第6話 アカツキが向かうは、かの将軍達が控える場

・・6・・

7の月30の日

午前10時35分

アルネシア連合王国軍統合本部大廊下


 僕がエイジスの召喚に成功した三日後。国内、国外向けにその旨が伝えられたのだけれど、案の定と言うべきか大きな衝撃に包まれ翌日の連合王国で発行されている新聞は大きくこの事を報じる。タイトルはこのような感じだった。


『アカツキ・ノースロード陸軍准将、SSランク武器召喚に成功!』


『召喚されたのは『エイジス』と呼ばれる所有者支援型で前代未聞の人形の姿!』


『その能力は邪悪なる魔物軍団を打ち払う聖なる存在! 聖なる存在は妖魔の動きを逃さず見抜く!』


『アカツキ・ノースロード准将は奪還作戦に参謀長として参加! 奪われた地を取り戻す日はすぐそこに!』


 滅多とないSSランク召喚武器が戦時に顕現したことで各新聞はセンセーショナルな見出しを掲載し、本文には公開可能な範囲でエイジスの能力が書かれている。当然新聞は飛ぶように売れていて、多くの国民がマスコミ報道によって熱狂に包まれていた。


「お陰で来月には作戦なのに、取材とかに引っ張りだこなんだけどね……」


 発表当日から取材、取材、そのまた取材。エイジスと共に写真撮影、取材、撮影。土日も週が明けてもずっとこの調子だ。准将として決定した参謀長としてやる事は山積みなのにそっちにも時間が割かれていて、僕は今日の目的地に向かう軍統合本部の大廊下を歩きながらため息をついた。


「仕方ないわよ旦那様。来月に奪還作戦がある中での召喚で、しかも顕現したのは初事例の人の形をしたエイジス。注目されない方がおかしいわ。ほら、軍内だって」


「マスターには非常に多くの視線が注がれています」


「うん、デスヨネ……」


 隣を歩くリイナに、僕の肩あたりで浮遊しながら移動するエイジス。統合本部では見慣れているリイナはともかく、空中にいるエイジスなんてどう考えても目立ちまくる。一目で召喚武器と分かるために、すれ違う軍人は僕達の方に目を向ける尊敬や羨望の眼差しを送ってきていた。


「暫くは諦めなさいな。お父様もそうだったけれど、SSランク召喚武器所有者はそういう宿命なのよ」


「みたい、だね……。リイナもあの後顕現を知った時は大喜びで抱きついてきたし。しかも陛下の前で」


「あら、だって嬉しいものは仕方ないじゃない? 陛下も笑っていらしたわよ」


「すっごい微笑ましいって様子だったね……。流石にちょっと恥ずかしかったよ……」


「あの時のマスターは心拍数の上昇が確認されました。さらに、瞳孔、発汗なども」


「うんエイジスそれ以上はやめようか」


「了解、マイマスター」


 相変わらず二十一世紀に存在していたロボットより高性能なのではないかという能力の片鱗を、変なところで垣間見せるエイジス。たしなめれば発言を控えるあたり、マイマスターと呼んでいるだけはあるんだろうか。本人曰く、マスターの命令は絶対だと言うし。


「しっかし、喋る召喚武器って凄いわよねえ。意思疎通が可能なんだもの」


「帰ってからの無線装置での報告でまず父上始めノースロード家は大騒ぎだったよ。我が家にもSSランク召喚武器所有者が出たって! それに、これでヴァネティアのような事にはならないと安心していたよ」


「ヴァネティアではお見舞いに来た時に大層心配されていたものね。実の息子、孫の負傷なのだもの。けれど、エイジスの能力を知ってこれなら旦那様をしっかり守ってくれると思ったわ。私の役目が減りそうなのは残念だけれど」


「リイナ様の発言には一部否定させて頂きます。リイナ様はマスターの奥様。奥様はマスターを支えるのが役目の一つです。また、戦闘において完全無欠はございません。これまでのように万が一の際にはリイナ様が共に戦う事でマスターは安心して背中を預けられると推測します」


「……エイジスって本当に凄いわね。人間同士と変わらない、もしかしたらそれ以上に円滑に会話が出来るじゃない」


「ワタクシは完全自律学習型です。現実装においてマスター及び周辺の方々との会話も想定した機能が実装されており、今後は知識の蓄積によってより能力を向上させるものになります」



「今より向上ねえ。どうなることかしら。――ええ、でも貴女の言う通りね。私はこれからも旦那様を支えて、隣で戦うわ。だから改めてよろしくねエイジス」


「はい、リイナ様」


 エイジスの頭を優しく撫でるリイナと、表情の変化は乏しいけれど少しだけ目を細めて受け入れるエイジス。後ろで花でも咲いていそうなやり取りに大廊下にいた軍人達は大きく口笛を吹いたり、拍手をしていた。なんだこれ……。

