復の行程、よろしくね」


 「ほー、可憐なる英雄とは聞いていたし写真でも見ていましたが、失礼ながら実際に見ると随分小柄なんですな。だが、実力は本物でまさに英雄の活躍。会えて嬉しいですぞ」


 今のところ出番の無い海軍だけど、リーランド艦長や部下達からは歓迎ムードが伝わってきていた。僕とリーランド艦長はにこやかに握手を交わす。あちらが敬語なのは僕の王宮伯爵の地位の為だろう。同階級とはいえ、王宮伯爵となれば目上扱いされる。


 「リイナ・ノースロードです。初めましてリーランド艦長。新造装甲戦艦の『アルネシー』に搭乗出来て光栄に思います。連合王国海軍は逞しい方達ばかりと聞いてます。これからも頼りにしていますね」


 「はっはっはっ! 綺麗な方に言われるのは嬉しいものだな! しかも英雄の奥方でありながら、自身も大活躍のマーチス大将閣下のご令嬢リイナ中佐に。こちらこそ貴女方のますますの活躍を祈ってどうぞよろしく」


 リイナとも握手を交わすリーランド艦長。

 すると、彼はマーチス侯爵に対してこんなことを言う。


 「マーチス大将閣下。実はここにいる部下はアカツキ准将とリイナ中佐に会えるのを楽しみにしておりました。サインなど、お願いしてもよろしいですか?」


 「サインか? 出港の時間に余裕があるならオレは構わんが。二人に許可を取ってくれたまえ」


 「私はいいわよ。さらさらっとだもの」


 え、ちょ、サインって。ここでも?


 「アカツキはどうだ?」


 「ジドゥーミラ以降、機会が増えたので慣れましたが……。自分でよければ」


 「だそうだぞ! やったな!」


 「艦長もでしょう? 私達と同じように日記帳を持ってきたのを知っていますよ?」


 「うぐ、副艦長は知っていたか……」


 リーランド艦長も含めて、冬なのに春の暖かさを感じるくらいの笑顔をした彼らはコートの裏ポケットから小さめの日記帳を取り出す。どうやら準備は万端らしい。ご丁寧にペンまで用意していた。


 「まずは艦長からどうぞ?」


 「申し訳ありませんなあ、アカツキ准将。実は娘からも頼まれていて。アレらも子持ち組は似たような感じです」


 「ああ、なるほど。それくらいなら」


 僕はリーランド艦長からペンを受け取ると、日記帳の表表紙に自分の名前をサイン形式で書いていく。続いて、彼の娘さん用の小さい手帳にも書き込むと、一度手を止めて。


 「まさか海軍でこんなにも歓迎されるとは思わなかったよ。A号改革の時は陸軍に比べると内海艦隊の海軍にはどうしても予算が割けなくて申し訳なさがあったから……」


 「とんでもない。オランド大将閣下から話は耳にしていますよ。今のような来るべきに備えて予算の便宜を図ってくれたんでしょう? お陰で給料も末端の兵士まで少し増えたりとか、糧食も良くなったとかで喜んでます」


 「僕はちょっと言っただけですよ。この『アルネシー』は改革前から計画されたものだし、大体の功績はオランド大将閣下によるもの。連合王国が財政に余裕があるお陰でもあるし」


 「貴方は陸軍なのに、理解がある。それだけでも十分です。それ抜きでも貴方の活躍は同じ軍人として誉高いですから」


 「ありがとう。いつになるかはまだ分からないけれど、今後海軍の出番はあるからその時はよろしくね」


 「ええ。目にものを言わせてやりますよ。日頃の訓練の成果を見せますとも」


 「ははっ。頼もしい限りだね。はい、これが娘さん用の。名前はノーラで合ってたよね?」


 「合ってますよ。やぁ、これは喜ぶだろうなあ。ありがとうございました!」


 「どういたしまして。はい、次の人ー」


 その後もリーランド艦長の数人の部下達の分と子供がいる人にはその分も書いて、僕達は乗艦する。マーチス侯爵からは大人気だなと笑顔でからかわれた。

 乗艦すると案内されたのは士官用の部屋だった。流石に艦艇という限られたスペースだからリイナとは当然別室にはなったけれど、それでも配慮として隣室を手配してくれていた。

 ただ、限られたといってもこの『アルネシー』は乗員数にしてはかなりの大型艦。どうやらある程度は今回のようなケースを想定して建造されたらしく、設備も充実していた。オランド侯爵の内海艦隊とはいえ長期航海に備えた居住性の向上の一環らしい。だからこの艦には僕達のような軍高官以外に外務大臣など外務官僚達が合計五十名乗艦している。

 ちなみに軍人もだけど、旅客船に乗り慣れている外務官僚達ですら『アルネシー』の居住性の良さには驚いていた。流石に旅客船のような贅沢は出来ないけれど、今回の航海は民間客船がいると足並みが揃わないし人数も大規模外交のような五百名を越えるようなものでは無いから多くない。それにアルネシーのお披露目も兼ねているからこのような形になった。

 だからだろうか、旅客船に比べて安定性があって揺れも少ない――気象条件がまだ比較的いいこの時期なのもあるけれど――ので官僚達にも不満は無かった。

 七時前には軍人達に見送られて出港し、士官用食堂で夕食を摂り終えてリイナやマーチス侯爵と軽く雑談し自室に戻った午後十時半。ここからは三の日午前中までは船旅だ。

 初めての外交が良い方向に進むように願いながらこの日は早めに就寝をしたのだった。

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