第16話

 


 薄暗く、かといって視界が通らないわけでもないダンジョンの一本道を通り抜けていくと、すぐにあの場所へと辿り着いた。


「……まだちょっと怖いな。けど、生き抜くためにはやらないと」


 今見ても、その光景だけは慣れることはなかった。


 全員が目を見開き、こちらを見ているような気さえしてくるのだ。

 ただの高校生であるテンジが怖くないわけがない。

 それでもテンジは一人ずつ死体を山から崩していき、丁寧にその場へと寝かせ、両手を胸の上で組ませてあげた。そして一人一人瞼を閉じながら、黙祷を捧げていく。

 その後は「ごめんなさい」と謝りながら、お世話になった彼らの物品を漁り始めた。


 そうしてテンジはいくつかのアイテムを頂くことにした。


 ・三等級武器『樹麻痺じゅまひこん

 ・三等級武器『乱れ刃ナイフ』


 棍術で使われる160cmほどのローズウッド色の棒は、元々チャリオット所属の草薙くさなぎ英梨えりが持っていた武器である。


『乱れ刃ナイフ』は短剣ほどの刃物であり、片刃の部分が波打つように乱れているのが特徴だ。これは元々チャリオット所属の大山祐樹がサブ武器として愛用していた、切れ味抜群の武器である。

 本当はインナースーツをもらおうかとも考えていたテンジであったが、血濡れで胸に大きな穴が開いているため、残念ながら使い物にはならなさそうであったのだ。サイズの合うものがなかったという理由もあった。


