第39話



 すでに日は落ち、夜の暗闇で街灯がぽつりぽつりと灯っていた。

 テンジはギルド事務所の玄関でスリッパから外靴へと履き替え、送りに来てくれた海童と白縫へと振り返ると軽く頭を下げる。


「――長い時間居座ってご迷惑おかけしました」


「いいよいいよ、またおいでね」

「うんうん、またゲームをしよう!」


 ゲーム疲れしたような海童と、満面の笑みで手を振ってくれる白縫が返事をする。


 あれからなんだかんだあって、テンジは夜の八時頃までギルド事務所内に滞在することになっていた。

 最初は海童と話をするだけのつもりだったのだが、そのままご飯を食べていきなよと言われ宅配寿司を頂くこととなった。その後は、なぜか白縫と海童と三人で大乱闘するゲームを延々と繰り返していた。

 そうして気が付けば、こんな遅い時間になってしまったのだ。

 ちなみにゲームは全戦白縫の勝利で終わった。伊達に毎日毎日ゲームばかりしていない女性なのだ。


「はい、お邪魔しました」


 彼らに御礼を言ってからテンジは事務所へと背を向けて、駅に向かって歩き始めた。


 真夏はもうすぐやってくる。

 東京の夜は肌に纏わりつくような湿気に包まれており、制服をぱたぱたと扇ぎながらテンジは家へと帰り始めた。五分も歩けば最寄りの祐天寺に到着するはずだ。

 駅までの道中で、テンジは海童から得られた情報をスマホのメモ帳に記録していくことにした。


(まずは『白い瞳』の存在かな。『特級』という聞いたこともない等級と何か関係はありそうだよね。やっぱり零級探索師の懐刀と言われる海童さんは、他の人では知らないような知識をいくつも持っているようだな。今日は本当に来て良かった)


 海童の豊富な知識量について考えながら駅の構内で電車を待っていたテンジは、もうすぐ到着するというアナウンスを聞き、スマホから視線を外して遠くの線路を見つめる。

 数秒も経つと、祐天寺の駅に電車が到着した。テンジはその電車へと乗り込み、家のある笹塚へと向かう。

 電車の中で空いている席を見つけ、座りながらスマホのメモ帳に再び記録をしていくことにした。


(生き物を召喚する天職はまだ未発見の可能性が高いと、少なくとも海童さんは聞いたことがない部類らしい。それに赤鬼刀もMP原子測定珠では判定不可になることもわかった。しかも、赤鬼刀は等級をガン無視して四等級武器をあっさりと破壊してしまうほどには、高い威力を持っていることが明確に判明した)


 客観的に見ると、ここまで不気味な天職も中々ないだろうと笑うテンジであった。


 五等級と表示された武器が、四等級相当の武器をいともあさりとへし折る。

 こんなことは普通ではありえない。だけど、テンジの赤鬼刀はそれを実行してしまったのだ。

 海童たちは赤鬼刀が五等級の武器であることを知らないけど、傍から見れば不気味すぎる光景だろう。天職に目覚めたばかりの青年が持つはずのない力なのだから。


 天職に目覚めたからといって、誰もがすぐに強くなるわけではない。

 ダンジョンを何度も経験して、数か月間、何年と研鑽を積むことでベテランと呼ばれる強さを持つ探索師になれるのだ。


 テンジは忘れないように、海童たちと話した内容をぱっぱとまとめていく。



・天職はモンスターを倒すことで使用感が格段に増していく。(天職等級によって期間は異なる、等級が高いほど伸びしろは大きいが成長しづらいと言われているらしい)

・零級探索師のリオンは未だに成長しているらしい。これは天職等級に対して、成長の難易度が設けられているのか、上限のようなものが違うのか、そう海童は推測を立てていた。

・召喚系は希少なため、他者には秘匿した方がいいとアドバイスを貰った。

・零等級天職は今のところ最大で11のスキルが得られることがわかっている。海童は知人の零級探索師から11個目のスキルを取得した後から成長しなくなった、と聞いたらしいのだ。

・一等級探索師と遜色ないレベルに強くなるまでは天職について秘匿するように言われた。海童はあまり協会を良く思っていない節があった。

・白縫千郷はEカップ。



「……あ、これは違うや」


 テンジは最後に書いた、『Eカップ』という魅力的すぎて自分でも意味の分からない文字列を慌てて消去した。


 白縫はゲーム中に何気なく自分のカップ数を呟いていたのだ。テンジは隣に座っていたこともあり、運よく聞いてしまった。その言葉がどうにも脳裏から離れなく、気が付いた時には手が勝手に動き、メモを取ろうとしていたのだ。

 すぐに邪念を振り捨て、テンジは再びメモ帳へと向かった。



 ・リオンの天職は《螺旋らせん魔法師》という零等級天職。

 ・テンジの天職を鑑定したのもスキル『螺旋瞳らせんどう』の効果だった。これは閻魔の書のステータスみたいなものではなく、目を合わせた他人の天職の正式名称と等級だけを強制的に判別する能力らしい。

