異世界妖魔大戦
金華高乃
プロローグ
プロローグ 前世の終焉
・・Φ・・
「ちっ、一人になっちゃったな……」
新月の夜。闇に支配された鬱蒼とした森の中で一人の軍服の男が走りながら悪態をついていた。
本来ならば静寂に包まれているはずのこの場所に、似つかわしくない銃声が響いている。時折断末魔が混じり、明らかに異常事態を告げていた。
男は命が消えていく声を聞いて小さく舌打ちをすると、しばらく後になってすまない、と沈痛な面持ちで呟く。彼は手に持っていた国産アサルトライフルの二十二式小銃を強く握ると立ち止まり、木に体を預けた。長時間走り続けたからだろうか、少しだけ息が乱れていた。
「作戦は失敗。事前情報と比べて敵の数は大きく上回っていては勝てるはずが無い。結果、自分の部下を尽く失って今や僕一人でこのザマだ。生きては、帰れないだろうね……」
彼は自身の現状を独りごちながら武装をチェックしていく。残っているのは残り十五発程度になった装填済みのものと小銃のマガジンが三つ、自動拳銃は予備マガジンを含めて二つ。既に半分以上を使ってしまっており孤立した現状では心許なかった。
なぜ彼は武器を持っていて、戦闘用の軍服を着ているのだろうか。それにはれっきとした理由があった。
男は日本陸軍の軍人で階級は大尉である。ある特殊部隊の小隊長である彼は、とある秘匿作戦の為に情勢が乱れている東欧で部下達と共に任務を遂行していたのである。
彼が率いていたのは精鋭の一個小隊。数々の困難な作戦を乗り越えてきた彼らにとって、今回の作戦は決して無理難題では無かった。いつものように任務をこなし、帰国する。そのはずだった。
ところが、いざ蓋を開けてみると敵の数は推定の三倍で練度も想定より明らかに高かったのである。
それでも彼らは善戦した。彼我(ひが)の戦力差が開いているにも関わらず敵に三割近い損害を与えた上で、自身の損害は最小限に抑えていたのだ。
ところが、男にとっても部下達にとっても悪夢は終わらなかった。敵はさらに部隊を投入してきたのである。その数はおよそ一個中隊。こうなってしまってはいくら精鋭と言えども耐えきれない。その結果が潰走であり、この現状であった。途中までは共に行動していた部下達も次々と倒れていき、男は一人になってしまったのである。
「くそっ、どうして、こうなったんだ……」
鳴り止まない銃声。敵による殲滅戦が続くなかで男は拳で木を殴る事しか出来なかった。通信は敵軍のジャミングにより行えない。メガネ型情報端末は敵味方識別のレーダーが表示されるはずなのだがそれも使えなくなっていた。完全に孤立無援である。
「回収ポイントはずっと向こう。歩いて四時間程度。銃声からして、敵は近くなっている。…………これまでか、な」
逃走劇から既に三時間が経過している。しばらくの間は希望を見出そうとしていたが、いよいの男の表情には諦観が現れ始めていた。
今や己一人だけになり、残っているのは一〇五発程度の小銃弾と三〇発の自動拳銃弾。手榴弾と閃光手榴弾が一つずつ。対して敵の勢力詳細は不明ながらも圧倒的に多数。彼が諦めを滲ませるのも無理はなかった。
もし魔法が存在していて、圧倒的力を持って一個大隊どころか一個連隊すら屠れるであろう世界ならば現状をひっくり返す事も可能だろうが、あいにくこの世界にはそのような便利なものは存在しない。頼れるのは自身の体と手に持つ武器だけなのだ。
「あっけないな……。これで、おしまいだなんてさ」
いよいよ男は逃走してでも生き残る事を諦めようとしていた。生き残りたい。帰りたい。再び祖国の地を踏みたい。だけれどもそれは最早叶わぬ願い。銃声が途絶えたのは、僅かに生き残っていた部下達も駆逐されてしまったからだろうか。
「せっかく、君達が命を賭して守ってくれた命なのに……」
目の前で撃たれて死んでいった部下が残した言葉を彼は思い出す。
大尉は必ず、生きて帰ってくださいよ。
隊長の為なら、俺は死ねます。だから、俺の分まで生きてください。
この手紙、妻に渡してくれませんか。お願いします。
「ごめん。約束は守れそうにないや」
男は空を見上げて哀しく笑う。闇夜には星々が散りばめられていた。
「けど、ただ死ぬのは嫌だな。最後に一泡吹かせてやるよ。それが部下達への手向けの花で、一緒に戦ってきた僕がするべき最期だ」
けれども、男は最後の足掻きにうって出た。
数分後。
目視可能になった敵に対して孤軍奮闘を開始。正確無比の射撃で十数名の敵兵を撃ち殺していく。
しかし、多勢に無勢は変わりない。
壮絶な戦いを繰り広げた男は虜囚となった所で生きて帰れるとは思わなかったのだろう。結末は明らかだったからだ。
一発だけ残した自動拳銃を彼はこめかみに当てると、引き金を引く。飛び出した銃弾は彼の願い通り脳内を暴れ回って男の命を終わらせた。
こうして彼、高槻亮(たかつきあきら)の人生は終焉を迎える。
はずだった。
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