第127話
――翌日の朝。
クリスマスイヴの次の日には、クリスマスがやってくる。
「わぁ! すっごい! これがマジョルカのクリスマスなんだね!」
テンジは今日から1月4日まで学校が無いことをいいことに、朝からダンジョンに行こうと企んでいた。
そうして自室でむにゃむにゃと寝ていた千郷を叩き起こし、朝からこうして街中を歩いていたのだ。
道中はクリスマスムード一色で染まっており、異国の様々なクリスマス文化が混ざり合う少々異様で賑やかな街並みがずっと続いていた。
第3階層の中央街であるトュレースセントラルパブロでこれなのだ。マジョルカの第1階層にあるメインストリートなんてもっと凄いことになっているのだろう。
ナッツの香ばしい香りが道中に充満し、カレーや海鮮炭焼きの香りも鼻に通り抜けてくる。ビールなどのお酒の匂いやチキンを焼いたような香りまで。
こうなることを知っていたテンジと千郷は朝食をあえて家では食べてこず、それでいて匂いという暴力に負け、お腹をぐぅ~と同時に鳴らした。
「千郷ちゃんは何食べたい?」
「ん~……」
物欲しそうに人差し指を下唇にあて、品定めを始める千郷。ゆっくりとストリートを歩きながらも常に鼻をくんくんと動かし続け、自分の嗜好に合うご飯を探していく。
そうして千郷が足を止めたのは、とある一件のキッチンカーであった。
「ここ!」
千郷は目ではなく、匂いで選んでいた。
そうして決意したように指を差したキッチンカーには――。
「おう、坊主。今日はクリスマス限定、スパイシーチキンとロブスターの月見マフィンだ。買ってくか?」
馴染みのあるを通り越して、ほぼ毎日見ているキッチンカーおじさんのお店がそこにあったのだ。
いつもとは違った場所で出店していたようで、千郷とテンジはお互いに見つめ合っておかしそうに笑った。
結局いつもと同じお店だね、と。
「おじさん、おはよ! じゃあ四個買ってもいい?」
「おう、毎度! 今作ってやるから、これでも飲んで待ってろ」
おじさんは小さな試飲用のプラスチックコップに、とくとくと何かの飲み物を注いでいき、キッチンカーのカウンターに二つ置いた。
千郷は迷わずそれを手に取り、ごくりと喉に通していく。
「うまぁ~。おじさん、これはなんていうやつ?」
「それか? イギリスのクリスマスで飲むっていう、クリスマスティーだな。スパイスにドライフルーツ、隠し味にミルクを入れた、子供にも飲みやすく作ったやつだ」
「「へぇ~」」
「マジョルカにはイギリスから来てる一般人が意外に多いからな。こういった故郷の味ってのは、結構売れるんだよ」
おじさんはどこか嬉しそうに笑った。
いつもは不愛想なおじさんだが、今日はそれほど売り上げが良かったのだろうか、どこか柔らかい雰囲気を醸し出していた。
そんなおじさんに対し、千郷はひるまず挑んでいく。
「おじさん何かあった?」
「何かってなんだよ」
「いやぁ~、なんか今日は機嫌良さそうだなぁ~って」
「あぁ、やっぱりわかるか?」
「「うん、すっごくわかりやすい」」
思わず千郷とテンジは声をハモらせて答えた。
ここまでわかりやすく機嫌がいいおじさんも、稀有な存在だろう。
するとおじさんはにやにやと見たこともない笑みを浮かべながら、ジュゥーっと鳴る鳥の肉汁へと視線を落とす。その頬は少しだけ朱色に染まっていた。
「いやぁ……そのな……」
「「うんうん」」
「……子供ができたんだよ。生まれるのは来年の夏だとよ、まぁここはずっと夏なんだがな」
まさかの事実に、千郷はぽかんと口を開いて驚く。
そしてテンジは心の底から嬉しそうに笑い、声を高らかにする。
「本当に!? おめでと! おじさん!」
「おう……。一応、坊主には言っておくか。妻の精神面も考えて、年が明けてから一度故郷に帰ろうと思ってんだ。だから、ここの営業は今年いっぱいで臨時休業だ」
「えっ?」
「すまんな、いつも楽しみにしてくれてたのに」
「そっか、そうだよね。大丈夫だよ、これからもおじさんのレモネードは忘れないから!」
テンジが軽くジョークを交えたところで、ちょうどマフィンが四つ完成しおじさんが包み紙にどんどんと包み始めた。
未だに千郷はぽかんと口を開いたまま、動く気配がない。
「おじさんの故郷ってどこ?」
「フランスのマルセイユって都市だよ。ここからそう遠くない場所だ」
「そっか、じゃあ今年も毎日買いに来るね!」
「おう、ありがとな。はいよ、マフィン四つだ。ちょいとロブスター多めにしといてやったぞ。たくさん食って、今日もがんばれ」
「さっすが! じゃあまた明日ね!」
「おう、坊主たちも気を付けろよ!」
テンジはおじさんに手を振りながら、いまだに再起動してくれない千郷の手を引きながら、再びストリートを歩き始めた。
そうして噴水前にやってくると、転移ゲートに行き先を伝える。
「――『第62階層へ』」
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