第11話 ジトゥーミラの戦い7〜複合優勢火力ドクトリンの真価発揮とトドメの一撃の始まり〜

・・11・・

10の月1の日

午前9時20分

ジトゥーミラから北15キーラ・連合王国軍別働軍本部


「見えてきた、ね」


「妖魔軍を目視でも捕捉。約三万八千。敵、第一段階到達まで推定十五分から二十分ですマイマスター」


「了解、エイジス」


 単眼鏡で覗いた先。そこには妖魔軍がとうとう姿を現していた。距離はおよそ十一キーラ。あと三キーラ近付けば三つある防柵の中で一番外側に奴らは殺到するだろう。

 僕はいつもと違う装備――この後の戦闘に備えて両腰には綺麗な装飾の鞘に仕舞われたツインダガー――二つの片方の鞘を手で撫でながら。


「敵の偵察部隊はエイジスで捕捉して、エルフの狙撃猟兵が魔法銃で狙撃して全滅。最後の偵察のみの、限られた情報でどう戦ってくるかな」


「アカツキくんってよく次々と色んな戦い方を思いつくよねー。射撃が得意なわたし達エルフを普通のより射程距離の長い魔法銃を使っての待ち伏せして狙い撃ちだなんてねー」


「狙撃自体はここ数十年で銃の射程が伸びたことたからありましたし、あくまでも応用ですよ。今回のようなかなりの長距離の精密射撃はエルフの皆さんが魔法銃を持ってこそ可能な芸当ですが」


「ふふん、まあねー。狙撃は元々やってたし、話自体も作戦開始前だったから訓練は殆どいらなかったよー」


 アレゼル中将は誇らしそうに胸を張る。全般的に視力が人間よりも良く射撃力に優れたエルフは狙撃兵にはもってこいだ。となれば、魔法銃の射程の長さを活かした長距離狙撃も可能になる。それもスコープ無しでだ。人間でも不可能ではないけれど、エルフ並みの視力の者はかなり限られる。まさに種族の強みを活かした作戦だね。


「私の部隊の部下にも同じような事ができるように、選抜した上で訓練させてあります。裸眼視力では無理なので、ドルノワで製作したスコープが必要ですが」


「魔法銃の上に付いているあの機械でしょー。少数生産の一品ものだっけ?」


「はい。この単眼鏡を小型化して銃の上に取り付けられるようにしました。精度が必要なので大量生産できないのが難点ですが、魔法銃の生産量からして今は問題ないかと。さて、敵が柵まであの二キーラになりました。準備を始めます」


「アレだねー。『可憐な顔して爆殺魔』の名は伊達じゃないよねえー。そうそう、広範囲魔法障壁はわたしが展開したから安心してね」


「変な二つ名が増えるのは勘弁して欲しいんですけどね……。リイナ、サポートをお願い」


「了解したわ。可愛い爆殺魔の旦那様」


「もう、リイナまで……」


 僕は広まってしまっている二つ名を耳にして溜息をつきながらニナ大尉が立案した、小規模ながらルブリフの再現となる『魔石型遠隔作動式地雷』の発動準備を始める。詠唱を始めれば自分の顔つきは引き締まり、周りの空気はさらに緊張を増す。


「魔石爆裂術式第一段階、起動」


 制御用の魔石――ルブリフの時点でマニュアルが確立したので、魔法工兵が構築してくれたもの――に両手をあてて、魔力を込め始める。

 まず第一段階の術式が起動。目の前にある魔石は輝きだす。


「セントラル、起動を確認したわ。続けて、遠隔起動術式も作動を確認。01《マルヒト》から10《ヒトマル》接続。さらに、11《ヒトヒト》から20《フタマル》まで接続」


