第5話



「うおっ!? 地震か!?」

「でも、ここダンジョンだぞ?」

「ダンジョンで地震なんて聞いたことがないぞ!?」

「と、とりあえずみんな! あまり離れずにチームで固まれ!」


 突然揺れ出したダンジョンに驚き、全員が即座に行動を起こした。

 チームごとにすぐ隊列を組み直し、壁際に寄りながら揺れが収まるのを静かに待つ。

 テンジや朝霧もすぐに五列目のチームへと加わり、一緒に揺れをやり過ごしていくのであった。


 そうして三分ほどで揺れが収まった。


「今の何だったんだ? ダンジョンで地震なんて聞いたことないぞ」

「お前もか? 俺も十年以上探索師をやってきたけど、初めてだ」

「凄い揺れでしたね。日本でもこれほど大きな地震は滅多にありませんよね」

「まあ言っても、俺たち地震国家で生まれた日本人だからな」


 思い思いに、今の地震について語り合っていく。

 しかし、その中には答えとなりそうな情報は何一つなかったことにテンジは気が付いていた。


「……まさか」


「どうしました? 正樹さん」


 誰もがただの地震だと決めつけていた中、リーダーである五道だけが困惑した表情を浮かべていた。

 それを不思議に思ったチームメンバーの右城が聞き返した。


 答えるべきか、答えないべきか。

 五道は数秒間迷ったすえ、ダンジョン内で隠しことはするべきではないと考え、話すことに決めた。


「いや、ただの勘繰りすぎだといいんだが……この中で『不定型ダンジョン』に入ったことのあるやつはいるか?」


 五道はまだ確信が持てなかったのか、全員に集まるよう手招きをし訊ねた。

 しかし、全員が即座に首を横に振った。


「そうか俺だけか。俺は一度だけ兄貴……って言っても知らねぇやつもいるか。一級探索師の稲垣炎つーんだが、そいつと中国の不定型ダンジョンに依頼で行ったことがある」


「不定型ダンジョンっすか? あれですよね、結構な頻度でダンジョンの道や構造、モンスターのアルゴリズムが変化するっていう、魔境ダンジョン。難易度が高いんで、俺はそこに入れないっすけど」


「そうそれだ。通称、魔境ダンジョンとも言われてる。俺はその中で一度、滅多に起こらないと言われてるダンジョンの構造変革をダンジョン内で体験してるんだが……」


「正樹さん、もしかして今の地震がそうだと?」


「あぁ、似てるような気がした。ただ俺もその経験をしたのは十年以上前だから確証はない」


 五道が発したその言葉に、全員が息を飲み込んだ。


 ダンジョンにはいくつもの分類方法があって、その一つに『定型』か『不定型』という分け方がある。

 定型ダンジョンは、その名の通り形の変わらないダンジョンのことであり、今回のこの御茶ノ水ダンジョンは定型ダンジョンに分類される。


 そしてもう一つの不定型ダンジョン。

 これは不定期にダンジョン内を変革させるダンジョンであり、世界でも珍しく二か所しか観測されていない。

 ただ不定型ダンジョンは、その特性ゆえに難易度が通常よりもはるかに高く、例えMP濃度で五等級ダンジョンと分類されても、二つ上の三等級ダンジョンとして設定されることになっている。


 もしここが定型ダンジョンではなく、不定型ダンジョンに変わるとするならば……。


「今まで観測されなかったか、初めてなのかはわからないが……ここは不定型ダンジョンである可能性が高い。つまり、等級は二つあがって『二等級ダンジョン』ということになる」


「でも、まだ決まったわけじゃないですよね?」


「ああ、まだ決まってない。あくまで俺の勘だからな」


「どうしましょうか、正樹さん。このまま第三ボス倒した後に帰ります? それともすぐに引き返しましょうか?」


「そうだな……一旦、ここで休憩をしよう。もしかしたら周囲に変化が起こってるかもしれないからな。チャリオットの正規メンバーを中心に、三人一組になって周囲の確認だ! いいな?」


「はいっす!」

「了解!」

「わかりやしたぁ!」

「はい!」


 五道の即断により、チャリオットの正規メンバー以外はこの場で休憩することになった。

 今回の参加している正規メンバーは15人のため、5組に分かれて周囲の確認をすることになる。

 その間、他の探索師たちはチームからあまり離れない立ち位置で座り込み、休憩を取りながらもぽつりぽつりと情報の交換を始めた。


 そこでテンジと朝霧はすぐに仕事を始める。


 休憩となると、そこは荷物持ちの仕事だ。

 バッグの中から簡単に食べられるクッキーや水分を手際よく渡していき、ついでに汗拭き用のタオルなんかも渡していく。

 食べ終わったらゴミを回収し、バッグへと詰め込んでいく。ゴミはある程度溜まったら火系統のスキルを使える探索師がその場で燃やすのが、ダンジョンの決まりだ。面白いことにダンジョンでは燃やした燃えカスや煙なんかは、ダンジョンの壁や床に吸収されていくのだ。