 さて、とはいえ微笑ましいやり取りもここで終わりのようだ。それから少し歩いて四階につくと、部下達を連れて待っていたマーチス侯爵と合流する。


「お待たせ致しました、マーチス大将閣下」


「こちらも今しがた到着したばかりだから問題ないぞ、アカツキ准将。エイジスとの交流はしっかりと取れているようだな」


「はい、驚く程にコミュニケーションが図れています。別邸にいる使用人達も最初こそ話しかけづらそうにしておりましたが、屋敷内を案内したり自らで動き回っていた際にエイジスが無くし物や探し物を見つけ出すなどしたらしく、また会話などもしていたようでいつの間にか打ち解けておりました」


「はははっ! 貴官が召喚の間から出てきてエイジスが隣にいた時はたまげたものだが、その話を聞くと最早人間だな。いや、好印象を掴んでいるあたり変な者より余程優秀だ。これは新聞などが大きく報道するわけだ。諸外国も、特にヴァネティアで恩があるイリスはかなり好意的に報じていたぞ」


「お陰で本分の業務に支障をきたしそうですが……」


「オレも経験したが、熱が冷めるまでは致し方なしだ。無論、過剰な報道は控えるようには伝えてあるがまあ無理だな」


「はぁ……」


「今日も午後に一件あるのだろう? だが、その前に軍人として、新たなSSランク召喚武器所有者としての仕事がある。ついてこい」


「はっ。了解しました」


「リイナ中佐含め貴官達はここまで。業務に戻ってよし」


『了解!』


「リイナ、仕事の方をよろしくね」


「任せなさいな。副官としての業務も私の仕事だもの。スケジュール調整や書類管理もしておくわね。人員も充てられているから大丈夫よ」


「本当に助かるよ。じゃあまた」


「ええ、また後で」


 リイナに手を振ると彼女も笑顔で手を振り返して、僕とマーチス侯爵は目的の部屋へと向かう。


「アカツキ」


「どうなさいましたか、義父上」


 マーチス侯爵がいつもの階級付き呼びではなくプライベートでの呼び方だったので、僕も階級付呼びではない言い方で返す。話し方からして、軍以外の事だろうか。


「リイナとの結婚披露宴が遅くなってすまないな……。本来ならば改革が落ち着くであろう今年の秋には挙行しようと思っていたのだがな」


「仕方ありません、義父上。今は戦時ですから華やかなものは控えなければなりません。舞踏会なども必要以外はみだりに行われていませんし」


「まあ、な。だが、奪還作戦が成功して帰国が叶った後には行いたいと思っている。リイナがアカツキと共に暮らすようになってもう一年が経過する。このまま戦争が続けばなし崩し的に後延びしかねない。だから、冬が過ぎ春が来たら」


 ちょっと待ってマーチス侯爵。戦争前に結婚式の話はフラグだよ!?

 いくらエイジスが召喚されたとはいえ僕は内心慌てつつ、しかし表情には出さないで。


「義父上。一ヶ月前ではありますが戦場に赴く前での結婚式や披露宴の話は、口伝や伝承にもその人物が浮かれてしまい不幸があるかもしれないと伝えられています。この話は勝利を掴んでからになさいましょう」


「マスターに同意します。該当及び類似の記録はおよそ二十件存在します」


「おっと、そうだったな。そんな言い伝えもいくつかあったか。すまんすまん。だが、頭には入れておいてくれ。父としては娘の花嫁衣装が見たくてつい、な」


「お気持ちは十二分に察しております。僕も叶うならば望んでおりますから」


「うむ。嬉しく思うよアカツキ」


 いつものような威厳に満ちた風貌ではなく、父親としての顔を見せて微笑むマーチス侯爵。確かにもうリイナと一緒に暮らして一年が過ぎた。ああは言ったけれど、いつかは結婚式はしたいと思っている。前世でも無かったイベントだし、リイナとなら絶対に遂げたい行事だからね。なら弛ませるのではなくて気を引き締めないとね。

 けど、その前にだ。


「着いたぞ。既にオレを除いた三人は到着している」


「待たせてしまいましたかね……」


「いや、大して時間は経っていないから大丈夫だろう。緊張しているのか?」


「ええ。この先にいるのは連合王国にとって最上位の守護者達なので……」


「お前も今日からその仲間入りで顔合わせだ。だが、そう肩に力は入れなくていい。気楽に構えておけ」


「はっ。ありがとうございます」


 僕の前にある扉の先は小会議室。

 そしてここにいるのは、召喚武器所有者の中でもSSランクを持つ三人。マーチス侯爵を入れて四人になる、『四極将軍フォースジェネラル』がいる。

 そう、今日は僕と『四極将軍』との初めての顔合わせの日なのだ。

 中にいるのは強者ばかりだからいつもはいる警護の兵士達はいない。

 僕は扉を、ゆっくりと開けた。

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