第117話


 庭先にあるブランコは、千郷の我儘でテンジがDIYしてあげた自作の遊具だ。

 別にDIYが得意というわけではなかったのだが、マジョルカに来た当初、これからお世話になるのだからと張り切って調べて作成した愛着ある遊具である。

 そんなブランコからギコギコと鳴ってはならない音が聞こえてきたことに、テンジは少なくない悲しさを感じながら閻魔の書を捲っていく。


 地獄領域のページはこのように変化している。



 ――――――――――――――――

【地獄領域】

 赤鬼種: 195/195

 青鬼種: 194/195

 ――――――――――――――――



(まぁ、ここだけは楽しみ過ぎて昨日の夜中に全枠召喚しちゃったんだよね。それにしても……改めて凄い数だな)


 テンジは新しい地獄獣と契約できたことが嬉しすぎて、眠り眼を擦りながら、昨日の夜中の内に自室で召喚できるだけ地獄獣を召喚していたのだ。

 その後は眠たすぎて、閻魔の書を抱きかかえながら眠ってしまったのだが。


(ここは以前の推測通りに変化してるね)


 以前の推測通り、一つレベルが上昇するごとに地獄領域の分母は『2.5倍、端数切捨て』で増えている。そのため『78』から『195』へと変化している。

 小鬼を一体召喚するのに必要なのは5ポイントと地獄領域の枠一つであったのだが、炎鬼と雪鬼はここも違った。


 炎鬼と雪鬼の場合、一体につき消費するポイントは10ポイントであり、枠を二つ消費することがわかった。つまり一体召喚につき分子の数が『2』埋まることになる。


 そこでテンジは以下のように調整して、小鬼、炎鬼、雪鬼を新たに召喚し直してみた。


 ・小鬼 41体

 ・炎鬼 77体

 ・雪鬼 97体


 小鬼に関しては、小鬼くんと小鬼ちゃんの個体が取り仕切る第一小鬼隊と第二小鬼隊だけをそのまま残し、他の小鬼たちは閻魔の書から存在を消去した。

 そして新たに炎鬼と雪鬼を閻魔の書のリストに加えたのだ。


(でも……一気にポイントの消費量が増えたよね。ずっと使わずに溜めててよかったよ。何度……地獄婆の売店で鬼灯を買いたいと思ったことか。これからもホイホイと使わないようにしよっと)


 そう、昨日だけで炎鬼と雪鬼合わせて174体の地獄獣を召喚した。

 その結果、たったの一日で1740ものポイントが消えたのだ。単純に計算すると、四等級モンスター200体近くのポイントを失った。まだまだ貯蓄ポイントはあるものの、未来の光景を考えると痛い出費である。


「にしてもさァ……うん、あらためておかしいよ。わかってたけどさ……わかりたくはなかったかな」


 テンジは未来の自分に対し、心のどこかで怖さを感じていた。


 まだテンジのレベルは100の内の5でしかない。

 それでもすでに使役している地獄獣の数は、総勢で215体にまで膨れ上がった。それもただの215体ではなく、そこらの探索師などと比べても強さが浮き彫りになるほどの地獄獣が215体もいるのだ。この事実に恐怖を感じない人間は、どこかおかしいと思う。


 一体、レベルが100になった日には自分はどうなってしまうのだろうか。

 普通の人間のままでいられるのだろうか。

 妹は自分を、今まで通り兄として扱ってくれるのだろうか。

 みんな……今まで通りに接してくれるのだろうか。


 ただでさえ、探索師を人間として扱わない組織や差別主義者が多いこの世の中で、テンジは一体どんな扱いをされるようになるのだろうか。


 そんなネガティブな疑問をここ最近抱くようになっていた。

 末恐ろしいという言葉を、初めて実感し始めたテンジであった。


(……今は深く考えないでおこう。次のレベルアップから急にステータス値の上昇が1とかになるかもしれないんだからさ。そうだよ、今は忘れよう)


 テンジは考えを振り切るように自分の頬に張り手を打ち、再び閻魔の書へと視線を落としていく。

 次に確認したのが、閻魔の書の最初の方のページに書いてあるスキルの説明欄だ。



――――――――――――――――

【閻魔の書】

 これは地獄を治める十王、閻魔の書物を召喚するスキル。地獄獣を使役し、己の力とするための媒介。一度召喚すると、主が死ぬまで消えることはない。


【獄命召喚】

 地獄の王因子を持つ者のみが使用できるスキル。一切の媒介を必要とせず、王命のままに地獄獣を召喚する。召喚の高速化が可能になる。

――――――――――――――――



 ようやく発現した、第二のスキル『獄命召喚』。

 一言で効果を表すと、召喚の高速化、である。


(昨日、地獄獣の数を調整してた時に実感したけど……召喚の高速化か。確かに今までよりも手順は少なくなったけどさぁ)


 今までは「召喚したい」という意思を心の中で唱えるか、言葉として発することで閻魔の書が反応し、自動的に本が捲られる。そして『召喚可能な地獄獣』のページが銀色に光り輝き、その文字を指で触れると、ようやく召喚という複雑な工程があったのだ。

 その無駄を省くことができるようになったのが、この第二のスキル効果である。


 別に言葉を発さなくてもこの第二のスキルは発動できる。

「召喚」を意識をするだけで、地獄ゲートがすぐに開くのだ。


 たったのそれだけでいいのだ。

 こうして召喚の高速化が可能になったテンジであった。


 しかし――。

 テンジはそれよりも、気になる単語をその目で捉えていた。


 ――地獄の王因子。

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