第82話 合流

 ち、閉められたか。


 林の中からカッシュの様子を見ていたツアムは、搬入口の扉が閉じられてしばらくしてから飛び出し、急いで駆け寄って両面扉を押してみた。開かない。内側から閂か何かで固定されている。


 他に入口がないか搬入口から少し離れて旧劇場を見上げていると、横から草むらを押し付ける足音が聞こえてきた。身を隠す暇もなく、スキーネとルッカが角から現れる。


「ツアねえ? どうしてここに?」


「スキーネか。熊の獣人を尾行してここまで来たんだ。ルッカもいるということは例の医者もこの中へ?」


「いえ、直接建物の中へ入ったところは見てません。丘を上ってくる途中で見失ったんです」


「何かしら、この大きな扉」


 スキーネが歩きながら搬入口のところまで来て片手で押してみた。


「無理だ。びくともしない。内側から鍵がかかっているみたいだ。あまり大きな音を立てたくないし、ここから入るのは諦めよう。他に入れそうな場所はあったか?」


「半周したけどここ以外に入口はなかったわ。ところどころバルコニーはあっても位置が高すぎるの」


「そうか…」


 ツアムが考え込むと、ルッカが低い声で言った。


「坂の方から足音が聞こえます。誰か上って来たようです」


 建築責任者ウドナットは、息をぜいぜい吐きながらようやく旧劇場の入口までやって来た。肩に背負った銃をいったん下ろし、シャツの袖で額の汗を拭う。自宅を出てからクインリーのピンチに駆けつけたいという一心で肺に無理を強いてここまでやって来た。胸ポケットから鍵を取り出し、旧劇場の正面入り口に立つ。


 休憩は中に入ってからしよう。早く中へ入るんだ。


 ウドナットは入口の鍵を開け、旧劇場内へと体を滑り込ませた。扉が閉じられてしばらく経ってからそこへポピルがやって来る。


「開かねえ。中から鍵をかけやがったか」


 正面入り口の扉を押してみたポピルは無反応で答える扉を前に後ずさった。


「ポピル? あなたもここへ来たの?」


 ポピルが声に驚いて横を見ると、スキーネ、ルッカ、ツアムがいた。


「おお、みんな揃いもそろってどうしてここに?」


「あなたと同じ理由よ。どういうことしら、三人はグルだったの?」


 スキーネがツアムを振り返って訊くと、ツアムはかぶりを振った。


「いやおそらくそれは違う。もし仲間だったとしたら三人揃ってここへ来たろうし、別々の入口から入るのは不自然だ。ポピルが追っていた男はどうやって正面入り口から入ったんだ?」


「後ろ姿しか見えなかったら正確なところは分からないが、ごく普通に鍵を開けて入ったと思う」


「やはり変だ。鍵があるとわかっているのならわざわざ扉を蹴破ったりしない。少なくとも熊の獣人と今入っていった男はグルじゃない」


 ポピルはもう一度正面入り口の扉を触れてみた。美麗なデザインが施されていて材質は木のようだ。


「どうする? 俺のライフルならこの扉を吹き飛ばせるぞ」


「中にクインリー・カースティがいるかどうかもわからないんだ。余計な騒ぎは起こさないほうがいい。ここで待とう」


 ツアムはそうポピルをさとした。

 

 ♢♢♢♢


 同じ頃、橋の上にいた犬の獣人のもとへ一人の手下が駆け寄ってきた。


「駄目です、親分。あの女優はどこにも見当たりません。きっともうこの橋の近くにはいないんです」


 手下からの報告を受け、犬の獣人は大きな声で悪態をついた。近くにいた曲芸師が思わず飛び上がって明後日の方向へ駆けていく。街の中で最も大きいこの橋にあるのはいつも通り人が賑わう景色だった。


「あの人間のガキめ! あいつさえ邪魔しなけりゃ簡単に終わる仕事だったんだ! あの女優を馬車に載せてクライアントが到着するまで待機させておくのが契約だ! これじゃあ報酬が受け取れねえ! もうツケで酒は買っちまったんだぞ!」


 怒りのあまり喉を食い破らんとする形相で犬の獣人は行ったり来たりを繰り返す。

 甘かった。

 クインリーの匂いを覚えた自分なら、街の中で彼女を見つけ出すのは容易だと思っていた。だが頼みの匂いは例の藁を載せていた荷馬車だけで、それが通り過ぎて以降はどれほど鼻を利かせても嗅ぎつけられない。これなら大人しく旧劇場で待ち伏せしている方が利口だった。報酬目当てにクインリーを捕まえて自分たちの馬車に拘束しようと躍起になったのが仇となった。


 手下のヒト種はおののきながら声を絞った。


「ど、どうしましょう、親分」


「全員を集めろ。これから馬で旧劇場へ向かう! 仕事の失敗など知ったことか! あのガキに礼をしてやらねえと今夜俺は眠れねえ!」


 手下たちは頷いて散開した。

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