第9話

 サルベー様が亡くなった話をアベルから聞いた次の日、またアベルが私の部屋に訪れた。

 いつもと違い、少し緊張したような面持ちだ。


「エリス。ちょっといいかな?」

「あら? アベル、どうしたの?」


 アベルは部屋に入ってくると少し間をおき、そしておもむろにとんでもないことを口にした。


「あのさ……隠しているようだから今まで言わなかったけれど、エリスはやはり錬金術師なのだろう?」

「え!?」


「薬師だとは言っていたけれど、エドワードの明らかに折れた脚を一瞬で治すような薬など、聞いたことがない」

「あの……それは……」


 予想していなかった話題に、私はしどろもどろになってしまう。

 これではそうだと認めているのと変わらない。


「ああ。心配しないで。エリスが錬金術師だろうと、何か対応を変えるつもりはないんだ。ただね……なぜ隠しているのか気になって」

「え?」


「だってそうだろう? もし錬金術師だとすれば、巨万の富も名声もこの国では思いのままだ。エリスの国ではそうじゃなかったのかい?」

「私の国では……」


 その後の言葉が継げずに黙ってしまう。

 もし私があのまま聖女だと認められていたらどんな生活が待っていただろうか。


「ねぇ。教えて欲しいの。もし私がアベルのいう錬金術師だとして、もしそれが広まったら、私はどうなると思う?」

「え? そりゃあ……少なくとも俺の屋敷なんかにとどまるようなことはしないだろうね。だって、錬金術師は望めば全てが手に入るんだろ?」


『あちゃー。この男、やっぱり錬金術のことを分かってないなぁ。全て、というのはどんな人にだって無理ってもんだよ』

『エアはどう思う? 私が錬金術師だって、聖女だってアベルに伝えたら……』


 正直なところ、嘘をつき続けられる自信もここ数日なくなっていた。

 国に帰ることはできるわけもないし、薬師として生きていくにしても、アベルのようにすぐに嘘だと分かる人が出てくるだろう。


 それに、いくら私の薬を当てにしているとはいえ、ここまでよくしてくれているアベルに嘘をつくのは心が痛んだ。

 できれば全て打ち明けてしまいたいという気持ちに襲われる。


『そんなのは僕に聞かれても困るよ。エリスが自分で決めな。言うか、言わないか』

『そうだね。分かった。ありがとう』


 エアの言葉で私はアベルに全てを打ち明ける決心をした。

 なぜならエアは今まで私に危険が及ぶようなことを聞いたときは、好きにしろとは言わずに止めろとはっきり言ってくれるからだ。


「アベル、実はね――」


 私はアベルに全てを話した。

 私の国では聖霊に愛された女性は聖女と呼ばれ、王のために一生を捧げること。


 しかし偽物だと追放され、もう自分の国には戻ることができないこと。

 そして、アベルのいうとおり、私はこの国で錬金術師と呼ばれる存在であるということ。


 頷きながら話を聞いてくれたアベルは、一度深呼吸をすると、優しい笑顔で私にこう言った。


「なるほど……大変だったんだね。でも安心して。この国では、錬金術師だからと言って、束縛を受けることはないから。それにね。俺はエリスが錬金術師だろうがなかろうが、もし良ければずっとこの屋敷に住んでくれて構わないと思ってるんだよ」

