第114話 待機

「俺が知っているのはそこまでだ」


 ディーノが力なく告げた。


「なんにせよ、あの建物に用事があったわけなんだな。そのダーチャという奴と会うために。時間はどれぐらい前だ?」


「三時間前だと思う。だがモネアの乗っていた高級馬車の姿が今ここにはない。もしかすると用件は終えてすでにどこかへ行ったのかもしれない」


「…待つ価値はあるか…」


 ポピルはひとち、首を左右に回して辺りを見てからナナトたちに告げた。


「少しここで待っていてくれ。待ち伏せにいい場所が他にないか探してくる」


 そう言ってポピルは路地裏から飛び出していった。ナナトとディーノだけがゴミ缶の後ろに取り残され、沈黙が舞い降りる。


 ナナトはしばらくの間、何かを考えていた。何度かディーノを見上げては躊躇を繰り返し、意を決して静かな声でディーノに尋ねる。


「ディーノさん、訊きたいことがあるんだけど」


「なんだ?」


「ディーノさんが北の国ウスターノで奴隷にされてモネアに買われた街って…もしかしてサナバリー?」


「ああそうだ。有名な奴隷街だよ。それがどうかしたか?」


 ナナトは再び俯いた。かなり言いにくいこと口にしたいようだ。


「僕…」


「二人とも、無駄話はそこまでだ」


 ポピルが走って戻ってきた。


「壁に反響して話し声が漏れてしまう。周囲を見回してみたが隠れるにはここが一番なようだ。ディーノ、よくここまで案内してくれた。他に手がかりもないし、俺とナナトはここであの建物を見張ることにする。あなたは宿へ帰ってくれ」


「いいのか?」


「ああ。この先は危険になるかもしれない。重ねて言うが、協力と勇気に感謝する」


 ディーノはしばらく悩んだ様子だったが、立ち上がってポピルとナナトを見下ろした。


「すまない、二人とも。俺は臆病者だ」


 歩き出したディーノの後を、ナナトが小走りで追いかけて素早く言った。


「ディーノさん、訊きたいがことがあるから宿の部屋で待っていてくれる?」


 ディーノは無垢なナナトの瞳に見据えられて頷くしかなかった。


「わかった。幸運を祈るよ」


 この旧市街に残すナナトとポピルにとっての幸運が、モネアと出会うことなのか否かわからなかったが、ディーノはそう言葉を残した。

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