第4話 新たなる召喚武器、その姿は

・・4・・

午後2時25分

王城内・召喚の間前


「ここが召喚の間である。アカツキもこの場に訪れるのは初めてであろう?」


「はい。文献などで単語は目にしたことはありましたが、実際に来たのは初めてです」


 召喚の間に到着した僕は目の前にある部屋に繋がる扉が意外と小さい事に驚いた。それの先にあった部屋の大きさにも。

 連合王国唯一の召喚の間だと言うのだからもっと仰々しいものだと思っていたのだけれど、扉の向こうにあった部屋の大きさは前世の面積単位で言えば五十平方メートル――この世界の単位であれば平方メーラ――くらいだろうか。一般市民の水準から言えばかなり広い部類だし、前世の記憶からしてもこの面積はホテルのジュニアスイートクラスはある。だけど、国や戦争を大きく変える可能性のある召喚の間と言うにも随分とこじんまりとしていた。


「そち、召喚の間が想像より大規模なものではないという顔をしておるな?」


「畏れながら国王陛下、仰る通りにございます。もっと大広間のようなものを想像しておりました」


「はっはっはっ! 正直者で大変よろしい! 実は余も初めてこの場を目にした時にはそちと同じような心境を抱いたものよ。マーチスなぞ、もっと露骨に言葉にしておったぞ?」


「へ、陛下……。若い頃の自分の話はおやめください……。当時はまだ配慮が足らぬ歳だったゆえに……」


「くっくっくっ。懐かしいのお。これ思い出話の一つのようかものだ。許せマーチス」


「は、はあ……」


 楽しそうに笑う陛下と珍しく慌ててたじたじの様子のマーチス侯爵。とはいえこのノリに乗っかる勇気は無いので、僕は当たり障りない返答をする。


「今の話の流れで陛下もマーチス大将閣下も同様に思われていたと判明致しましたら、安心しました」


「なあに、そう憂慮せずとも良い。しかしの、アカツキ。この部屋から歴史を変えるやもしれぬ召喚武器は生まれいづるのだ。そちがその一人になる事を、余は信じておるぞ」


「はっ。ですが陛下。こればかりかは運ゆえに、お許しくださいませ」


「分かっておる。あくまで気の持ちようというやつよ。戦争で精神論を語りすぎるのは危険であるが、運任せが強い召喚武器で信ずることくらい余が許す。むしろ余は願う側であるかからな」


「まこと、感謝の極みであります」


「うむ」


「陛下、召喚石の用意が整いました」


「おお、そうか!」


 僕と陛下、マーチス侯爵の三人で話をしている内に、召喚の準備が整ったらしく宮内大臣が陛下に話しかける。

 すると、陛下はこの場にいたマーチス侯爵や宮内大臣、付き添いの側近達にこう言った。


「これよりアカツキ・ノースロードの武器召喚の儀式を行う。よって、余とアカツキ以外は召喚の間に入ってはならぬ。警戒を厳とせよ。ただし、この扉の前に予め伝えておる者達を呼ぶのは構わぬ。良いな?」


『はっ!』


「ではアカツキ、ゆくぞ」


「はい、陛下」


 僕はマーチス侯爵達に見送られて陛下と共に召喚の間へと入っていく。

 扉が閉められると、窓一つない部屋には明かりが灯されているとはいえ、それなりの広さがあるのに妙な圧迫感を抱いた。

 部屋の中央には召喚に必要な数の召喚石が置かれている。それは照明の光に反射して美しく幻想的に輝いていた。


「アカツキよ。召喚の儀を執り行う前に、誓ってほしい事がある。これは余とそちだけの約束だ」


「なんでしょうか……?」


「そちが若さゆえに、保守の古参共から何かと言われておることを余は知っておる。戦争という非常時にも関わらず己が権力が危うくなるからとそちを攻撃する可能性も否定はしきれぬ。人間は必ずしも綺麗ではないからの」


「ええ。そうでなければ、身内の争いなんて起きませんから。それが他人ならば尚更です」


「まことその通りよ。そして、そちが魔人共から狙われておることも余は知っておる。考えたくもないが、そちの大切な人物に手をかける汚い手法を使うてくる可能性もやはり否定しきれぬ」


「戦争は汚い手の使い合いです。一部の事例を除いて名乗りをあげて名誉をかけて戦う戦争は失われつつあります。何せ、私が魔人を爆撃で吹き飛ばしたのもその一つですから。ですが、それも戦争です」


「うむ。故にの、約束してほしいのだ。もし国内で憂う事があろうとも、たとえ妖魔共が野蛮な行いをしようとも、どうか冷静でいてほしい。早計せずに、息をゆっくりと吐き、視野を狭める事無く戦争の行く末を見抜いてほしい。力を持つものが暴走してしまっては、目も当てられぬ光景が作り上げられてしまうからの。どうだ、約束してくれるか?」


