第92話 旧劇場の戦い2

「クーリン!」


 ナナトは次に猛進するカッシュに狙いを定めて三発放ったが、物凄い速さなうえ、体にまとう形となっている長い内幕がひらひらと揺れるのでカッシュの実態が判然とせず、三発とも外してしまった。カッシュは劇場ホールの中央、クインリーとデシラが抱擁していたところで立ち止まると、内幕を爪で完全に切り破いて全貌を現し、スンスンと空中の匂いを嗅いだ。


 まずい。匂いで後をつけられる。


 慌てたナナトは立ち上がってもう一度銃口を向けたがカッシュの方が素早かった。雄叫びを上げながら劇場ホールの正面入り口へと向かう。


「待て! 俺はここにいるぞ!」


 不意に、観客席の隙間からポピルが立ち上がって銃口をカッシュの背中に向けた。バン! とチャージ1を放ったが狙いは逸れ、正面入り口の上に着弾する。カッシュの体はホールの外へと消えた。


「くそっ!」


 ポピルも追いかけようしたそのとき、背後から猛スピードでホーパーが通路を走ってきた。ポピルは全く気付いていない。


「危ない! ポピル!」


 ナナトが注意したが遅かった。至近距離まで詰め寄ったホーパーがポピルにリボルバー拳銃を一発放ち、ポピルはまたしても倒れ込む。ホーパーは倒れたポピルを全く気にかけることなくカッシュの後を追って劇場ホールから出ていった。


 ナナトがポピルの元へ駆け寄った。先ほどとは違い、前のめりに倒れていたポピルを仰向けにする。


「ぐ…ぎ…ぎ…またやられた…」


 ポピルは痛みと屈辱で顔を引きつらせながら腹の中央を手で押さえた。幸いなことに、防弾ポンチョのおかげでたいした傷ではないようだ。ナナトは安心してポピルに語りかけた。


「大丈夫。二発とも一週間ぐらいアザになるだけだよ。僕は二人を追いかける。クインリーさんたちを逃がしたらここへまた戻ってくるから」


 ナナトは銃を構え、駆け出した。

 

 どうなってやがる。


 犬の獣人グリシェンコは、冷や汗を垂らしながら旧劇場エントランスの石柱の裏に隠れて奥を窺った。ライフルを用意した十人の手勢でなだれ込んだのはいいものの、松明の灯かり役だった二人が早々と銃弾で倒れ、次いで三人、そして今目の前で新たに二人がほぼ同時に撃破された。


 夜目のきく獣人でも相手にしているのか? 

 だがそれにしたってやられるのが早すぎる。

 

 暗闇の中で銃撃が一瞬光ったと思ったら横の仲間が倒れていくのだ。多勢の利を活かして奴らを中へと追い込むはずが、一歩たりともエントランスから先へ進めず、逆に相手が段々と出口に近付いてくる。こちらは自分をあわせて残り三人。


 グリシェンコは目を凝らして暗闇を見た。匂いと見た目から判断して、先ほどから銃を撃って進んでくるのはどうもヒトの女のようだ。かなりの手練れであるのは間違いないが、ヒトならいっそ距離を詰めて素手で組み伏した方が有利になる。グリシェンコは息を殺して隙を窺った。


 ツアムは大きな銅像の裏に背中をくっつけてエントランスの様子をさっと見つめた。出口まで残りおよそ三十メートル。ドーム型のガラスから月光が差し込む目の前のエントランスさえ抜ければこちらのものだ。外に出て林の中へ駆け込める。

 

 ツアムがこれまで倒した敵は七人。素人のような動きと反応からして、銃で戦い慣れていないチンピラ集団といった印象を受けていた。少なくとも軍人やギルダーの類ではない。だが相手側も人数が少なくなって警戒しているのか、靴音さえ響かなくなった。膠着こうちゃく状態になりそうだ。

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