第121話



 ――第62階層、無人の絶壁鉱山エリア。



 そこにはテンジの姿と、召喚された炎鬼先生、雪鬼先生の姿があった。

 無人と呼ばれるほどに探索環境が酷く劣悪な影響もあって、周りを見渡しても誰かがいるわけがなく、ただぴゅーっと強めの谷間風が吹き荒れている。

 ここはそんな場所であった。


 そこでテンジは炎鬼へと近づいていき、ペタペタと体中を触り始めた。そうしてひと段落がつくと、自分よりも少し背の高い炎鬼の顔を見あげながら言った。


「炎鬼の天星ってどんな効果なの?」


「あの~……そうですね。こんなのです」


 テンジの純粋な疑問に、炎鬼は崖の向こう側へと体の向きを変えた。

 視線を遠くの地平線に固定し、腰に携えていた刀の柄に手を掛ける。


「その刀に名前ってあるの?」


「あの~……はい。獄卒として働き始める際全員に与えられる刀なので、拷問刀なんて呼ばれています。はい、量産型の刀なのでそんなに凄くないです」


「へぇ~、凄いね。あぁ、ごめんね。途中で遮って」


「いえいえ……では」


 物腰が柔らかかった炎鬼の表情が一気に引き締まる。

 鞘を持つ左手の親指で唾をほんの少し持ち上げ、鞘からきらりと薄光する鉄の反射光が見えた。その構えは、テンジの構えよりもずっと様になっている鍛錬されたものに見える。

 そうして炎鬼はすぅーっと静かに息を吸い込み、キリッとした鋭い視線を遠くに向ける。


「――『獄炎華ごくえんか』ッ」


 ギィィィィ、と異音を鳴らしながら刀が勢いよく抜かれた。

 鞘と刀身が激しくぶつかっているのか、バチバチと赤い火花が刀身と鞘の隙間から落ちていく。

 勢いよく、そして洗練された動作で刀が完全に抜かれると、ゴゥと赤黒い炎の球が形を成し、刀を抜いた方向へと飛んでいった。


「おぉ、遠距離系か。やっぱ凄いじゃん」


「いえいえ、この程度です」


 炎鬼は謙遜しながら、スマートに鞘へと刀を納めた。

 テンジが最も驚くのは、この後のことだった。


 ドカン、と炎球が突然空中で爆発し、赤と黒の綺麗な華を咲かせたのだ。


「うわっ、びっくりしたぁ。……なるほど、爆発するのか」


「はい……獄卒の『獄炎華』は、最後に亡者の華を咲かせます。そんな由来だったはずです」


「ふむふむ、亡者への手向け的な?」


「いえ……少し違います。亡者は体の内から華を咲かされます。要するに、肉片になることから由来されている技名です。綺麗ですよね」


「あっ……そういうこと」


 やっぱり獄卒である炎鬼は根っからの地獄生まれなんだな、と思うテンジであった。

 次は大人しく、そして憎むように日照りを睨み、近くの岩陰にこっそりと逃げていた雪鬼に視線を向ける。耳を澄ませば「太陽は滅べばいいのに……」という愚痴が聞こえてきた。


(……本当に暑いのが苦手なんだな。いや、ここは暑いってより僕的にはちょうどいいって環境温度なんだけどさ)


 どこか哀愁漂う雪鬼だが、その美しいと思える容姿が全てを帳消しにしてくれる。

 テンジはスタスタと雪鬼の元に近寄り、目線を合わせるように姿勢を屈めた。


「雪鬼も天星スキル見せてくれない?」


「暑い、帰りたい……少しなら」


 雪鬼は嫌そうな顔をしながらも、しっかりとテンジの瞳を見つめ返してそう答えてきた。


 そうしてトボトボと嫌そうに岩陰から出てきた雪鬼は、しわになりかけていた服装を正すと、炎鬼と向かい合うように立ち上がった。

 炎鬼と雪鬼が向かい合って立つと、どこか絵になる光景であった。


「帰りたい……では、雪鬼の天星を聞いてください」


(聞く?)


 雪鬼は両手首に巻かれてあった数珠をジャランと鳴らし、両掌を和尚のように勢いよく合わせた。そして楽器で奏でられたような美しい声を、この峡谷に響き渡らせる。


「――亡者に道なき地獄を与えん、『獄雪経ごくせつきょう』」



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