 その他にも隠し食料や藻岩さんが持っていた500mlほどが入りそうな軽量な軍式水筒をいただき、テンジは元のあの場所へと戻っていくことにした。

 その道中で水分を少しだけ補給し、またぽりぽりとエネルギーを回復するために食料を食べていく。


 戻ってきてすぐ、ここに一人だけ置いて行かれるのは可哀そうだと思い、テンジは青年探索師の遺体を八人と同じ場所へと運び並べてあげることにした。

 そして何もなくなった場所で、テンジは再びふぅと息を吐いて座り込む。


「ここからどうしようかな。食料も一人ならなんとか五日は持ちそうだし、半日くらいは自分の能力を知るために使っても大丈夫かな? いや、それはやりすぎだよね」


 やっぱり一時間か二時間くらいで知る必要がありそうだ、とこれからの予定を決めた。

 ここからは食料と自分の天職次第だと思い、テンジは休む間もなく立ち上がった。


「そうと決まればまずは今使える天職のスキルを把握しておこう」


 テンジの授かった天職にはすぐに使えるスキルがあったのだ。

 記憶を探ることでそのことを知ったテンジは、その能力を確認するために、大きく息を吸って心の準備を整えた。


「あきらかに僕の天職はおかしいよね。特級天職なんて聞いたことがないし、獄獣召喚ってのもたぶん新種の天職だ。さて、鬼が出てくるのか……蛇が出てくるのか」


 テンジに今わかっているのは、自分が『特級天職:獄獣召喚』という天職を授かったことと、一つのスキルが使えることだけだ。

 それ以外には、何もわかってはいない。

 そのスキルでさえ、一体どんな能力を発動するのか分からないのだ。


 何が起きても冷静に判断できるように、何度も深呼吸をして集中力を高めていく。

 それでもやはりテンジの心は少し興奮していた。


 あれだけ夢に見て欲していた天職を、ようやく手にしたのだ。

 自分は協会から一番安い五等級天職を購入し、細々と探索師として活動するのだと勝手に想像していた。

 それが何の因果か、『天職クエスト』をクリアし、未知の天職を授かった。


 否応にも、テンジの鼓動は早くなっていく。


「ふぅ……ダメだ。興奮が収まらないや」


 バクバクと鳴る心臓を片手で必死に押し込みながら、やはり何度も深呼吸をする。

 そして決意した上で、顔を上げた。


「よし、やろう」


 そうと決まれば意外と行動は早かった。

 とりあえず何が起きるか分からないので片手を前へと突き出し、もう片方の手でストッパーを作る。


 最後にこれでもかと大きく深呼吸をした。


「『閻魔えんまの書』ッ!」


 テンジがそうスキル名を叫ぶと、ポンッと何もない空間に一冊の本が現れた。


 深緋色の表紙には鬼の顔のような文様が描かれており、辞典ほどには分厚いものだった。

 中身の紙色は現代によくある白というよりも、少し古い文献のように年季の入った色をしているようだ。

 その本が突き出した片手の延長上にふわりと浮かび、テンジが少し手を動かすとそれについてくるように本も動いていく。


「……スキルの名前通り、本が出てきたよ」


 まさかスキル名通り過ぎることが起こるとは思っておらず、ほんの少し拍子抜けだったテンジであるが、すぐに気持ちを切り替えその本を手に取ってみた。

 重さはほとんど感じず、というか重量が全く無いように思えた。

 思わず癖で匂いを嗅いでみると、ほんのりと年季の入った本の香りがした。


 次に表紙を観察してみると、それは誰がどう見ても鬼のように見える。

 二本の角や凶悪な顔、それに二本の大きな牙。背後に薄っすらと見える刺々しい棍棒のような武器。


「とりあえず開けてみる?」


 自分の心に聞くように、テンジは呟いた。

 そして分厚い表紙を捲ってみると、そこには筆で豪快に書かれた文字が描かれていた。


「……『王と成れ』? 王様になって、ってことだよね……たぶんだけど」


 全く意味の分からないそのページはあとで詳しく確認することにし、次のページへと本を捲った。

 そこにはテンジにとって、非常に興味深い文字と数字が並んでいた。



 ――――――――――――――――

【名 前】 天城典二

【年 齢】 16

【レベル】 0/100

【経験値】 0/1000


【H P】 26(10+16)

【M P】 16(0+16)

【攻撃力】 21(5+16)

【防御力】 40(24+16)

【速 さ】 23(7+16)

【知 力】 38(22+16)

【幸 運】 45(29+16)


【固 有】 小物浮遊(Lv.5/10)

【経験値】 3/22


【天 職】 獄獣召喚(Lv.0/100)

【スキル】 閻魔の書

【経験値】 0/1000

 ――――――――――――――――



 それはこの時代のゲームでもよく見るステータスに非常によく似たものだったのだ。

 テンジはすぐにそのことに気が付き、これが今の自分のステータス、つまり自分の能力を数値化した場合の値なんだと理解したのであった。


「これが僕の強さってことだよね? うーん……」


 テンジはこの数値を考察するように俯いて、数字を見つめ始めた。


 まずは各パラメーターの横にカッコ書きでかいてある数値だ。

 おそらく左の数値がテンジの本当の能力数値であり、カッコ書きはその計算式と思われる。カッコの中の「16」という数字は、テンジの中では現在の年齢だけがリンクしていると考えていた。

 だとすると、カッコ内の16以外の数字はテンジが元から所有していた才能の数値だという可能性が浮かび上がってくる。


 テンジはそこまで考え付き、思わずニヤリと笑った。


「なるほど! 自分の能力が数値されるとすごく分かりやすい。となると僕は『幸運』と『知力』、『防御力』に秀でた人間だったんだね。知らなかったよ」


 自分の才能や能力が可視化されるということは、自分の立ち位置をありえないほど正確に把握できるということだ。

 自分のどこが優れていて、どこが劣っているのか。だったら、ここの長所を鍛えて、ここの短所を補填していこう。という風に努力の向きを細かく調整できるのだから、これほど有用な能力も稀有だろう。


「あと分かりやすいのは……僕の固有アビリティかな? へぇ~、僕の固有アビリティは今レベルが5なんだね。それで最高がレベル10だと。ふん、わからないや」


 比較材料があればもっと詳しく分析できるのに、そう思うテンジであった。

 それでもこれだけで分かることもある。

 固有アビリティは何かをすることで経験値を得ることができる。その「何か」を推測していたテンジはすぐに閃いた。


「あ! この経験値は使えば使うほどに貰える感じだろうな」


 面白いことにテンジは探索師の荷物持ちとして何度もダンジョンに入ったことはあるが、一度もモンスターをその手で倒したことがなかったのだ。

 その経験からテンジは「固有アビリティは使えば使うほどにレベルが上がる」と判断したのであった。

 ただそれが時間に比例するのか、絆のような何かで比例するのかまでは分かっていない。


「次に僕の年齢の下にあるレベルと、天職の欄にあるレベルだね。これは……ああ、必要な経験値もレベルの上限も同じになってるね」


 それにどちらもレベルが0であり、経験値が1すら入っていないことから、今のテンジでは手に入れられていないということになる。

 そこからテンジは推測した。


「モンスターを倒して経験値を稼ぐ、かな? ゲームでも大体そういう感じだよね」


 両親が死んでからはあまりゲームをやってはいなかったが、テンジも小さな頃はよくゲームをやる普通の少年だった。

 だからそういう知識も人並みにはあったし、むしろ好きな方だった。しかしお金がない今、ろくにゲームをする時間が無くなっていたのだ。


「このページはこれくらいだね。じゃあ、次」


 テンジは真剣な面持ちでそう呟き、次のページへと本を捲った。

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