第23話

 


 聞こえてきた足音は明らかにプロ探索師のものであった。

 プロ探索師の中には靴底に特殊な鉄板を仕込んで罠対策をする人がいて、カツカツと鳴り響く音はその鉄板が仕込まれた探索師用の靴音だったのだ。だからテンジはいち早く気が付くことができた。


「救出隊がもう派遣されたのかな? 五道さんもそのようなこと言ってたし」


 こうなる前に五道は「中国の不定型ダンジョンでは、変革が起きた場合、上位探索師たちが派遣される」と言っていたのをテンジは覚えていたのだ。

 ただ、そこで不意に気が付いた。


(もし、もしだ。僕が天職を隠していたと判断されて、藻岩さんたちを殺したのは僕だと言われる可能性があるのではないだろうか。確証はないけど、もしそうなったら妹に合わせる顔が無くなってしまう。……どうしたら!?)


 テンジはこの場の状況をすぐに集約して、自分が今取るべき行動を考えた。


 まだ自分の能力もよくわかっていないし、正直に言うとなぜ自分が生きていて、なぜブラックケロベロスが死んだのかは説明できないのだ。

 あくまで推測でなら話すことはできるのだが、それこそプロ探索師にとっては言い訳にしか聞こえないかもしれない。

 藻岩さんたちが死んでるのを見たのはテンジだけで、発見者もテンジだ。五道たちは実際に八人の死体をその眼で確認していない。八人の遺体には、腹に大きな穴が開いており明らかにモンスターの仕業であると断定できるようなものではない。


(困った……本当に困ったぞ。こんなにも早く救出の探索師が来るとは思っていなかった)


 テンジは自分がどれだけ意識を失っていたかすらわかっておらず、救出がこんなにも早く到着してしまうとは思ってもみなかったのだ。

 それこそ零級探索師が来るなんて微塵も考えていなかった。


 そこでテンジは一つの決断をする。


「……今はまだ隠そう」


 自分が覚醒して天職を授かったことを隠そうと決めたのだ。

 とはいっても地上に帰れば天職を計測するアイテムでバレるかもしれない。

 だけど、少しでも地上で妹のために時間を稼ぐことができるのなら、それだけでいい。自分の無実を証明できない以上、少しの時間で身の回りを整理しておこうと考えたのだ。


 そして、テンジは召喚していた小鬼を地獄領域へと戻すことにした。


「あとは運命に任せるほかない。僕の無実が証明されることを祈ろう」


 神様にでも願うように、テンジは小さく呟いた。


 カツカツカツ、と靴音がすぐそこまで近づいてきていた。

 本来であれば救出が来たことを喜ぶべきなのだろうが、今のテンジの状況は特殊すぎて自分でも頭が混乱していたのだ。

 喜ぶ以前に、自分がどうなるのかを気にしてしまった。


 そして――。

 靴音がこの空間の出入り口で止まった。


「わぁお、まじで生きてる人見つけちゃったよ」


 軽妙な言葉遣いでテンジを見つけたのは、百瀬リオンであった。


 プロ探索師とは思えないほどには軽装で、安くて有名な洋服ブランドのスウェット上下をダルッと着こなしており、彼はズボンのポケットに両手を突っ込んでいた。

 唯一、探索師用の靴(鉄板仕込みのランニングシューズ)を装着しており、それだけが彼を探索師であるとわからせる要素であった。

 寝癖で爆発した黒い髪の毛、僅かに眠たさを醸し出すタレ目の目尻、身長は平均的で170半ばほどの男性だ。年齢は五道よりも若い30代前半くらいに見えるが、どこかくたびれた感じが彼を40代ほどの見た目へと変貌させていた。


「君、名前は?」


 カツカツと靴音を鳴らしながら、リオンはテンジへと近づいていく。

 テンジは閻魔の書を抱きかかえるように握り締め、怯えた様子で答えた。


「あ、天城典二です」


「おぉ! 君がテンジくんか! てか、ほんと……なんで生きてるの?」


 そのストレートな言葉に思わず唾を飲み込む。


「わ、わかりません。僕も何がなんだか……」


「あれ? そういえばブラックケロベロスは? 五道が出たって言ってたけど、どこいった?」


「たぶんこれです」


 テンジはそう言うと、ポケットに仕舞っていた真っ赤な魔鉱石を手に取ってリオンへと見せた。

 リオンはテンジのすぐ目の前で足を止め、前かがみになってふむふむと頷きながら、魔鉱石の状態を観察する。


「わぁお、こりゃ状態のいい一等級魔鉱石だ。……一撃で殺されたんだね、ブラックケロベロス。あぁそういえばテンジ君、俺の目を見てくれないか?」


「目……ですか?」


 リオンはひとしきり魔鉱石を確認すると、テンジの目を覗き込むように見つめた。

 不思議に思いながらもテンジはそのプロ探索師の瞳を見つめ返す。

 するとリオンの目の黒目がぐるぐると螺旋を描き始め、思わずテンジの眼も回ってしまう。


「こ、これなんですか? 気持ち悪くなってきましたけど」


「これ? 俺のスキルだけど、危害は加えないからもう少し耐えて。あぁ、そういえば俺の名前を言ってなかったな。百瀬リオン、零級探索師だ」


「――零級!?」


 さらりと聞かされた情報に目を見開いて驚き、テンジは反射的に声を出していた。

 それでもリオンは「まぁ、驚くのも無理ない。俺はメディアの露出が嫌いだからな」と淡々と返答するだけであった。その通りなのである、日本には零級探索師がいると知られてはいるのだが、その素性を知る者はほとんどいない。それこそ一介の高校生であるテンジが知る由もなかった。


