第208話



 凝縮された雷雲が螺旋に乗り、レーザーのように解き放たれた。


「ル゛ァ!?」


 この攻撃は食らってはいけないものだと本能が察知したのか、慌てて攻撃を避けようとモンスターは逃げるように横へと動き出す。

 しかし、そんなモンスターの行く手を阻むように一筋の雷雲が壁を作り出す。そして右側、左側、背後と、あっという間にモンスターの逃げ道を雷雲が閉ざしてしまう。


 さらに――、

 モンスターのすぐ背後にレッドワインの鎧を着たジェイが唐突もなく現れた。


「なんで毎度私はこんな役目なのでしょうね。盾役って本当に不憫な称号です」


 ジェイは嫌そうにそう呟きつつも、逃げようと慌てているモンスターを背後から羽交い絞めにする。モンスターは慌てて振りほどこうとするも、なぜか体がぴくりとも動かなくなっていた。


「ル゛ァ!?」


「あぁ、血砂範囲はゼロ距離になると発動するエクストラ能力があるんですよ。あと今の私は無敵なので安心して一緒に死にましょう」


 その言葉を聞いた次の瞬間、目の前の視界が赤く塗りつぶされていく。


「あっ、ちなみにですが、私は一度も防御にしか瞬間移動を使えないとは言ってないですよ? この能力は『意識が』という制約がミソなんですよ」


「ル゛ォ……」


 ジェイはあえて、転移先を攻撃の目と鼻の先に設定した。

 本来は防御に使用する能力を土壇場で、攻撃へと転換して使用したのだ。


 リオンの特大螺旋と、オーブラカの雷雲。

 融合された二つの攻撃が勢いよくモンスターを飲み込んだ。


 肌がほんの僅かに振れた瞬間、凝縮されていた二つの攻撃の核が一気に解放される。そしてモンスターとジェイもとろも、白い爆発を起こした。


「ル゛ィィィイッ!?!?」


 体の芯から焼き尽くされていくような、モンスターの悲痛の叫び声が木霊する。

 伊吹童子と大嶽丸の合わせ技を食らって極端に弱体化したモンスターにとっては、トドメとなりうるだけの攻撃威力がそれには秘められていた。


 さすがの零級探索師と言えるべき、最強のコンボだった。


「す、凄い……凄すぎる」


 自然と、誰かの口からそんな感嘆の声が零れる。


 他の探索師たちはその圧倒的な攻撃の波状攻撃を見ていることしかできなかった。隙があれば手助けをとそう思っていた探索師もいたのだが、どう考えても一介の探索師風情が助っ人になれるような隙なんてこれぽっちもなかったのだ。


 零級探索師一人ならば、手が届きそうな目標だった。

 しかし、それが三人も集まれば誰だって傍観者にしかなれなかったのだ。


 全ての桁が違った。

 技の威力、圧倒的なまでの応用技術力、そして息することも忘れてしまうほどの鮮やかな波状攻撃。


「こ、これが級探索師。じ、次元が違う」

「桁が……違いすぎる」

「これなら!」


 これほどの攻撃ならば、あの弱ったモンスターを倒せると誰もが思った。


 爆発の嵐が収束し、戦場が静けさを取り戻した――その時だった。


 あの忌々しい声が再び聞こえてくる。


「ル゛ァァァァァァァァァァァアッ!!」


 後ろで手を出せずにいた探索師たちが思わずびくりと体を震わせる。これでもまだ死なないのかと誰もが思ったのだ。

 それでもすぐに彼らの目の色が絶望から希望へと変わっていく。


 爆発後の中心にいるのは、あきらかに憔悴した様子のモンスターであった。


 体の半分はすでに炭化し、黒く変色しているように見えた。もう半分の体もすでにボロボロな状態で、筋肉の回復すら追いついていなかった。あれだけしぶとかったモンスターも、すでに死に体だったのだ。


「勝てるぞ!!」

「トドメを刺せ!」

「最後は俺たちも!」


 その姿を見て、傍観者にしかなれなかったプロの探索師たちが武器を構えて立ち上がっていた。ようやく刺した一筋の希望を離さまいと、震える足を叩き必死に立ち上がったのだ。


