第14話 戦争狂皇帝の所業と、覆された連合王国の戦争計画

・・14・・

同日

午後11時50分

連合王国別働軍・アカツキ執務兼就寝用テント



「たった二時間半の尋問で妖魔帝国の内情の核心を知れたのはいいけれど……、これは洒落にならないな……」


「ええ、まったく……。反吐が出るような話だったわ」


 懐中時計は既に日付が変わる直前である事を示していた。だけど明日朝にはこの地を発って元いた本軍に戻るにも関わらず、湯浴みを終えてあとは寝るだけなのに僕とリイナ――エイジスは定期的に必要とするメンテナンスモードに入って瞳を閉じていた。本人曰く人間でいう睡眠や休息みたいなものらしい――は寝れないでいた。

 原因は僕とリイナが座るイスのすぐそこ。テーブルに置いてある記録書類。ダロノワ大佐とチェーホフ中佐への尋問の際に聴取した内容をリイナが綺麗な字で纏めたもので、しかし字体とは裏腹に内容は凄惨を極めるものだった。

 事の真相。それは二人への尋問をしていた時間まで遡る。



・・Φ・・

「わたくしの名前はダロノワ・フィルソヴァ。貴方達人やエルフ達と戦争をしたずっと前から続く由緒ある貴族でした」


「自分、カネフスキー家はお嬢様のフィルソヴァ家に代々仕える騎士でした」


「騎士が仕えるほど、ということは伯爵か侯爵家ってことかな?」


「はい。フィルソヴァ家は侯爵家です。妖魔帝国でも中核を担う貴族家の一つでした」


「一つでしたということは、今は違うのよね?」


「はい……。今は、存在していませんから……」


 リイナへの問いに、顔を俯かせて答えるダロノワ大佐。エイジスが無言のままということは真実を述べているということだ。

 過去形での言い回し。当然気になる僕は彼女に問う。


「存在していない。その理由を教えて」


「分かり、ました……。話せば長くなりますが、なるべく簡潔に説明します……」


「どうぞ。リイナ、記録を続けて」


 リイナが頷き、筆記の態勢を取るとダロノワ大佐は重い口を開く。


「事の始まりは、政変でした。妖魔帝国は先々代、先代と浪費癖があり豪華絢爛な皇宮を建設するなどしていて妖魔帝国の財政は大赤字。貴族も皇帝がそうであるのならばと取り入り競い合うように、ですが実際はただの私利私欲で大量の資金を投入して贅を尽くしていました……」


「なんともまあ末期症状のような国だったなんてね。その政変が起きたのは何年前かな?」


「今から十年前の事です。現皇帝の転覆を主導したのは先代皇帝の息子、現在の皇帝であるレオニード・ヨマニエフです。彼は腐った父親を大変嫌っており、帝国の現状を憂いていました。だからでしょう、血の繋がった父とは言え国を優先して実の親に反旗を翻し、見事計画を成功させました。そして、現陛下は自身が皇位に就くと改革を実行。成果は翌年から現れ始め経済は好転し、財政も次第に健全化していきます。軍についても改革のメスは入れられました。レオニード陛下は魔法に偏重し過ぎず、科学を取り入れるようにしました。妖魔帝国にも貴方達が使うような銃や魔法銃はありました。レオニード陛下は今のものでは古いし弱い。もっと良い武器を作るようにと仰ったのです。結果、魔法に偏った軍は僅か五年で変貌。わたくし達が持っていた魔法銃もその内の一つです。最も、渡されたのは一昨年に制式化された物の前の旧式ですが……」


「あれ、ここだけ聞くとこの戦争を指導しているハズの皇帝が随分マトモな魔人に聞こえるんだけど。政治体制も経済政策も効果は抜群。軍改革もアカツキくんがやった事と似ているよね?」