 ・ステータスのような可視化する能力は発見されていない。あくまで探索師は時間をかけて、自分の能力を判別するほかない。



「まぁ、ざっとこんなものかな。思ったよりも収穫があったな」


 今回のテンジの勝利条件は、自分の情報を極力出さないで海童の豊富な知識を得ることだった。

 海童はかなり信用できる人物であることは身に染みてわかっているのだが、それでも一度会ただけですべてを話そうとは思えなかった。


 今日のテンジが海童に公開したのは、特級天職の階級について、赤鬼刀の存在、召喚系かもしれないこと、自分の能力を文字で確認できること――ほぼ全てが見えることは伏せて話し、自分のスキルと天職だけがなんとなくわかると嘘を付いた――だけだ。

 海童が元々協力的で、それでいて深く突っ込まないでいてくれたので、これだけの情報で済んだのだろう、とテンジはもちろん気が付いていた。


 ただ、やっぱり腑に落ちない点もあった。


 なぜ彼らがテンジに興味を示すのか。それでいて深入りをせずに見守ろうとするのか。

 それだけはテンジの中で未だにわからないままであった。


 それでも心の中で、今日の出来事について感謝する。


「とりあえず僕の行動指針は何となく固まってきたかな。天職については一先ず隠す方向で。当分はアルバイトしながらダンジョンに入れる機会を伺う。そして自分の天職について分析を繰り返していく……この辺りの方法を夏休み中に探っていこうかな」


 目下、テンジが検証したいことは小鬼の戦闘能力だった。

 ただ、学生がモンスターと戦闘を行うには補助探索師としてレイドかパーティーに参加する必要がある。荷物持ちだとあまり戦闘を見込めないので、できれば補助探索師として参加がベストである。


「どうしようかな……って、あ!」


 そこでテンジはふと可能性に気が付いた。


 自分でできないなら、人に頼めばいいじゃないかと。

 それも運がいいことに、身近にはお金持ちで、父が有名な探索師で、伝手だけは誰にも負けないような友達がいた。彼はテンジに後ろめたい気持ちもあって、協力してくれるに違いないとテンジは考えたのだ。


(まぁ、ちょっと引ける案だけどね。人の気持ちをいいように扱うのは、あんまり喜ばれるものではないけど、仕方ないよね。僕にはそんな人脈や才能はないし)


 何度か駅を乗り継ぎ、笹塚の駅を降りる。

 そこでテンジは徐にスマホを取り出し、彼へと連絡してみることにした。


 彼、それはもちろん稲垣累という青年のことである。

 一級探索師を父に持つ青年であり、金銭もテンジの気が遠くなるほどに潤沢。そして、なんといっても日本のトップ10ギルドと呼ばれる【Chariot】と非常に親密な関係を築いている。

 正直、彼以上に環境に恵まれた子供も稀有だろう。


 そんなことを考えながら稲垣へと電話を入れていると、ようやく着信に応答があった。


『はい、稲垣です』


「あ……天城です」


『おぉ、テンジか? どうしたんだ? こんな夜に』


「と、突然なんだけど、五等級のサブダンジョンに潜る予定とかあったりしないかな? もしかしたら累ならあるかなって思って……」


『なんだ、テンジも夏休み中にスタートダッシュを決めたい派か? ちょうどいい。さっき朝霧からも連絡があって、一緒に五等級サブダンジョンの権利を買収したところだったんだ。明後日の予定だが、どうだ?』


「あ、本当? 僕もお願いしていいかな?」


『俺にテンジの願いを断る道理などない。もちろんだ、明後日の朝10時に横浜駅で集合予定だ』


「ありがとう。明後日だね、よろしく」


『あぁ、待っているぞ。あとすまないな、父が突然スペインに出張になってしまって……約束を守れてないことについて』


「全然大丈夫だよ。いつか、って話だったからそこまで急がなくても。とりあえず明後日よろしくね」


『こっちこそ頼む。ちょうど人数も足りていなかったし、正直に言うと助かった。それじゃあ、明後日、横浜で』


「うん、明後日、横浜で」


 そこで電話は途切れた。

 テンジは電話を切るや否や、人目を気にしつつ内心でガッツポーズをする。


 そもそも日本探索師高校の生徒が考えることはみんな同じだったのだ。


 天職取得のカリキュラム変更で、早期の天職取得が決定した。

 そうと決まれば、夏休みの間にスタートダッシュを決めて他のみんなと差を付けようと考える生徒が多かった。テンジもその内の一人に過ぎないのだ。


 日本探索師高校にはサラブレット、つまり探索師を親に持つ新第二世代の子供たちが多く在籍している。

 彼らは親が秘匿してきた天職を取得する予定があったり、累のような有名ギルドから天職を授かる目途が立っていたり、朝霧みたいにすでに大手ギルドからスカウトを約束されている生徒たちが意外に多い。

 そのため、少しでも早く親やギルドに認められて、天職を正式に取得したいと考えていたのだ。


 誰もが協会から得られる平凡な天職より、レア度の高い天職を欲するのは必然の流れだろう。


 累の言葉でその事実に気が付いたテンジは、自然とやる気になっていた。


「僕ももっと頑張らなくちゃ」


 テンジの決意表明は、笹塚の雑踏に掻き消えていく。

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