第119話
日照りの強い庭先から家の中へと戻ったテンジは、少しばかりエアコンの冷気に当たって体を冷やしていく。
そうして汗が冷え切ったところで、千郷が起きてくる前に朝食の準備を手際よく始めていくのであった。
(この三日間はちゃんとご飯作ってあげられなかったから、千郷ちゃんが死にそうな顔してたんだよなぁ。今日は久しぶりに千郷ちゃんの大好きなコーンスープでも作ってあげようかな)
もちろん市販のコーンスープなどではなく、テンジは一から作ってあげることにした。
手際よくバターを溶かしていき、小麦を投入、ホワイトソースを作っていく。
そんな手作業をしていると、不意にこの数日の辛かった経験を思い出す。
「この地獄クエストはいつまで続くんだろうか。楽しみ0.5、もうやりたくない9.5なんだよなぁ。超辛いんだもん」
テンジの切実な嘆きは、バターのジュゥーと溶ける音に掻き消されていく。
そうして地獄すぎて何度も途中で諦めたくなった、炎鬼と雪鬼の地獄クエストを思い出す。
† † †
テンジはテストが終わった日はすぐに休息日として、体の疲れを取ることに専念した。
そして試験の翌日から、すぐに地獄クエスト二つの攻略を開始した。
最初に行ったのは、炎鬼のクエストだった。
――――――――――――――――
【実行可能な地獄クエスト】
クエスト名:
『赤鬼種との出会い~獄卒編~』
《達成条件その1》
・バーピージャンプ10,000回
《達成条件その2》
・ラピッドストライク12時間
《領域達成条件その3》
・炎鬼との戯れ24時間
《必要条件その4》
・
《クリア報酬》
・四等級「赤鬼」の解放
・四等級武器「炎鬼刀」
・四等級装備品「炎鬼の指輪」
――――――――――――――――
基本的な流れは小鬼との契約と同じだった。
最初は地獄のような超負荷のトレーニングが二連続で発生した。
達成条件その1の「バーピージャンプ10,000回」はそのままの意味で、全身運動のバーピージャンプを延々と繰り返すだけの運動クエストだった。単純に辛かった。
次に行ったのが、達成条件のその2「ラピッドストライク12時間」だ。
シャドーボクシングで学んだテンジは、予想通り過ぎたクエスト内容に思わず笑ってしまったほどだ。地獄ウサギという全身を白い毛で覆い、おどろおどろしい真っ赤な瞳をした奇妙なウサギが、100km/h以上の速度で捨て身のタックルを延々と交わすだけというクエストだった。
テンジはこの二つを死に物狂いで突破し、次のクエストへと移った。
達成条件その3、「炎鬼との戯れ」。
また死に物繰いで逃げ切るのかとそう思っていたら、ここで大きく予想を覆された。
テンジの元に現れたのは、物腰の極端に低い炎鬼だった。
炎鬼は出会って早々、こんなことを言ってきた。
――あなた様が王因子を持つお方ですか。それではこちらに来てください。
訳もわからずについて行ったテンジは、三時間ほど森の中を歩いていく。
そうして辿り着いたのは、テンジがまだ来たことのない地獄領域の先にぽつんと建てられた小さな和風の平屋だった。ボロくもなく、新しくもない。本当にどこにでもありそうな普通の日本特有な平屋だ。そこは竹林の中にあり、竹の心地よい香りに満たされていた。
平屋の縁側には一台の将棋盤がぽつりと置かれており、その脇には二組の座布団と将棋駒台がひっそりと置かれていた。
なんだかおじさん臭い家だなぁ、と感想を抱いていたテンジ。そのまま流されるままついて行き、気が付けばテンジは炎鬼と向かい合う形で座布団に座っていた。
――私が望むのは将棋の対局です。24時間、私のお相手をお願いします。勝敗はどうでもいいので。
なんとここに来て、ただの将棋をすると言い出したのだ。
小さな頃はお爺ちゃんが死ぬまでよく週末は将棋の相手をしたことを思い出したテンジは、懐かしい記憶将棋の匂いに優しく微笑み、将棋を差し始めるのであった。
そうして楽しい時間は過ぎ去っていくと、このクエストの何が地獄なのかをようやく知った。
――正座崩してもいい?
――将棋で正座を崩すなど言語道断です。崩したら、また一から付き合ってもらいます。
まさかの “正座地獄” だったのだ。
時間が経つにつれて足の感覚を失っていき、気が付いた時には自分の足がどこかに消えたのだと錯覚してしまうほどだった。
その後も絶妙な苦痛に悶えながら、次の手を考え、炎鬼の将棋の強さに圧倒され、何とかこのクエストをやり切ったのであった。終わった後には、足が壊死しかけていた。
最後には「脾臓」のクエストが待っていた。
前回と同じように体の内部に異常な熱さを感じ、脾臓に炎鬼の刻印が刻まれた。契約内容はもちろん『王と成る』ことである。
こうして――。
テンジはなんとか炎鬼の地獄クエストを制覇したのであった。
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