 アレゼル中将の反応も最もだ。僕も今の話だけを聞けば、現皇帝レオニードは名君と言って差し支えない為政者に聞こえる。それがどうして今に至るのかが全く掴めなかった。


「今の話はあくまでも正の側面を語ったに過ぎません。なぜならば、改革は大きな成果を生み出しましたがその陰には大いなる出血と犠牲があったのです……」


「……続けて」


 二つの単語に反応した僕は静かに話をさらにするよう彼女に促す。


「…………出血と犠牲。それは、粛清の嵐と手段を問わない改革の断行でした。当初は私欲に塗れた貴族が対象でしたから、わたくしの家を含む真っ当にやってきた貴族達は自業自得だと感じていました。ところが、徐々にレオニード陛下が行う手法は過激になっていき、残酷になっていきました。手始めに行われたのが、魔人至上主義に基づいた魔人に属する民族以外への強制労働と迫害です。魔物は醜く低脳。知能や理性などいらないと、召喚士が持続的に召喚するコマンダークラスを介しての洗脳が行われました。それだけではありません。先代皇帝に重用されていた種族は、奴らのせいで臣民らは苦しんだ無実の罪を着せて民衆を先導し迫害されました……。課されたのは強制労働……。そして、虐殺です……。元々妖魔帝国は悪魔族等数種類の魔人と呼ばれる括りが多数派でしたから、事は容易く運びました……。既に滅んだ種族もいます。それは今も続いているでしょう……」


「迫害、虐殺……」


「なんてことを……」


「わたし、前言撤回するよ。なんなのそれ、とんだクソ野郎じゃんか」


 呆れた話で、異世界になっても結局知能を有する人の形をした者達は同じことをするようだった。

 前世地球でもそうであったように、特定の民族達に無実の罪を擦り付け迫害。そして虐殺。それらは代表的なものであれば小学生でも歴史の一つとして学んでいる。それがこの世界の、妖魔帝国では現在進行形で進んでいるらしい。


「少数派や魔物の犠牲の上で、改革は表面上成功の形を見せていました。経済の復興が最たる例です。多数派のわたくし達はそれを享受し、国民はレオニード陛下に熱狂的な支持を捧げていました。でも、真相を知るわたくし達は次第にレオニード陛下へ疑問を持つようになります。特に比較的穏健な思想を持つ家の者は苦言を呈し始めたのです」


「話が読めてきたよ。その家の者も粛清にあったんだね?」


「その通りです。皇帝に刃向かった罪で一家どころか親類に至るまで良くて極北や最果ての東送り。悪ければ、処刑です。見せしめの為でもあったのでしょう。逆らえば、こうなると。ここまでくると国民達もようやく現実を知ることになったのですが、異を唱える者はレオニード陛下が設立した秘密警察に見つかり等しく強制収容所に送られました……。レオニード陛下は飴と鞭を与えたのです。自分に反対しなければ豊かな暮らしを過ごせる。しかし、文句を言えば命の保証はないと」


「…………専制と独裁の悪しき面が出てきた訳か。なまじ改革が上手くいっているから余計にタチが悪いね。反対さえしなければ、安寧の暮らしは与えられる。言論封殺に等しい行為だ」


「皇帝のレオニードが頭のネジの飛んだ奴なのは分かったわ。けれど、ここまでの話ではどうしてあんた達が私達に戦争を仕掛けてきたのかが理解出来ないし、二人が送られた理由も掴めないのよ。一体、何があったの?」


「…………一年半前の、ことです。レオニード陛下は重臣達を突然呼んで高らかに宣言しました。二百五十年前に先祖が成し得なかった事業を達成させる。それはすなわち、貴方達の国々への侵略だと。この世界は妖魔帝国こそが一番であり、唯一の国。我らより劣る人類共が存在するなど許されるはずもない。世界は全て我々のものであるのだから、戦争を起こすと」


「だから、あんな宣戦布告文を送ってきたわけか……」


「レオニード陛下の宣言に多数は賛同しました。魔人至上主義は全体的に広がっているものですし。しかし、一部は反対したのです。まだ経済は完全に立ち直ったわけではなかったので。貧富の格差はまだまだ激しく、農民達の生活は苦しいまま。軍についても能力の向上の途上でした。性急すぎる。わたくしのお父様も反対された一人で、これは去年一昨年の話ですから私も既に軍人。今一度の深い考慮をしてほしいとお願いしました。ところが……」


