第49話
チャリオット特性の体力微回復効果のある飲料水を飲み、体力が回復してきた三人はゆっくりと立ち上がった。
もうそこにテンジという異物は不要だという雰囲気が流れており、テンジにとってもそれは都合のいいことであった。
(ただ……どこかで小鬼を召喚できる場面があるといいな。人目につかずにという限定条件がつくんだけどね)
そんな彼らを見て、テンジはどこかで小鬼召喚の機会を伺うのであった。
「よし、もうひと頑張りだ」
「うん」
「はい!」
水江の掛け声で、二人は気合を入れ直した。
探索師にはあまり年齢による上下関係という構図はなく、強者に従うという風潮があった。それを知っているからなのか、立華と草津は年下であるはずの水江にリーダーとしての信頼を完全に寄せているようだ。
第26グループの面々は、サブダンジョンの1ルートを攻略するべく、再び歩み始めた。
† † †
三人が三十メートルほど前方で潜りマウス六体と戦闘を行っていた。
その様子をテンジと福山はじっくりと後方から観察する。
そこでテンジがあまり大きな声にならないように、隣で審査をしている福山へと質問を投げかけてみた。
「福山さん、一つ質問してもいいでしょうか?」
「ん? なんだい? 答えられることならいいよ」
福山は一度もこちらに目線を向けることなく、その視線は常に前の三人を捉えながら、テンジの問いに返答する。
ただ、意識はこちらにも分散されていることをテンジは知っていた。
探索師にとってマルチタスクは当たり前の技能であり、チャリオットレベルの探索師ともなると周辺視野や空間認識能力が化け物レベルで広く、今までの経験でテンジはそれを知っていたのだ。
「この試験って福山さん以外の人はどうやって審査しているんですか? そもそもたった一人の主観で合否を言い渡すのは、正々堂々を武器とするチャリオットらしくないと思うんです」
「へぇ、やっぱり気が付いてた?」
「方法はわかりませんが、なんとなくそうじゃないかなぁと」
「まぁ、テンジ君ならいいかな。君たちがこのサブダンジョンに入る前、五道さんにスタンプを押されなかったかい?」
その言葉にテンジは、自分の右手の甲に押された赤い陣のようなものを見た。
「これ……ですよね?」
「そうそう、それさ。それにはかなり色々な効果が刻まれてるんだよね、心拍数、運動距離、筋肉量、疲労度、周辺の映像記録などなどだね。それらを別の部屋で審査している人もいるんだ。あぁ、もちろん俺も審査員の一人であることに変わりはないよ」
「なるほど……そんなアイテムがあるんですね」
「ちなみにこれはチャリオットのお抱え探索師の一人が作ったオリジナルの魔法陣なんだ。だから一応他者への口外は禁止になってるからね? まぁ、最初に結んだ契約書内に含まれる話ってわけだ」
「そんな人まで在籍しているんですね、さすがはトップギルドです」
「あぁ、そうじゃなくてね。在籍はしていないんだけど、たまーにふらっと日本に来てはこんな感じの凄い魔法陣を売りつけてくるかなりの変人だよ。『新オリジナル魔法陣を作ってやったぞ。金がないから買え』って九条団長に会いに来たときは、さすがに俺も肝を冷やしたけどね」
「えっ……あの九条さんにそんな物言いをできる人が、この世にもいたんですね。僕、一度だけ九条さんと直接お会いしたことがあるんですけど、あの威圧感と鋭い眼光に押しつぶされそうになっちゃいました」
「あはははっ、あの人は誰彼構わず威圧感丸出しで生きてるような人だからね。でも、あれだけ強くて綺麗な人もそうそういないよね。実は俺、チャリオットに入団した理由って九条さんに一目惚れしたからなんだ。幻滅した?」
「いえ、僕は全然そう思いませんよ。これは五道さんからの受け売りなんですが、探索師たる者、なんでもいいから欲を言語化しろ、って言われました。それから僕もそう思うようになりました」
「あ~、俺も当時はよくそんなこと言われたなぁ。あっ、そろそろ終わりそうだね。みんなと合流しようか」
少し懐かしい記憶を思い出したのか、福山は瞳を少年のように輝かせていた。
そして戦闘が終わった三人の元へと歩み寄っていく。その三人は戦闘後に負った傷を布などで応急処置しながら、感想戦を始めた。
「今のはだいぶいい線いってましたね! 草津さんが二体連続でタックル仕掛けたときは驚きましたけど、さすがはラグビーの世代別日本代表選手ですね」
「あ、ありがとう」
「立華も良かったぞ。戦うごとに槍で急所を的確に貫けるようになっている、俺ももっとこの剣の性能を引き出さなければだめだな。もっとできるはずだ」
「もっともっと精進ですね!」
彼らの雰囲気は終始温かいものがあった。
それは悪いところを指摘するだけではなく、良いところもしっかりと言語化して相手に伝える努力を絶えずしていたからだろう。それにネガティブな発言を控え、どうやったら連携がよくなるのか三人全員が常に考えているからでもあろう。
そもそも彼らは日本の中でも優秀な3000人の中から100人に選ばれた逸材たちなのだ、どこか特筆すべき技能があることは戦う前から明白であった。
そこに、福山が話の輪に加わっていく。
「うんうん、本当に君たちはいいね! 特に今回は草津くん! 二体連続でタックル仕掛けたのは、すごく良かったよ! 盾役はただ仲間を守るだけじゃなくて、攻撃役が戦いやすいような盤面を作るのも重要な役割なんだ。今の戦いではそれを実行できていた。直感かな?」
「は、はい! 水江くんと立華さんの立ち位置がいつも以上に鮮明に見えて……あそこであの二体を倒せば、もっと戦いやすくなると思ったんです」
「いいね、ちゃんと言語化できている。その感覚を忘れないで、絶対に今後の探索師として重要になる感覚だから」
「はい!」
どうやら今回のMVPは草津郷太だったらしい。
毎度戦いのあとに彼らが感想戦をやり始めて、途中から福山も参加するようになっていた。三人はいわゆる一般的な意見や自分の実体験を通してのブラッシュアップを試みていたが、福山からプロ探索師としてのアドバイスが毎度送られてくる。
そのアドバイスが、彼らの動きをさらに洗練させていたのだ。
正直、テンジは完全に置いてけぼりである。
「怪我はまだ大丈夫そうだね。一応だけど、この試験で死人を出すわけにはいかないから、治癒が必要と判断した場合はすぐに試験を中断するからね。それを心に留めて頑張ってね」
「「「はい!」」」
福山が言った中断の意味、それは治癒を必要と判断された場合、その時点で試験が終了してしまうということだ。
今回の試験のゴールは恐らく、この五等級サブダンジョンの攻略だ。
要するに、必要以上の怪我を負ってしまった時点で、この試験は不合格ということになる。
「じゃあ次に行こうか。もう少しで第二ボスエリアに辿り着くよ」
さらりと聞かされた第二ボスエリアが近いという事実は、再び三人に緊張を走らせた。
どこか福山は、意図的に彼らの気持ちを操作しているような気さえテンジには見えていた。
(やっぱりどこか変なんだよな……この試験)
その不安は明確に言葉で表せるようなものではなかった。
ただ、福山を隣でずっと見てきたテンジには、この試験がどこか不気味な空気を纏わせているように思えてならなかった。
「さぁ、行こうか!」
福山が三人の背中を力強く押し出し、彼らの気持ちを一層高ぶらせていく。
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