第61話



 ボス部屋の出口扉が開いたその先――。

 そこで待ち構えていたのは彼らのよく知る人物、福山与人だった。


 特に焦った様子もなく、まるでここでテンジたちをずっと待っていたような振る舞い。

 テンジ、水江、立華の三人は福山の顔を見て、一度切り捨てたはずの拭えない疑問が蘇ってきた。それは、これが入団試験の一環だという可能性だ。


「福山さん?」


 立華が喉の奥から絞り出すように言葉を発した。

 そんな三人に、福山はただただ爽やかに笑って答える。


「とりあえずお疲れ様。ほら、こっちにおいでよ。みんな待ってるよ?」


「みんな? これはどういうことなのか説明してくれますか?」


「まぁまぁ、そんなに怖い顔しないでよ。説明もちゃんとするから、とりあえずこっちにおいで? この角を曲がった場所でみんなが待ってるから」


 さぁさぁと急かす福山に力を抜かれた三人は武器を納め、福山の元へと進み始めた。

 テンジは閻魔の書に武器を仕舞う。しかし福山はその光景に驚くことはなく、まるでどこかで見たことあるような不動の表情をしていた。


(あぁ、やっぱりね。そういうことか……そういうことだったんだ。……これはすべて試験だったのかぁ。一本取られたというべきか、さすがはチャリオットの試験と言うべきか。もう何といえばいいのかわからないや)


 今更ながら、サブダンジョン入場前に契約書を結ばされた意味を真に理解するテンジであった。

 エンドゲートを潜った先に待っていた、参加者たちだけで始まったサブダンジョン攻略試験。おそらくこれは意図的に仕組まれた高度な罠だった、ということになる。


(それにしても……僕がいなかったら普通に僕たち死んでたと思うけど)


 途中でニードルマウス百体を超えるモンスターハウスに入ったことで、三人は一度死を覚悟していた。

 元々どうにかできるとは思ってはいなかったのか、それさえも潜り抜ける試験を与えられていたのか、そこまでは判別できなかった。


 まぁすぐに答えてくれるだろう、とテンジはあまり考えないことにした。


 十メートルも進めば三人は福山の元に辿り着き、そこから右側に顔を向けると、ダンジョンの中にぽっかりと開けた場所が広がっていた。

 青と金のボロボロな装飾、四角い地面の魔法陣、古びた玉座……どれも見覚えのあるものばかりだ。

 どうやらここは、ボスエリアの跡地のような場所らしい。


 すぐに福山が歩き出したので、三人も慌ててその後をついていく。


 その広場に入ってすぐに、三人はきょろきょろと周囲を見渡した。


「これは……」


 そこにはすでに七人の参加者と思わしき人物がぽつりぽつりと地べたに座り込んでおり、福山を除いて三人のチャリオット正規メンバーが堂々とした振る舞いで立っていた。

 参加者たちは一人を除いて、全員がボロボロな状態だった。

 衣服は当たり前のようにずたずたに斬り裂かれており、頬や膝には擦り傷や土埃が付着している。返り血か自分の出血かもわからないほどに血の痕もあるように見える。


 それだけで、他の参加者たちも死地を乗り越えてきたのだとわかってしまう。


「ここは?」


 水江がすぐに福山へと問いかけた。

 すると福山は、徐にこちらへと振り返りにこっと笑った。そのまま両手を大きく広げ、声高くして言った。


「おめでとう! 第26グループの計三名、天城典二、立華加恋、水江勝成の三人は見事にこの最終試験を突破した。……本当によく頑張ったね」


 福山はそう言い切ると、ゆっくりと三人の前に近づき一人ずつ熱烈なハグをしていく。

 突然の言葉と福山の行動に唖然と驚くほかなかった三人は、しばらくの間思考を停止することになった。


「最終試験? これは最終試験の一歩手前の試験だったはずだ」


 再び脳を起動させた水江は、すぐに福山の言った矛盾に気が付いた。

 この試験に入る前に、チャリオットの団長である九条は『これはいわば、最後の試験の前哨戦だ』と言っていたのだ。

 しかし、水江は今『最終試験を突破した』と言った。


 鋭い質問に、福山は面白そうににやりと笑った。


「霧英団長は一度も最終試験を今日やらないとは言っていないよ? まぁ、霧英団長の性格がねじ曲がっていることは否定しないけどね」


 完全に裏を書かれたような物言いに、三人はぽかんと口を開けたまま立ち尽くしていた。

 そんな三人が面白かったのか、他のチャリオットメンバーや参加者たちがクスクスと笑い声をあげた。


「えっ? どういうこと?」


 福山の説明を理解しつつも頭では理解したくなかったのか、立華は福山に迫るように質問を投げかけた。

 どうどう、とあやしながら福山は噛み砕いて答える。


「まぁ、要するに……俺が同行していたところまでが一次試験で、そこから君たちだけでサブダンジョンを攻略したのが最終試験ってわけさ。それで、その最終試験を潜り抜けた参加者は全員がここに辿り着くように設計されている」