「反対したから、粛清です。わたくしが強くお父様を説得してしまったばかりに……」


「お嬢様、それは違います。お嬢様の心優しさは正しい道を示しておりました。だからこそご当主様も決心なさったのです。貴女様は何も悪くありません」


「ですが、ですが……! お父様は、もう……!」


 恐らく粛清された父親は処刑されたのだろう。だから自分の行動に重たすぎる責任を感じ、こうしていよいよ取り乱して涙を流している。

 ほんの数時間前まで殺し合いをしていた相手の指揮官のこんな姿を見るなんて、まさか尋問がこのような状況になるなんて思いもしなかった。

 故に僕は、掛けられる言葉は見つからない。ただ、黙って彼女が落ち着くのを待っていた。


「……すみません。お見苦しい姿を晒してしまいました……」


「…………アカツキくん。ごめん、わたし退室するね。色々と思うことがあって、整理が付かなくて……」


「分かりました。後は私達にお任せ下さい」


「…………ごめん」


 アレゼル中将は沈んだ面持ちでテントを後にする。


「あの……」


「気にしないで。たぶん、憎んでいた相手に抱いていたものと現実の落差が激しすぎて戸惑っているだけだろうから」


「そう、ですか……」


「尋問、とはもう言えないか。続きを聞かせてもらえるかな。貴女が処刑を免れここにきた理由と妖魔軍の今の編成のわけ。レオニードの戦争に対する思念も」


「はい……」



・・Φ・・

「ダロノワ大佐が生き延びたのは父が自身の命と引き換えに嘆願したから。チェーホフ中佐は粛清によって戦地送りにされたダロノワ大佐に唯一同行を許された家の関係の者。彼女に賛同した家臣達も一緒に送られたってとこか……」


「だからお嬢様、なんて呼ばれていたのね……」


 彼女個人についてだけでも、僕とリイナは話していて複雑な心境になる。でも、これはまだ割り切れる。

 なぜならば、今僕達がしているのは戦争だ。いくらダロノワ大佐からあの話を耳にしたところで、僕達はこれからも妖魔軍の魔物も魔人も殺し続ける。殺らなければ殺られる世界だから。

 それよりもだ。非常に深刻な問題は、二人の口から語られた皇帝レオニードの思想だった。


「僕はこの戦争を旧東方領の奪還をして、妖魔帝国に僕達の力を見せつける事で戦争を終わらせるのは無理にしても休戦に持ち込めればと考えていたんだよ。侵略してきたから、全力を持ってして抵抗するぞ。それだけじゃない。かつて奪われた領地も取り戻すほどの軍事力を僕等は持っている。だから、これ以上の犠牲を増やしたくなければ休戦条約に講和しろ。って感じでさ。これはマーチス侯爵や軍上層部もほぼ同じ考えを持っている」


「私達の目的は東方領を奪還した後、永続的じゃなくてもいい。暫くの間は妖魔帝国が攻め込んで来ない程の勝利で終えて、再び平和を取り戻すことだものね。相手も馬鹿じゃないから、これで抑止力が働けばいいと思っていたわ。けれど――」


「全部、戦争狂のレオニードのせいで台無しだよ。魔法銃があった時点でおかしいとは思っていたけれど、まさか今の魔物の大軍を送っている理由が僕達を消耗させる為だなんてさ……」


 レオニードという人物。

 戦争を起こしたのは侵略戦争ではあるけれど、実の所は膨大な犠牲者が発生する戦争そのものを愉しみたいという身勝手すぎる理由であるらしい。

 あくまで二人から聞いた話で彼女等の主観も含まれるだろうけれど、奴は間違いなく戦争狂だ。戦争を遊戯か何かと思っている節があると言ってもいい。

 だから先の大戦と違って魔物魔人共々正々堂々と進軍するのではなく、魔物を大量に送って肉壁として使い僕等に銃弾や砲弾物資に至るまでを使わさせるなんて手段を取ってきた。

