第229話



 彼女の「ポイントを返還したい」という発言に少しテンジは戸惑いを見せていた。

 その気持ちは嬉しい。だけど紛れもなくそのポイントは彼女がこの予選で勝ち得た戦果であり、テンジにはそれを返還しろと強制する理由もなかった。それがたとえどんな経緯で取得したといっても、結果はそうそう覆らないだろう。


 こと鵜飼蓮司はそういう私的な判断を許さない。


「別にそんなことは望んでないよ。あれは古籠火ころうかの特性を過信した僕の失態でもあるし――」


「ダメなの、これは私のわがままで小さなプライド」


「わがまま?」


「友達から横取りしたポイントでたとえ本選に上がれたとしても、私は心の底から喜べないよ。せっかく水江くんに尊敬する師匠を紹介してもらって、ようやく……ようやくここまでたどり着いたの。何もできなかった私がみんなと同じ舞台にまで上がってこれたの。それなのに正しくないことでズルはしたくない――」


 ぎゅっと拳を握りしめると、立花はその拳をテンジの胸へ軽く打ち付けた。

 彼女の顔を見ると精悍な表情をしていた。そうして力強く言う。


「私は絶対にプロになりたいの。水江くんにもテンジくんにも負けたくない、最高の探索師に私はなるんだ。そのきっかけを必ずこの大会で手にするんだ。だからズルはなし」


 これ以上彼女のその気持ちを否定するのは無理なんだと知った。

 それほど立花は真剣だった。ただ、それが成し遂げられるのかはまた別の話になる。


 この場は折れるように、テンジは口を開いた。


「わかったよ。統括プロ探索師に相談してみよう」



 † † †



『――うーん、残念だけどそれはできない』


 二人は昨日落とされたプレゼントに付属するように備え付けられていたマイク付きの監視カメラへと戻ってくると、この最終予選の統括プロ探索師――鵜飼蓮司へ先の相談していた。

 お互いの映像は映っていないが、そのカメラに付属するスピーカーを通じて意思疎通をすることは可能だった。テンジの古籠火については触れないように、どういった経緯で立花加恋がポイントの返還を希望したいのかを話した。


 しかし、その返答は彼女の望む形にはならなかった。


 子犬のようにしゅんと縮こまると立花は空元気の笑顔を見せる。


「そうですよね。出過ぎたことを言いました、申し訳ありません」


『俺の方こそすまない。選手の気持ちを考えれば希望通りにしてあげたいけれど、見ているファンからしたら意味の分からないポイントの変動は混乱を招いてしまう。そういった意味で今の時点で君の希望には叶えてあげられないというのが俺の判断だ』


「いえ、理解しているつもりだったのですが……私の考えが至らなかったです」


『ただ、もし君が最終時点で上位陣と接戦していた場合は俺のほうで得点を考慮した順位にしてあげられることはできる。それでもそうしてほしいなら俺の心に留めておこう』


「……それでよろしくお願いします」


『わかった。君の気持ちが変わらないのならばそうしようか。さあ夜も深いんだ、選手は明日の開始時間までしっかり休息をとるんだ! 適切な休息を確保することも探索師としての基本だよ。はい、寝た寝た!!』


 そこで鵜飼蓮司との通信は途絶える。

 少しだけ申し訳なさそうな表情を浮かべる立花は、ゆっくりと背後にいたテンジへ振り向くと頭を下げていた。


「ごめんなさいテンジくん」


 そんな友達の虚しい頭を、テンジは慌てて上げさせた。


「謝ることはないよ、その気持ちだけでもうれしいからさ。だからさ――この憂いをなくすためにも必ず立花さんは本選に上がってきて。そこで戦おうよ。ちゃんとした舞台で、あの大舞台で正々堂々と競い合おうよ」


「そうだね。そういうことにしておくね!」


 それからテンジは彼女と少しだけ話をした。

 彼女がどんな師の元で訓練してあれだけの能力を開花させたのか。今まで知らなかった彼女が第一世代の固有能力持ちで、その使い方をレクチャーしてくれたのがその師だったとか。なぜ今年のチャリオット入団試験に参加しなかったのか、とか。

 募る話はあったが、ほどほどにして二人はつかの間の休息をとるのであった。


 その後、テンジは少しだけ夜更かしをした。


 思いのほかポイントのリードを手にすることができていない自分の状況を改めて考えた。

 そうして出した答えは、いたって単純なものだった。


「明日からは出し惜しみなしだ。僕の強みを存分に出すぞ」



 † † †



 ――最終予選会場、富士宮市。過去の災害の中心地。


 音もなく、一人の男が真っ暗闇の森の中を軽快にスキップしていく。

 その口角は終始上がっており、ダンスを踊るピエロのように森の中を闊歩していた。暗闇に紛れるように小奇麗な黒のスーツを身にまとった彼は、まるでここを社交界の舞台だと思い違えているかのように舞い踊る。