 そして、リオンはゆっくりとテンジから目を離した。


「まぁ、大体の状況はわかったよ。とりあえず生きていて何よりだ、俺の救出が無駄にならなくてよかった。あと、覚醒おめでとう」


 たった一度だけ目を合わせただけで、リオンはテンジが覚醒した事実に行きついてしまう。

 さすがにテンジも驚きを隠せずに、「え?」と声を漏らしていた。


「あんまり身構えるな。俺は探索師が嫌いだし、メディアも嫌いだし、麻美子以外の協会も嫌いだ。だから面倒くさいことには基本、首を突っ込まない主義だ」


「あ、あの……」


「とりあえずこれでも貰っておけ、すぐに役立つからな。それと過度な干渉はしないから、テンジくんも俺にあまり関わるな。まぁ、困ったことでもあったら相談ぐらい乗ってやるがな」


 リオンはそう言うと、何もない空間から一つの小さな石を取り出した。

 その青い石をテンジの手のひらに強制的に握り込ませ、有無を言わせない表情をして渡した。


「何を言って……」


 テンジが疑問に思うのも無理がなかった。

 あまりにリオンは一方的だったからだ。しかし、それが彼の性格であるため仕方がない。それでもすぐに答えが返ってくる。


「ついさっき、俺はテンジくんの天職を鑑定した。しかし、俺には君の天職は鑑定できなかったようだ。こんなことは初めてだよ、一体どんな天職に目覚めたんだか。あぁ、絶対に言葉に出すなよ。言っただろ? 俺は過度な干渉をするのもされるのも嫌う腐った人間だからな」


 さっきから一方的に話を進めるリオンにはすべてがお見通しのように思えた。

 テンジは見た目の割に説得力のあるリオンの貫禄と話し方に、素直に頷く他なかった。


「詮索しないんですか?」


「ん? あぁ、もしかして自分が疑われる側だと勘違いしてるのか? 俺が勘違いするわけないだろう。ブラックケロベロスを倒したのも君の力だよ」


「僕の?」


「やっぱ起きたばっかなんだなテンジくんは。確か……探索師高校に通ってるんだったな。だったら知っているだろ? 一等級天職に目覚めたとき、三つの内から一つの特典が貰えることを」


「は、はい。回復、経験値、武器、のどれかですよね」


「その通りだ。そんでこれは知られていないが、俺が零等級天職を貰ったときは四つの選択肢があった。回復、経験値、武器、半径500m以内のモンスターを強制排除、この四つだ」


 零級探索師は世界にたったの4人しかいない。

 そのうちの一人は日本人であることは知られているが、その人物の素性を知る者はほとんどいない。その理由をテンジはさっき「メディア嫌い」だと知ったばかりだ。

 目の前のリオンは自分が零級探索師だと当たり前のように言い切り、さらにはテンジに助言でもするかのように言葉を紡いでいた。


 その言葉のおかげで、テンジもこの状況の原因についてようやく確証を持つことができていた。


(やっぱり僕の推測通りだった。覚醒の特典による体の全回復とブラックケロベロスの死、全ての線が繋がった。まだ全幅の信頼を置くことはできないけど、この人は信用できる気がする。これが零級探索師、百瀬リオンさんか……なんか思ってたよりも人間味のある人だな)


「モンスターの強制排除、それがブラックケロベロスを倒せた理由だったんですね」


「おそらくな、さすがの俺でも過去を見ることはできないからな。まぁ、覚醒初期でブラックケロベロスを倒したなんて協会が信じるわけがないし、あいつらの脳は死人も同然だからな。とりあえずは、これで俺の任務は終了ってわけだ」


 リオンはその場でやりきったように背伸びをする。

 そのとき、テンジは慌ててリオンに話しかけた。


「あ、あの!」


「ん? どうした?」


「こ、この先に遺体があるのですが……」


「この先にか? だったら回収して帰るかぁ」


「あ、ありがとうございます!」


 テンジは勢いよく頭を下げた。

 自分が遺品をはぎ取った経緯とレイドでお世話になった経緯もあり、彼らの遺体を放置するのは居たたまれなかったのだ。それにリオンは信じられる人だと直感で感じていた。


 しかし――。


 テンジの体は、とっくのとうに限界を超えていたらしい。


「いいってことよ。この後は麻美子の尻を三日三晩触って……」


「――あれ?」


 リオンが話す中、テンジはこと切れたようにその場で前のめりに倒れていく。

 零級探索師が助けに来た、という事実によって気力で保っていた気持ちが途切れてしまったのかもしれない。安心した途端に力が入らなくなってしまい、自分の体が自分のものではなくなったような感覚に陥ったのだ。


「おっと、さすがに限界だったか。まぁ、無理もないか」


 そんなテンジをリオンは慌てて抱き上げ、優しく言葉を投げかけた。


「す、すいません……力が……」


「いい、気にすんな。後は俺が地上に帰してやるから、ゆっくり眠れ。すまんな、俺は回復能力は持っていないからその擦り傷も癒してやれない。それでもあとは任せておけ」


「…………ありが……とう……ござい……ま……」


 そこでテンジの意識は途絶えてしまった。

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