 ああ、そうさ。奴の狙い通りこれまでに数十万の魔物を殺してきたからその分だけ沢山の武器弾薬を使用したよ。軍事予算も投入している。特に連合王国軍は飛躍的に武器の質が上がって、それに伴い他国とは比較にならないほど一回の戦闘に物量を注ぎ込んでいる。魔物はまだまだいるらしく、今後も同規模かさらに多くの軍勢でやってくる可能性は高い。となるともっともっと砲弾も弾薬も、食糧などを投じることになるだろう。

 そしてだ。妖魔帝国がそれなりに近代化を果たしているのが判明したのならば今以上に質を向上させなければならなくなる。魔物の送り方を見てみれば一目瞭然なように、相手は数で上回っている。質を高めなければ即自分達の死活問題と化すからだ。

 そうして導き出される結論は。


「まだあの大戦に満たない頃の技術水準で、世界のようなここで、総力戦……? いやまさか、そんな事が起きたら……」


 妖魔帝国の皇帝が戦争を終わらせる気がサラサラないとなれば、確実に戦争は長期化する。

 連合王国の国力ならば一年、いや二年くらいなら国民への生活に影響を及ぼさず戦えるだろう。その為の経済強化も含めたA号改革だ。

 鉄道開通による物流の活発化で空前の好景気になった。税収は増えると聞いている。奪還した領土の復興も実ってこれば戦争の投資を回収は出来るだろう。

 けれど、二年後以降は? 魔物を倒しきったところで近代化した本物の軍が攻めてきたら味方の犠牲の数はどうなる?

 さらなる徴兵しか待っていないのではないだろうか。質の低下が必ず起きる。

 大体、再び戦場に成りかねない東方領に民間は投資するだろうか?

 だとしたらこの方面での回収は望めなくなるんじゃ。講和条約の際の賠償金なんてもってのほかになってしまった。

 ……そもそもだ。連合王国が耐えられたとして連邦は? 法国は?

 連邦はともかくとして法国の財布事情は苦しいと聞く。ヴァネティアの戦いまでであの国は軍も消耗してしまった。回復までに時間がかかるのに、妖魔軍が再来したら?

 あぁ、ちくしょう。思考が纏まらない。情報不足だからと捕虜から情報を得たらこのザマだ。戦争計画そのものがひっくり返ってしまった。こんなの、僕一人で抱えられるものじゃないぞ……。本国帰還後に軍の頭脳を結集して考える案件だ……。


「――旦那様?」


「え……?」


「眉間に皺、寄ってるわよ」


「そう、だったの……」


「まーた、思考の海に溺れていたわね? 旦那様の悪い癖」


「…………ごめん」


「ねえ、今日はもうとても遅くなってしまったから寝てしまいましょう? じきに終結するでしょうけれど、まだ市街戦は続いているわ。なのに、参謀長のアナタが寝不足なのはよろしくないわよ?」


「そう、だね。……ありがとう、リイナ」


「どういたしまして。それと、お疲れ様。旦那様」


 優しく微笑むリイナは僕をぎゅう、と抱き締めて頭を撫でてくれる。戦闘でも汗一つかかなかった彼女からは、ふわりとした、いつものとても落ち着くいい匂いがした。

 心が解きほぐされていくと、自然と眠気がやってくる。そうだった。今日は戦闘もしたんだった……。魔力も体力も使ったから、疲れているはずだよね。


「リイナ……。眠い……」


「ふふっ、顔にも表れているわよ」


「うん……」


「私を抱き枕にしてもいいわよ?」


「………………する」


「素直な旦那様は最高に可愛いわ。さあ、おやすみにしましょうか」


 結局この後、僕は寝床についてから隣にリイナがいる安心感もあって、あっという間に眠りの世界へと誘われていったのだった。

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