「こ、これだけの人数があの地獄を潜り抜けてきたと?」


 水江はここにいる全員が最終試験を突破したとは思っていなかったのか、驚いたように他の七人の顔を観察し始めた。


「そうだよ? あぁ、でもね。チームによって難易度は少し違ったんだ。ちなみに君たちの辿ってきた道は全ルートの中でも二番目に難易度が高いルートだね。あはははっ、運が悪かったんだよ。探索師にとって、運ってとても重要なんだよね」


 聞かされた事実に水江は納得できたのか、「そうか」と小さく安堵したのであった。

 そこでテンジは片手をあげて、福山を見た返した。


「質問いいですか?」


「もちろんいいよ、何でも聞いて」


「最終試験を突破した全員が合格ってわけじゃないですよね? 十人は例年と比べても多すぎます」


「その通りだね。突破するのはあくまで通過点。ここから霧英団長や俺とか、他のメンバーが映像を通して本格的な審査を行う。たぶん今、審査の真っ最中だろうね。俺はすでに報告書を提出したから、今は暇なんだよね」


 その事実は聞かされていなかったのか、他の参加者たちも驚いたように目を見開いた。

 テンジはありがとうございますと答え、見知った顔の方へと視線を向けた。


 ここにゴールした七人の中には、テンジの友達である朝霧愛佳と稲垣累の姿もあったのだ。


 その二人はテンジと視線が合うと、にっこりと笑う。

 朝霧は空気を呼んでなのか口パクで「お疲れ様です」と言った。

 稲垣は特に何も言うことなく、右腕を前に突き出してテンジを労った。


 一緒に参加した二人が無事に通過したことに安堵しつつも、テンジは優しく笑って返した。


「他に質問はあるかな? 霧江団長が来るまでなら、いくらでも答えるよ? 俺も暇なんだよね、いいものも見れたし……」


 福山は三人の瞳を覗き、最後にテンジへと熱い視線を固定した。

 その瞳はあきらかにテンジをロックオンしたような輝きを放っている。


「じゃあ、もう一個いいですか?」


「うんうん、なんでもいいよ」


「僕たちが通ったあのエンドゲートは偽物ってことですか? 一度に三人もランダム転移に巻き込まれるなんて聞いたことがありません」


「鋭いね、そのとおりだよ。あれはうちで用意した特別製の偽物ゲートさ。まぁ、かなり法律ぎりぎりの代物だから、作成方法とかは言えないんだけどね」


 きらりん、と福山がウィンクをした。

 そこで水江が挙手をして、口を開いた。


「俺からも一つ。他のルートの試験内容を聞いてもいいですか?」


「他のルートかい? そうだね……まずはあそこに四人いる第1グループは下から数えても三番目といういいクジを引いたチームだね。最終ボスはどこも同じでグフゥなんだけど、道中は潜りマウスが主体だったかな? 稀にニードルマウスが出ていたくらいか」


 福山がその第1グループ、朝霧愛佳を含む四人へと視線を向けると、愛佳が「はい」と肯定したのであった。

 どうやらルートによってかなり難易度にばらつきがあるようで、第1グループはテンジたちとはまるで別物のルートを辿って、四人全員がここまでたどり着いたらしい。


 福山が説明を続ける。


「そして、あそこにいる二人のチームは第2グループだね。難易度的にはちょうど中間くらいかな? 基本出現モンスターはニードルマウス、多くても五体の群れという設定だね」


 福山が視線を向けたのは、累のいるチームであった。

 そのグループは二人減っていて、残り二人という構成であるようだ。それでもゴールしたということは累が頑張ったんだろう、とテンジは予測する。


「あいつは……一人でここまで来たんですか? それとも道中でチャリオットが怪我人を回収したんですか?」


 最後に残った一人ぼっちで端に座っている奇妙な青年を見て、水江は鋭い視線を向ける。

 たった一人、傷一つない姿で座っていた青年だ。


 ただ、少しおかしい。

 その服装は自分の血ではなく、返り血だけで真っ赤に染まりきっていたのだ。

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