「え……でも、そんなの……」


「すぐに答えは出さなくていいし、出て行きたいというなら無理に引き止めはできない。けれど、俺がエリスにこの屋敷に、俺の側にいて欲しいと思っているのは本当だから」

「うん。ありがとう……」


 なぜアベルがここまで私によくしてくれるかまだ分からないけれど、嘘をつき続ける必要がなくなった私は安堵の息を吐く。

 短い間だけれど、この屋敷での生活はとても心地の良いものだった。


 アベルの好意に甘える形になってしまうけれど、もう少しだけお世話になることを私は決めた。

 そうと決まれば、何か恩返しをしないと。


 私は何ができるか、探すことにした。


☆☆☆


~その頃王都では~


「これより【紅の聖女】ローザの諮問を開始する。ローザは問いに嘘偽りなく答えるように」


 サルタレロ王国の元老院、すなわち今は亡き国王を除いた国の最高意思決定機関がローザの訴追を行っていた。

 聖女、という立場があるため、諮問という形式を取ってはいるものの、すでにその場の意思は決まっている。


「ローザよ。聖女という立場にありながら、国王の治癒を、聖女の最たる責務を果たさなかったことに、何か申し開きはあるか?」

「それは……」


 その場にいる人間がローザの次の言葉に注目を向けた。

 国王の治癒を拒否し、死に至らしめた聖女がどんな言い訳をするのか知りたかったからだ。


「それは……そうよ! サルベー王は愚王だった! これは私に縁を持つ精霊が言ったことよ。サルベーはこの国の王に相応しくない者だと」

「な、何を!?」


 ローザの口から出た言葉は、仕えた王を侮辱する内容だった。

 まさかの内容にその場にいる者は言葉を失うが、ローザは話を続ける。


「みなもこの国の成り立ちは知っているはず。聖女に選ばれた初代国王が、不毛の地を春を謳歌すると呼ばれる国までに、栄えさせたのが始まりだと」

「それはそうだが、それが何の関係がある」


「つまり、精霊が相応しくないと断じた男はこの国の王たり得ない。真に相応しいのは、サルベーの息子であるサルーン王子ということよ。しかしサルベーは私のこの言葉を当然のことながら受け入れなかった。病で死んだのは、精霊の意志ということよ!」


 よくここまで嘘を真のようにすらすらと述べられるものだが、ローザはさも自分が正しいかのように、自信に満ち溢れた言葉で述べた。

 確かに傍から見ても、サルベーは決して賢王と呼べる類の人間ではなかった。


 逆に、その息子であるサルーン王子は小さい頃から神童と呼ばれ、王になるに相応しい人格だと噂にも名高い。

 嘘か真か分かるものは皆無だったが、ローザの話を頭から否定できるものは、この場に居ないように見えた。


 沈黙が少し続く。

 ローザは内心、自分の立場を延命できたとほくそ笑んでいた。


 しかしローザの企みは、思わぬところから破られる。

 声を出したのは、話題に上がったサルーン王子本人だった。


「なるほど。亡き我が父をそのように言われると心苦しいものがあるが、一理ある。しかしだ。聖女だとしても内政に口出すことを、何の証拠も無しに認めるわけにはいかない」


 そういうとサルーンは側仕えに命じ、国宝をこの場に用意させた。

 聖女の証を示すために代々国王にのみ伝わる国宝【色視の水晶】だ。


「父が亡くなり、この国宝は私の預かりとなった。こうして目にするのは初めてだが。どうだ? その精霊力というものを、この場でみなに見せてやってくれ。そうすれば、やはりお前が聖女であり、我が父は残念ながら自らの行いで逝去したと認めよう」


 ローザは全身から嫌な汗が噴き出すのを感じていた。

 サラマンダーが姿を消してからというもの、普段から周囲にいるはずの下級の精霊の力すら、借りることができなくなっていたのは確認済みだ。


 あの水晶に手を当てても、常人以下の光を生むのがやっとだろう。

 そうすれば聖女としての力を失っていることがバレてしまう。


 ましてや前国王、まだ喪中で戴冠していないものの、次期国王になる人物の父を愚弄したのだ。

 どんな結果がもたらされるかは、想像に難くなかった。


「どうした? 何をしている。早く手を当てぬか。当てられぬ理由があるのだろう? パル、というものが聖女にはいるそうだな? お前の側からその存在が居なくなったことを私が知らないとでも思ったか?」


 サルーンは一向に父の治癒を行わぬローザを不審に思い、サラマンダーのことも調べ上げていた。


「この者は聖女ではない! さらに国王に愚弄を働いた反逆者である! 即刻捕え、処刑せよ!!」


 王子の声にローザを衛兵たちが囲む。


「止めて!! 私に触らないで!! 私は聖女よ!! 私は、聖女よぉぉぉ!!!」


 こうして、自らの保身のためについた、くだらぬ嘘が原因で、ローザ本人もその短い人生に幕を閉じることとなったのだった。

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