第146話



 おじさんの目を丸くした表情を見て、テンジはくすくすと笑っていた。

 普通の人から見ると、探索師ってそんな風に見えているんだと初めて知れた気がした。そのことが無性に面白く感じたのだ。


「確かに。あんまり探索師が力を発揮するところって、普段は見れないよね」


「あぁ、報道やネットでちょくちょく見たことはあったが、こう……なんて言えばいいんだ? 直接見ると、また違った迫力があるな」


「別に言葉は取り繕わなくてもいいよ。僕も探索師は人間とはかけ離れた存在だってことは十分に理解してるからさ。おじさんだってそう思うでしょ?」


「……あぁ、そうだな。じゃあ、これを下に降ろしてくれ」


「は~い。あとでちゃんとレモネード作ってね」


「わかってるって。相変わらずテンジは俺のレモネードが好きだな」


「美味しいもん」


「ほんと、素直に言ってくれる日本人だぜ」


 そうして、テンジはレモネードのためにせっせと家具を一階へと運び出し、次々とトラックの荷台へと積み込んでいくのであった。

 本来ならば三日ほどの時間を想定していた引っ越し作業も、テンジの手にかかれば一日と掛からずに終わってしまったのであった。小物の詰め作業はおじさんが行い、一回への運搬はすべてテンジがやってあげた。そうして時間短縮に成功したのだ。


 探索師という生き物は、世界をより複雑に変化させた存在だ。


 探索師を「神」や「上位の人間」だと崇拝するような宗教団体が生まれた。

 逆に、探索師を排斥するような運動も世界各地で起こっている。

 探索師という超人たちを労力に使おうとする裏組織も数多存在し、裏オークションでは探索師が奴隷として売られていることもあったりするのだとか。


 今までの世界は『人間』という一つの生物が支配していた。

 色々な差異は存在するが、それらは誤差で片付けられるほどの微量な変化だった。


 しかし、探索師は違う。


『人間』という差異の一言では表せないほどに、人間たちに対し差異を生み出した。

 たった一人の力で、それこそ戦争を起こせるほどの武力を有してしまった。


 だからこそ、普通の人間たちは彼らを違う目で見てしまう。

 どう扱っていいのか、どう話せばいいのか――分からなくなる人も多く存在するのだ。


 ただ、おじさんはそんなみみっちい考えなんてもういらないのかもしれないと思っていた。

 目の前で嬉しそうに自分の作ったレモネードを飲み干すテンジの姿を見て、彼らも俺らと同じ人間なんだと知った。


「美味いか?」


「もう……最高っ! またマジョルカでお店は出すんでしょ?」


「あぁ、子供が生まれて育休が終わったらな。そしたらまたここに戻って来るよ」


「そっか、良かったぁ。で、ここはいつ離れるの?」


「八日後にここを経つ予定だよ。その日に友人が手伝いに来てくれるんだ。それまではこの寂しくなった家でゆっくりと過ごすつもりだ」


「じゃあ、またどこかで会えるね!」


 テンジは無邪気に笑って見せた。

 その少年の笑顔を見て、おじさんも同じように笑っていた。


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