 ふと、男は月明かりが差し込むスポットで足を止めた。


 そこにあった木の根元にはささやかに添えられた一輪の青い花とスーパーで買ってきたのだろうおはぎがパックに入ったまま転がっていた。最近誰かがお供えに来たばかりのようで、その花は枯れていなく新鮮な状態だった。


「まだこんな世紀の犯罪者にお供え物をする人がいるとは! ははっ、世の中まだまだ捨てたものじゃないかもしれないです……実に踏み甲斐がある」


 ぐしゃっとその男は花を踏みつけた。

 そうしてすりつぶすようにわざと靴を地面にこすりつけ、綺麗だった花を見るも無残な姿へと変えていく。同時に傍に置いてあったおはぎの容器を遠くへと楽しそうに蹴り飛ばした。ぐしゃりとおはぎは遠くの気にへばりつくように潰れ、時間とともに地面へ垂れていく。


 その光景を実に楽しそうに見つめる。


「さてさて、こんな趣味へと興じにきたわけじゃないです。私には確かめなければならないことがあるのですから――」


 三日月を見上げるように空へと顔を向けた彼は、考え込むように立ち止まった。

 しんと静まり返る森の中で不気味に彼の口角があがると、それを機敏に察した近くの小動物たちがこぞってこの場から立ち去っていく。


 ぞわりと森がざわついた。


「はて、どこに仕舞いましたっけ」


 急にその男は口をがばっと大きく開けると、自分の手を突っ込んでいく。まるで苦しみや痛みなど感じないようにひじの辺りまで自分の口に突っ込んでいくと、体の中で何かを探すようにまさぐりはじめた。


 何かをわしづかみにした男は、それを一気に引き上げる。


 胃袋から取り出しでもしたのか、取り出したそれには体内の液体でびっしょりと濡れていた。

 

 それは――ただの肉塊だった。

 気味の悪いそれをひしゃげた花の元へと放り投げる。


「うーむ、このまま放りだすのも面白くない。どうせなら――」


 男は自分の親指をかみしめると、赤い血を滴らせた。

 それをゆっくりと肉塊の上へと落とすと、眩い光が暗闇を一気に照らす。徐々に肉塊は肥大化していき、人ひとり分くらいの肉塊へと成長していった。


「今生で笑うのは私たちがいい」



 † † †



 厳しい寒さの森夜が明け、太陽が凍った水滴たちを一気に瑞々しい朝露へと変えていく。


 夜の冷たい空気から朝の暖かな空気へ変わるころ、四人は予選の最終準備を整えて向かい合っていた。たかが一夜の臨時チームだったけれど、それなりに彼らの中には絆が芽生えていた。


 それがテンジにはとても心地よかった。


「さて、あと一分で第二ラウンド開始だな」


 黒豪が軽く腕を伸ばすようにストレッチしながらそう言った。

 それに対して三人は無言でうなずく。気がつけば、リーダーの立ち位置に立っていたのは黒豪という同い年の青年だった。


 そんなリーダーの素質を秘めた黒豪が、人差し指を立てまとめるように話す。


「おそらく今日中には上位12名が決定する。最低ポイントは100だが、俺の予想では本選出場ラインは120から150程度だ。大丈夫だとは思うが遅れるなよお前ら」


「はい!」

「うん!」

「頑張りましょう!」


「また本選で会おう」


 それから四人は開始のアナウンスまで、それぞれ最後の調整をかけていく。


 再びシーカーオリンピアのメインテーマソングがこの会場中に鳴り響いてきた。選手たちの気持ちが真剣なものへと切り替わると、会場の雰囲気が一変したのがわかった。


 ざざっと接続音が鳴る。


『みんなおはよう。さあ前置きなんて不要だろう……最終予選二日目、スタートだ!!』


 その鵜飼の掛け声とともに、四人は一斉に散会していく。

 他の選手たちもそれぞれが同時に動き出し、再び熾烈なポイントの争奪戦が始まった。


 走り出すこと15分ほど。


 近くに誰もいなくなったことを確認すると、テンジはふと足を止める。

 ついでに傍にドローンや監視カメラがないことも確認しておくと、すでに掴んでいた閻魔の書を目の前に持ってくる。


「来い――『煉獄鬼卒・サイ』『浄獄鬼卒・糖伽トウカ


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