 魔石は眩い光を放つ。同時に浮かび上がるのはこの魔石であるセントラルと埋没された魔石が線で繋がる様子だ。視覚化された接続のさまは順調に進んでいることを表している。


「第二段階へ移行するよ」


「了解、旦那様」


 視覚化された接続の様子は、全ての埋設された魔石と繋がった事で魔法陣を作り上げていた。でも、これで終わりじゃない。


「セントラルより01から20までの起動を開始」


「起動確認。問題無しよ」


「最終段階に移行だね」


「マスター、敵軍の突撃が開始されました。防柵まであと七百メーラ」


 僕はエイジスの情報に頷くと、詠唱を始める。 


「悠久の時を越えて再現するは神々の憤怒。我が国土を荒さんとする者共に天罰を与えん。我は祖国の防人さきもりにして侵犯する者を誅伐する神々の代行者なり」


「防柵まであと二百メーラ。百メーラ。五十、マスター、妖魔軍から魔力検知。防柵破壊を目的の攻撃です」


 おそらくは魔人と魔法使用可能な魔物による魔法攻撃。だけど連中の行動が却ってこちらに好都合だと感じた僕は、口角を上げて笑って。


「我は祖国の防人さきもりにして侵犯する者を誅伐する神々の代行者なり。今ここに、その力を現さん!」


 敵軍の先鋒が防柵に到達する直前、相手の一斉魔法攻撃と同時に、僕の魔力の二割――エイジスの補助で消費は半分――が使われ魔石型地雷は起動した。

 凄まじい爆発が発生し、前回の半分の規模とはいえ八キーラ先のここまで衝撃波は到達する。


「魔法障壁にロスト無し。妖魔軍、爆炎と粉塵で目視確認不可。また、大規模爆発により空気中魔法粒子が撹乱。一時的にレーダーの使用不能」


「エイジス、回復までは何分?」


「約一分半ですマスター」


「おっけー」


 一部を除いてこの場にいた味方は魔石型地雷の威力を目撃して驚愕していた。アレゼル中将は開いた口が塞がらないようで、ようやく我に返った頃に。


「ええええ……。こんなのまるで戦術級魔法じゃない……。おどけて言った爆殺魔のくだり、本当に伊達でもなんでもないね……」


 と、感想を漏らす。この場で驚かないのは僕とリイナ、それと今はここにおらず別の場所にいる部下達のアレン大尉達くらいだろう。


「レーダー回復。目視可能へ。作戦第一段階による妖魔軍の損害、約七〇〇〇」


 魔石型地雷だけで妖魔軍は七千ものを損害受けた事実に、将兵達からは歓喜の声が上がる。


「十分な結果だね。タイミングもバッチリで、今ので被害以上に精神的ダメージを受けたはずだよ」


「旦那様。アレ、わざとやったでしょ?」


「まあね。敵の行動を逆手に取ってみたから。自分達の攻撃のせいで何かが爆発。味方殺しをしてしまったように見えたんじゃない?」


「うっわー……」


 不敵に笑うリイナとは対照的にアレゼル中将はドン引きだった。僕が首を傾げて視線を合わせると、笑顔が引きつっていた。

 え、そこまで……?


「あの、アレゼル中将閣下……?」


「わたし、心に誓ったよ。絶っっ対にアカツキくんは敵に回さない。回したくない……」


「えええ……」


「味方としてはこれほど頼もしいことはないけどね? 私が敵だったら心が挫けそうになるよ……?」


「まあ、そこを狙ってますから」


「可憐な顔して惨殺魔……」


「余計に物騒な二つ名にしないでくださいよ!?」


「マスター。妖魔軍に再び動きあり。突撃を続行するようです。距離七キーラ。MC1835の射程です」


「ちっ、降伏はやっぱしないか。アレゼル中将」


「りょーかい。連絡要員、砲兵隊に攻撃開始を通達してー」


「了解しました!」


 連絡要員が魔法無線装置を用いて師団砲兵隊に攻撃を通達すると、砲兵隊は既に装填済みだったのと野砲の射程に敵が入っていたので即時攻撃を始める。

 降り注ぐ砲弾は勇猛果敢に突撃する魔物達を無惨にも吹き飛ばす。中には魔人達も混ざっていたが、別働軍にも配置した召喚士飛行隊による空中観測で正確に命中。一発は防げても、その次さらにその次となればひとたまりもなく命を散らしていく。


