第13話
それにしても目覚めるまでどうするかが問題だ。
人を呼びにもいけない、だけどさすがにアベルをそのままにして私も寝てしまうわけにもいかない。
なので私は、向かいに座ったままひたすらアベルが起きるのをその寝顔を見つめたまま待っていた。
さすがにこの姿勢で朝まで寝ているということもないだろう。
そして思いの外その瞬間は早く来た。
見つめ続けていた瞳が大きく開かれる。
必然的にアベルの目は、それを見つめていた私の視線と合う。
状況を理解したのか、開かれた大きな瞳はこれ以上ないというくらいに広がっていた。
「すまない! まさか……寝ていたのか?」
「おはよう。思ったより早かったね。キャンドルに火を灯した途端に寝ちゃったからびっくりしちゃった」
「あ、ああ。キャンドルの火を見つめていた途端、強烈な睡魔に襲われてな。ただ、今はびっくりするぐらい頭がスッキリしているよ。そのキャンドルの効果なのか?」
「うーん。眠りを助ける効果はあるけれど、アベルが寝ちゃったのは、単純に凄い寝不足だからだって。一緒に居た私は寝てないでしょう?」
アベルが少し
それを聞いたアベルは少し恥ずかしそうな顔をした。
「いや、頭では分かっていたはずなんだけど、錬金術というのを侮ってたかもしれないな。こんなに凄い効果があるなら、エリスの部屋で火を付けたりなんかしなかったんだが」
「あはは。そうだね。まさか、私の部屋で一晩、なんてことになったらアベルも困るでしょう?」
私が冗談めいて言った言葉に、アベルは突然少し不満げな顔を見せた。
何か気に触るようなことを言ってしまっただろうか。
「俺は別に困らないよ。エリスは……その、困らないのか? 俺と一晩過ごしてたりしたら」
「え? 私? どうかなぁ。別に構わないんじゃないかな? そもそもここはアベルの屋敷で、この部屋は私が借りてるだけだし」
家主がどこで何をしようと、私がとやかくいう権利なんてないだろうし。
困るとしたら、アベルが幸せな夢にまで見る私と同じ名前の女性に勘違いされるくらいだろうか。
もし私のせいでうまくいかなかったりなんてしたら、すごく困るかもしれない。
その時には、何もないし、アベルが私なんかを相手にするはずなんかないと説明してあげよう。
「えーっと、こんな時にあれなんだが。エリスは……その、好きな人とかいないのか?」
「え? どういうこと? 村の人たちはみんな良い人ばかりだから、みんな好きよ」
「あ、いや。そうじゃなくて。好きっていうのは、ほら。一緒になりたい異性って意味で……」
「え……? うーん」
アベルの質問に私は思わず考え込んでしまう。
質問の意味は分かるけれど、今までそういう目で男の人を見てきたことがなかった気がする。
というのも、村には同世代なんて異性も同性もいなかったからからだ。
一番歳の近かった異性は隣に住んでいたお兄さんと呼ぶのも少し歳が離れすぎているような人だった。
「今まで考えたこともなかったね。それがどうしたの?」
「なるほどな……自分としてはこれだけ分かりやすくしてたつもりで、一向に拒絶も受容もしてくれないから、困っていたんだが、そういうことか」
「え? なになに? いまいちよく分からないけど」
「つまり、きちんと言葉で伝えないと分かってもらえない、ってことが今分かった」
なんだか分からないけれど、アベルは突然立ち上がると、少し考え込んだ後、こう言った。
「今ここでっていうのは、さすがにムードが足りないな。エリス、今度一日時間をくれないか? えーっと、そうだな。次の白竜の日が良い」
「え? 次のお休み? 別に良いけど……」
白竜の日というのは、この国の七日に一度ある休みの日で、その日はほとんどの店が閉まり、人々は一日を親しい人と過ごすらしい。
私がこの国に来てから何度か来たその日は、最近ではカリナと甘味を食べに行く日になっていた。
次は【クレムブリュレ】というお菓子を食べに行く予定だったのだけれど、それは次の日に行けばいい。
それとも、いっそのこと三人で食べに行けばいいだろうか。
「そうか。良かった。ところで、エリスは何処か行きたいところとかないか? 食べたいものとか」
「え? 食べたいもの? ちょうど良かった! 次の白竜の日にね。食べに行こうと思ってたものがあるの」
ちょうどいい。
どんな用事があるのか知らないけれど、アベルも私と一緒にどこか食べに行きたかったみたいだ。
アベルが甘味好きかどうかは知らないけれど、私が食べたいものを選んでいいなら、次の白竜の日まで待たなくてもいい。
カリナはアベルと仲がいいし、一緒に居ても二人とも問題ないだろう。
二人でも楽しいけれど、三人いればもっと楽しいはずだ。
私はすでに次の白竜の日が楽しみになってしまった。
「じゃあ、そこに行こうか。えっと、ちなみにどんなものだ? 店を調べておくよ」
「ううん。お店はもう決まってるの。ところで、アベルは甘いの大丈夫?」
「え? あ、ああ。まぁ人並みには食べるし、どちらかというと好きかな。なんだ? 甘味なのか?」
「うん! 私、甘いものに目がなくて! 良かった。じゃあ、次の白竜の日に一緒にそこに食べにいきましょう! わぁ! 楽しみだわ」
喜ぶ私を見て、アベルもなんだから嬉しそうだ。
ということは、アベルもきっと甘いものが好きに違いない。
これできっとこれからはアベルも一緒に甘いものを食べる仲間に誘えるかもしれない。
忙しい時は無理かもしれないけれど。
「そうか。そんなに楽しみか。良かった」
「うん! すっごく楽しみよ。ワクワクしちゃう!」
笑顔のアベルに向かって、私も笑顔で元気に返した。
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