 陛下が仰りたい事は十分に理解出来た。

 二十三の身にして准将であり、次の作戦では三個軍団十五個師団の参謀長になる。これだけでも過分だと言うのに、召喚の儀でもしSSランクが顕現したとしたら間違いなく今後の戦争において連合王国の舞台の中心に立つことになる。

 羨望もあるだろう、尊敬もあるだろう。だけど嫉妬だってある。さらに、妖魔側が察知すれば今以上に命を狙われる事になる。無論、僕だかじゃなくて家族や、リイナ達だって。

 もし彼ら彼女らに何かあってしまったら。もうこの世界に来て一年が過ぎた。沢山の大切を築き上げている僕は、きっと冷静でいられなくなるかもしれないだろう。

 だからだ。陛下はきっと、我を忘れるなと僕に伝えたいのだろう。

 なら、答えるならこれしかない。


「はっ。陛下。私は軍人であり、ありがたくも身に余る立場を仰せつかった身。そして、軍人である以上、全ては戦ってくれる兵士達の為に、国民の為に、そして陛下の為にこの身を賭して戦ってみせましょう。それが、私の役目です」


「うむ、うむ。余は嬉しいぞ。今の話は年寄りからの助言だと胸に留めておいてくれ。――では、始めようぞ」


「はっ」


 斜め前に立つ陛下は振り返っていた視線を前に戻すと、王命召喚に必要な呪文の詠唱を始める。

 それは王家が代々魔法能力者として継がれており、高位能力者一族として血を濃く受け継いでいても長く、魔力を消費する呪文だった。


「先の大戦から始まり、今日まで続く。神から授かりし武器の顕現。今ここにアルネシア連合王国国王、エルフォード・アルネシアが王命召喚の儀を執り行う。召喚武器を持つは若くして類希なる優れた頭脳と何者をも恐れぬ勇気を併せ持つ、アカツキ・ノースロード。我が連合王国の至宝にて、此度の危機をも乗り越えんとす英雄に足る者なり」


 詠唱をしていく陛下の声は、まるで叙述詩を詠うかのように流麗に呪文を紡いでいく。何も無かったところに、部屋いっぱいに魔法陣が現れる。


「英雄に相応しき人物であると主が思われるのであればどうかかの者、アカツキ・ノースロードに悪を、邪を振り払い光をもたらす証を授け給え。おお、主よ。侵略者たる妖魔から我等を守り勝利を掴むしるしを与え給え」


 魔法陣は青白く、そして神々しく光り始め回転を始める。

 前世の記憶がある僕にとってはソーシャルゲームで見たような光景ではあるけれど、実際に現実として目にしてみると見蕩れてしまう程に美しい景色だった。

 そして、詠唱は完了する。


「我等を守り奉る象徴を今ここに! 王命召喚! 召喚武器、顕現!」


 瞬間、部屋全体が激しい発光に包まれ僕は思わず目を手でかばって塞いでしまう。

 どれくらいだろうか。光が収まると覆っていた手を外すと、僕の目線の先にあったのは確かに召喚武器ではあった。

 けれどそれは、剣でも無ければ槍でもない。杖でも無ければ『ヴァルキュリユル』のような銃でもない。

 そこにあったのは、いや、そこにのは宙に浮いたヒトガタだった。

 体長は約四十シーラでおおよそ人間の四分の一。桜色の長い髪の毛で、顔はまるで完成された人形のよう。格好は前世でも覚えがある、いわゆる、ゴシックロリータのようなドレス。背中には透過性のある羽を六枚持ち、しかしそれは背には繋がっていない。

 まるで人形のように顔が整っていると思ったけれど、僕の前にいたのはまさに人形、西洋人形ヨーロピアン・ドールだった。

 長い睫毛に、閉じられた目。瞼が開けられると、瞳の色は澄んだ綺麗な青紫色バイオレットだった。

 現実離れした神秘的な光景に陛下も、そして僕も目を奪われてしまう。

 だけどとうの本人は意も介さない様子でこう口を開いた。


「顕現、完了。各動作部異常無し。視覚・聴覚・嗅覚・触覚など感覚部異常無し。検査項目に全て異常無し。自己判断式稼働状況診断を終了。――初めましてマイマスター、アカツキ・ノースロード。ワタクシの正式名称は『完全自律学習型所有者支援自動人形・エイジス』。どうぞ、お気軽に『エイジス』とお呼びくださいませ」


 自動人形オートドールと自身で呼ぶにはあまりにも感情的で柔らかな微笑みを僕に向ける「彼女」。

 これが僕と、召喚武器でありながら召喚武器の常識からかけ離れた自動人形『エイジス』の、初めての出会いだった。

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