「敵軍との相対距離、五キーラへ」


「エイジス、そのまま観測を続行。アレゼル中将閣下、砲兵隊の攻撃は続行し、作戦第三段階へ移行しましょう」


「はいはーい。連絡要員、わたしの部下とアカツキくんの部下達へ対面制圧魔法射撃の用意を通達。属性は先行射撃人員には魔法障壁破壊目的の風属性魔法、次の斉射は爆発性の強い火属性で統一。いつでも撃てるように伝えて」


「了解です、中将閣下」


 アレゼル中将が連絡要員に伝えたのは、中翼の一万の将兵の左右にいる千七百五十ずつ展開した部隊。アレゼル中将直轄と僕直轄の大隊がそれぞれ半数ずつ展開している。位置的には射撃をすれば中央に火線が集中し、敵が散開しても即時対処可能な場所だ。装備しているのはM1834と、それぞれ個人がもつ召喚武器。召喚武器所有者も今回は魔法銃を装備していて、それは近距離型の召喚武器を持っている兵達だ。


「マイマスター。敵軍との相対距離、四キーラです。二つ目の防柵まであと一キーラ五百メーラ」


「そろそろ頃合だね。アレゼル中将閣下、奴らにサプライズを見せてやりましょう」


「とびっきりのだね。周辺にいる子達、場所を空けて! 土人形王を召喚するよ!」


『おおおおおお!』


 アレゼル中将の大きな声での宣言に、本部周辺にいた将兵達は湧き上がり召喚の為に大きな空間を作っていく。


「よーし、始めちゃうよ!」


 まるで魔法少女が今から変身でもするかのような口振りでアレゼル中将は明るく言うと、召喚武器である『ロッド・オブ・レアー』を顕現させて手に持ち、地面にコンッ、と突きつける。現れたのは緑色に輝く直径三十メーラの大魔法陣だ。彼女は整った美しい顔立ちの表情を引き締めると。


「土人形王。その名を武勇と威容で轟かせ、その巨体を世に示さん。王の威厳は同胞達に勇気を与えるものなのだから。また土人形達よ。王と共に姿を現し、忠誠の様を見せつけよ。勇ましく戦場を突き進み、有象無象を蹴散らす様は友邦達を鼓舞する者なり。今ここに、顕現せよ! 『土人形王召喚サモン・ゴーレムキング』!」


 凛とした声から放たれる呪文により魔法陣は輝きを増し、そしてこの世に姿を示したのは十五メーラの巨躯を持つゴーレムキングとその配下である三メーラのゴーレム五十体。

 土の巨人達が出現した時、反応は二つだった。

 一つは味方。勝利をさらに確信させる、新たなる頼もしい戦友が出てきた事で喝采が巻き起こり士気はさらに上昇した。

 もう一つは妖魔軍。予期していなかった巨人の出現はさぞ戦慄しただろう。砲撃が続いているにも関わらず突撃が一度止まっていた。戦場は僕らが支配している。奴等にそう思わせるには十分な要素だった。

 だけど敵は屈しなかった。四キーラ先からでも耳に入る決死の雄叫びを上げると再び突進を始める。


「はぁ……、それでも突っ込んでくるんだね。勇猛と無謀を取り違えちゃダメなのにね」


「何が奴らをそうさせているかは不明ですが、僕達は妖魔軍を倒すのみですよ」


「妖魔軍には降伏という概念が無いのかしらね。それとも、降伏出来ない状況に陥っているのかも」


「リイナの予想は当たっているかもね。もしくはどれだけ死体の山を築いたとしても、ここを突破したいんだろう。背後にはジトゥーミラなんだから」


 ここから妖魔軍までの距離は二キーラ半にまで近付いた。魔物と馬を操る魔人の吶喊を防ぐ二つ目の防柵は複数箇所が魔人の魔法によって容易く破壊される。しかし砲撃は当然そこに集中するから、妖魔軍の出血はさらに増していく。