 そんな風の変化を悟ったのか、モンスターは最後の声を上げた。


「ル゛ァァァァァァァァァァァアアッ」


 僅かにモンスターの体に光が纏い始めた。


 いや――そうじゃない。

 モンスターが発動した技ではない。


 その逆に自由を奪うように体を拘束する光の縄が、モンスターの体を縛り上げた。

 そして――ふわりと花の香りが辺りを包んでいた。



「ねぇ化け物、あなたの役割って何かしら?」



 モンスターの胸を貫くように、しわしわな人間の小さな手が突き抜けてきた。

 しわしわで、小さなその手は確かにモンスターの急所を貫いていた。どこか弱弱しくて、だけどそれ以上に力強い光のオーラが籠っていた最高の突き技だった。


「ル゛ォォ」


「たぶんあなたは私と同じ、次の世代に残す側よ」


 なぜかモンスターは足掻くこともなく、静かにその言葉を聞いていた。

 そして口元からは絶え間なく多量の血反吐が流れ続けている。


 それでも一向に朽ちる気配のないモンスターに対し、リィメイはさらにもう一言小さく呟いた。


「お互いに大変よね。でも、今日でそれも終わりにしましょう――『混沌の魔女ウルスラ=エンド』」


 リィメイの手の温度がみるみると上昇していき、体内から焼き焦がしていくように光が強まっていく。さらに、奴自体が浄化されていくように体内から黒くてドロリとした物体が零れだしてきた。


 次第に、モンスターの動きが鈍くなっていく。

 瞳に宿っていた生気が、ようやく途絶えようとしていた。


「…………ジ……ジニ゛ダグナイ゛」


 ぽつり、とモンスターの瞳から一筋の涙が零れた。


「諦めさない。あなたのせいで、私の両足の感覚がないのよ」


「……ジ、ジニ゛ダグナイ゛…………」


「諦めなさ――」


 リィメイがそう言いかけた――その時だった。

 突然モンスターの体が液体となって爛れ始める。焼け爛れるというような感じではなく、体自体が液体になって垂れ落ちていくようなそんなな光景だった。


 それを目の当たりにしたリオンが突然、見たこともない怒声をここにいた探索師全員い向かって発した。


「絶対に逃すなッッッ! 一体たりともだ!!」


 あまりの慌て具合と怒声に、傍観していた探索師たちはびくりと体を震わせる。そしてすぐに武器を構えて、一体今から何が起こるのかと身構える。

 そうしてリオンは次に、鋭い視線をテンジへと向けた。


「力を使え、テンジ! 出し惜しみは絶対にするな、俺が必ずお前を守ってやる」


 リオンの指示が戦場に響いた、次の瞬間だった。

 どろりと溶け始めたモンスターがリィメイの光拘束をするりと抜け、地面に落ちていく。地面には数え切れないほどの白い水溜まりになった奴の体の破片が作られていく。そして、その水溜まりがにょろりと動いた。


「ル゛ァァァァァァ」

「ル゛ィィィィィィ」

「ル゛ウゥゥゥゥゥゥゥ」


 その一つ一つが形を成し、小さな白きモンスターと変化していく。


 その数、五百を優に超えていた。


 そして、それらが一斉に四方八方に向かって散り散りに走りだしたのだ。

 慌てて探索師たちはチームを組み、リオンの言った通りにその小さなモンスターへと向かい始めた。すぐに小さな個体は倒すことができたが、今度は数が多すぎる。


 そんなときテンジの傍に二人の影が近づいてきた。

 テンジにとっては誰よりも信頼できる二人だった。


「リオンさんの言う通り、ここからは出し惜しみなしで行こう。大丈夫、俺はずっとテンジの味方だから。世間がどう言おうと、俺はテンジを信じるよ」


「冬喜くん……」


「そうだね、師匠は弟子の味方だって相場が決まってるんだよ! 私、師匠だもん。あとは私たちに任せなさい。だから今は全力であいつを倒そう」


「千郷ちゃん……わかった」


 少し戸惑っていたテンジの背中を押すように、冬喜と千郷が声を掛けてくれた。

 その声のおかげで吹っ切れたテンジは力強い眼差しで頷くと、閻魔の書を手に取った。そしてテンジが授かった天職、本来の力を解放する。



「全地獄門――解放」



 ダンジョン全体に広がっていくように、地面から紫と青の地獄門が出現する。

 そこからぞろぞろとこの現世に足を踏み入れる、数え切れないほどの地獄の獣たち。炎鬼、雪鬼、小鬼、地獄に住まう鬼の姿だった。


「炎鬼、雪鬼」


 テンジは霞んだ瞳で、慣れ親しんだ二体の鬼を呼び寄せる。

 その声を聞いて即座に二体の獄卒鬼が主の前に姿を現し、王に謁見するように膝を地面に着けた。


「肉片一つ残すな、命令だ」


「「承知」」


「人目を気にせず、暴れていいよ」


 王の命令に従うように、テンジが従える全ての地獄獣が解き放たれた。


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