第129話



 その日の夜もだった。

 テンジは暖色の灯り一つで、天職に関する分析結果をノートやスマホにまとめていた。


 ほどよく熱が抜けたホットミルクに一息つき、ほっと胸を撫でおろす。そして窓越しに見えるマジョルカの綺麗でくっきりとした輪郭の満月を仰ぎ見る。


「たまには打ち上げ花火とか見たいなぁ……って、季節外れか。ここはずっと夏だから季節感が狂ってくるんだよなぁ」


 夏らしい夜空に、思わずそんな言葉が心の奥底から漏れてくる。


 ここ最近、というか両親が行方不明になってから、すぐにテンジは荷物持ちとしてのアルバイトに本腰を入れ始めた。いわゆる超苦学生というやつだ。

 最初に荷物持ちとして採用してくれたのは、今に思えば五道だったことを思い出す。

 だからこそ、忙しさという悪魔に飼い殺され、テンジは今まで高校生らしい風物詩を何もしてこなかった。たまにはそう思うのも悪くはないはずだ。

 逆に考えると、心に余裕が生まれてきたとも言えるだろうか。


 テンジは再びホットミルクに手を伸ばすと、味を少し変えようと砂糖入りのシナモンを僅かに振りかけて混ぜる。


 ここ数か月はスマホだけではなく、しっかりとノートにも分析結果を残すようにしていた。いつスマホが壊れてデータが飛んでもいいように、という保険の意味も込めた行いだった。

 そんなテンジの「マル秘地獄帳」というセンスの無いノートには、今日の分析結果がこんな形で記されていた。



・『炎鬼刀』

 一見ただの刀、赤鬼刀とそう変わらないデザイン。ただし、ひとたび刀身をむき出しで刀を振るうと、ボゥと刀身に赤黒い炎が纏う。この状態時では、攻撃力が1.5倍に上昇する。1分で1のMPが消費されるため、少し扱いづらくなった。

・『炎鬼の指輪』

 赤鬼リングよりも少し豪華な見た目に変化。鬼が意識されているのか、和風の文様が加わった。相も変わらず他人には視認できず、自分のみが視認可能。攻撃力が常に250増加。

・『雪鬼ノ喝』

 実体は存在せず、舌に“喝”の文字が刺青のように浮かび上がる。装着を外すとこの文字も同時に消滅する。「喝っ」と声を発すると自在に雪鬼と同じ半透明な防御壁を築く。雪鬼先生曰く、防御力は思いに依存するため、強い負の思いを抱くと効果が上がるらしい。

・『雪鬼の数珠』

 これも同じく他人に視認できない装備アイテム。氷のような数珠が連なっている。防御力が常に250増加する。



「舌に文字が浮き出るのはちょっと嫌だけど……雪鬼ノ喝は有用なスキルだな」


 今日、テンジは入念にこの四つの新規アイテムの検証を行っていた。

 千郷や冬喜、雪鬼先生と炎鬼先生に手伝ってもらい、このような検証結果が出てきたのだ。


 テンジにとっては初となる防御スキル。

 本来ならば盾役と呼ばれる特殊な天職を持つ探索師しか使用できないような能力なのだが、パラメーターが全方位に尖っているテンジにとっては、ようやく来たという気持ちの方が強かった。


 それに実体はなく、声という媒介だけで発動できるというのは心強い。

 だが、もし声帯を潰されるような事態に落ちいった場合や周りの空気が無くなった場合などでは、このスキルは発動できなくなるのだろう。

 そういった場合の対処法も今のうちに考えておこうと決めたテンジであった。


「あっ、そうそう。あとあれも加えておかないと、雪鬼先生にまた溜息吐かれちゃうよ。まぁ、三途の川の源流水をあげたらすぐに機嫌よくなったけど」


 あのときの雪鬼先生の変わりようを思い出し、テンジは思わず口角をあげていた。

 そうして忘れないうちに、マル秘地獄帳に追記項目を書き加える。



 ・『雪鬼ノ喝』

 片手で印を結ぶと壁の展開速度が上がり、壁の効力もより高まる。



 それは雪鬼先生のアドバイスから知り得た情報だった。

 先生というくらいだから、炎鬼も雪鬼もテンジより明らかにこの天職に関して詳しかったりするのだ。


 ここで言う印とは、まるで忍びのような型を手で瞬時に作ることだ。

 右手の人差し指と中指だけをくっつけるように立て絡ませる、他の指は折り曲げる。そのまま印の結んだ右手を胸の少し前に持ってきて、喝と声に出すのだ。

 多少恥ずかしさはあるものの、使っていくうちにすぐに慣れるだろうとテンジは楽観的に考えていた。


「うん、そろそろ次の階層に進む段階が近づいてきたのかもしれない。あと1レベル……いや、2レベル上昇したら行こう」


 雪鬼と炎鬼の検証もある程度済んだことで、テンジは密かに決心した。


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