 そうして朝霧と二人でてきぱきと仕事を終え、二人も休憩を取ることにした。


 15階層となれば、すでに石畳の道はなくなっており薄墨色の岩肌がむき出しの場所となっている。

 そのため、二人は座りやすそうな壁のくぼみを見つけ、ふぅと息を吐きながら座り込んだ。


「はい、これどうぞ」


「あ、ありがとう朝霧さん」


 朝霧は座ると同時にバッグから飲み物を取り出し、テンジに手渡ししてくれた。

 テンジはそれを受け取って、飲み過ぎないように少しづつ口に入れていく。その様子を物欲しそうな顔で、朝霧は見つめていた。


「あっ、ごめん」


「大丈夫ですよ、でも私にも少しください。ちょっと喉が渇いちゃいました」


「も、もちろん」


 テンジは思いのほか近くに座った朝霧さんの可愛さに赤面してしまい、慌ててペットボトルを手渡しした。


 ダンジョンでの水は貴重だ。

 そのため同じペットボトルをチーム内で回し飲みするのは当たり前のことであった。

 もちろん探索師高校で知識を学んでいるテンジたちが知らないわけもなく、朝霧はテンジが飲んだばかりの水を口に含んだ。


「ふぅ、美味しいですね。どこのお水なんでしょう?」


「た、確かだけど……」


 テンジは恥ずかしさのあまり赤面していた。

 普通の探索師であれば間接キスなんて気にしないのだが、隣にいる彼女は同級生で、それもかなり可愛い。そんな人が自分の飲んだ水をすぐに飲んだことに、童貞だったテンジは恥ずかしさのあまり爆発しそうになっていたのだ。


 そんなところに、一人の男性が現れた。


「チャリオットの水は特別製だ。微量ながら体力を回復させる効果を持つ。……あぁ、ここ座っていいか?」


 そこにやってきたのは、テンジたちと同じ探索師高校の一年生である稲垣累だった。

 彼はさきほど渡したタオルで上半身の汗を拭いながら、テンジとは反対の朝霧のすぐ隣に座った。


「なるほど、そんな貴重なお水だったんですね」


「あぁ、チャリオットは日本でも有数のギルドだからな。そういった貴重な物を作り出せる職人も囲っているんだよ」


「稲垣さんもチャリオットに加入されるのですか?」


「あぁ、そうしたいところだが……親父と一緒のギルドに入ることには少し抵抗がある」


「お父様って、あの有名な方ですよね」


「よく知ってるな。あぁ、この話は止めよう。あまり好きじゃないんだ」


 そう言った稲垣累の表情は、少し怒りに満ちているようにテンジには見えていた。

 テンジは終始二人の会話に割って入らずに、自分の身分をわきまえて静かに聞いていた。


 テンジは二人と同じで固有アビリティを持った新第二世代の子供だった。

 新第二世代とは、どこかの雑誌が勝手に言い出した名前で、探索師と探索師の間に生まれた次世代の子供たちを指している。その理由は、強力な固有アビリティの確実発生にあった。


 固有アビリティとはそもそも、生まれ持った能力のことである。

 ダンジョンが出現したのが23年前のことで、その日を境に突如超能力に目覚める人たちが多発した。その覚醒割合は約0.0001%と言われている。

 それほど貴重な存在だった固有アビリティであったのが、天職を持つ探索師と他の天職を持つ探索師が子供を産んだ結果、その子供には通常よりも強力な固有アビリティが発現したのだ。

 そのまま時が過ぎてゆき、五年後には探索師と探索師の間には必ず固有アビリティ持ちが生まれ、なおかつ初期覚醒した大人たちよりもより強力な能力を持って生まれることが実証されたのだ。


 それからテンジたちのような探索師と探索師の間に生まれた子供たちを、新第二世代と呼ぶようになった。


 そんな彼らは日本探索師高校への推薦入学が無条件でできる。

 しかし、その固有アビリティの中にも「負け組」と「勝ち組」があった。

 勝ち組というのは、朝霧のような仲間を支援する能力だったり、稲垣のような《雷槍ライトニング》という攻撃力を持った能力だったり、即戦力として探索師になれる人たちを言う。


 だけど、テンジが生まれ持った固有アビリティは《小物浮遊アクセフロート》という、浮かせる対象の重さが500g以内、大きさが一辺30cm以内という明らかに負け組な能力だったのだ。


 そういった背景もあり、テンジは彼らのような勝ち組な探索師の卵たちとはあまり関りを持たないようにしていた。

 だから、この話にも割って入らない。


「そういえば、天城」


 しかし、そんなテンジの心も知らずに累が話しかけてきた。

 突然のことでテンジは明らかな動揺を見せ、なんとか言葉を絞り出した。


「ぼ、僕?」


「お前以外に天城がここにいるのか?」


「い、いや……いないです」


「なぜ突然敬語になる。まぁ、いい。お前、学校休んでまで随分とダンジョンに潜っているようだな。なぜそんなに焦る? 探索師たるもの慎重性も欠いてはならないと俺は考えている」


 その質問に対し、どう答えるべきか考える。

 正直に言うと、お金だ。しかし人の家計なんて他人に言う物ではないし、テンジも答えたくはなかった。

 だから、彼の問いに”答えられない”というのが正しかったのだ。


 そんな時だった。


 救いの手が隣の天使から向けられた。


「人には言えないようなこともあるんですよ? もちろん私にも言えないことはたくさんあります。稲垣さんもそうでしょ?」


「あぁ、そういうことか。変な質問をしてすまなかった」


 自分が踏み込んだ質問をしたことに気が付いた累は、すぐにテンジへと頭を下げた。

 そんな気まずい空気になりかけていたこの場を吹き飛ばすかのように、遠くから慌てた足取りでこちらへと帰ってきたチャリオットのメンバー、右城が現れた。


「ま、正樹さんは!?」


「まだ帰ってきていないですよ、右城さん」


 その様子を見ていち早く累が立ち上がり、右城へと答えた。


「そ、そうか……これは困ったことになったぞ、累くん」


「困ったことですか?」


「あぁ……だが、一先ず正樹さんが帰ってくるまでは黙っていよう。まだ確証はないんだ」


 学生たちや他の探索師たちはその理由を気にしていたが、右城は一向に話そうとはしなかった。

 まだ推測の段階で話しては混乱を招く可能性があったからだ。


 だから――。

 一番の実力者でもある五道正樹の判断を煽ごうとした。

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