 そして相対距離が二キーラになった時、僕達の左右にいる集団からは魔法陣の光が放たれ、直後に魔法銃の先行射が放たれる。数はおよそ五〇〇。


「右翼ならびに左翼からの魔法銃射撃、魔人部隊に命中。魔法障壁の多数破壊を確認。続いて第一斉射。爆発系火属性魔法射撃、着弾まで五、四、三、二、一、今」


 左右から射出され飛来する赤い小さな流星群はようやく散開し始めた妖魔軍を残酷にも肉塊とし、焼き払う。


「第二射、同属性魔法射撃。三、二、一、着弾」


「第三射、同じく。着弾、今。――妖魔軍残存勢力再計算。推定一七〇〇〇。相対距離一六〇〇」


「それでも突撃は止まない、か。どうしてそこまで……。いや、敵の様からして言うのは無粋かな」


「旦那様?」


「……なんでもないよ」


 さっきからずっと妖魔軍の動きは今までと違うと思っていた。これまでの魔物軍団は洗脳されていたが為に動きは単調で、味方が死んでも見向きもしなかった。けれど今の魔物軍団は味方が死ねば後ろを振り返り、悲壮な覚悟を持ってこっちに突っ込んできているように見える。魔人部隊との連携も見られるし、意図して砲弾や魔法弾を回避している姿もあるし、撃たれそうになった魔人の身代わりになって死んだ魔物すらいる。

 もしかして、この軍勢の魔物達は洗脳されていない? 意志が感じられる?

 つまり万の死体を積まれても立ち向かってくるのはれっきとした一個の軍隊か。

 とはいえ、だとしてもそれらが影響する事は無い。自分のやる事に変更は無いのだから。

 僕は正面にいる敵を見据えると。


「エイジス、後方中央の一団の数はどれだけ?」


「約七千です。推測、敵軍本陣。その前方には守るように四千の魔物と魔人の合同部隊が展開」


「目標は決定だね。リイナ、行こうか」


「ええ、旦那様。いよいよね」


「第四段階と並行して進めよう。敵が諦めずに果敢に挑んでくるのは賞賛に値するよ。でも戦争だ。だったら僕達は最後まで希望を見出そうとする奴等を打ち砕くだけ」


「アカツキくん、支援攻撃はわたしに任せて! 背中をどーんと預けなさいなー!」


「ありがとうございます。では、行ってきます」


「りょーかい! 土人形王、二人を手に乗せてあげて!」


 アレゼル中将は土人形王に命じると、彼(性別は無いだろうけど素振り的に老齢近い男性のそれに近い)は器用に敬礼をしてから中腰の姿勢になり、土で出来ているが質感は土以上に硬い両手を地面に差し出す。


「よっと」


「んっ、と。ありがとうね、土人形王」


 僕と続いてリイナを掌に乗せると土人形王は頷いて立ち上がる。十五メートルの巨体だ。直立すれば視界は一気に高くなり、より戦場を見渡しやすくなった。当然それは、二キーラ先まで接近した敵にも目視される。作戦の内であるんだけどね。

 僕はすう、と息を吸ってから。


「アレゼル中将閣下の土人形達、前進を開始! 師団選抜及び、両翼部隊にも前進通達!」


 手を空へ掲げ、前方へ下ろすとゴーレム軍団は地響きを立てて最前線へと歩み始める。同時に通達が届いた師団選抜の突撃部隊と、両翼のアレゼル中将部下達と僕の部下達はこの戦闘において初めて歩みを前へ進めた。

 そうして僕は命令を下す。


「総員目標、妖魔軍残存一万六千! 我らがロイヤル・アルネシアに勝利と栄光を! 吶ッッッ喊!!」

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