第63話 奴隷
午後になるとスキーネ、ツアム、ルッカは劇場を回る順番になり、ナナトとポピルの二人は、クインリーの控室のドアの両脇に設置された椅子に座りながら他愛もない話を喋っていた。
「体が
ポピルが自分の持つチャージ・ライフルを撫でる。ふと思いついたナナトは辺りを見回した。廊下には二人以外誰の姿も見えない。
「ねえポピル、聞きたいことがあるんだけど」
「ん? なんだ?」
「奴隷についてどう思う?」
「奴隷?」
意外な話題を振られたので、ポピルは思わず横にいたナナトを見た。一瞬目が合ったナナトは、ばつが悪いといった表情で視線を落とす。
「なんだナナト、奴隷でも買うつもりなのか?」
「いや、そういう訳じゃないけど…」
「ああ、そういえばこの国で奴隷売買と使役は禁止だったな」
ポピルは体を伸ばして天井を見上げる。
「まあ、奴隷になった人間は悲惨な人生だろうな。奴隷制を今も合法としている国は北の国ウスターノと西の国アトラマスだが、一度奴隷の身分まで落とされた奴は死ぬまで命令される仕事から解放されることはない。とはいっても、今どき奴隷を買うっていうのは世間体が悪いんだぜ。昔は奴隷を買って自分の身の回りの世話をさせるのが裕福になった証ともてはやされたみたいだが、今じゃ逆に、金でしか人を動かせない人間だと周りから悪評を立てられるらしい。あっ、勘違いしないでくれよ!」
ポピルが慌てた様子でナナトに向き直った。
「俺は奴隷なんて買ったことも命令したこともないからな! さっきも言ったように、奴隷を使って商売している人間は白い目で見られる。アトラマスではな。俺の国で奴隷制が認可されているのはあれだ。年老いて体が弱くなってきた老人が家の世話を頼むときとか、規模の大きい農園で農作物の収穫を手伝ってもらうときとか、だいたいそんな一時的な場合が多いんだ」
「ポピルを責めたいんじゃないよ」
ナナトが首と両手を横に振りながら答える。
「ならよかった。…そういえば知ってるか? 五国の中で唯一奴隷制度に反対したのが南の国カドキア。なんでこの国だけ奴隷の法律を設けなかったのか」
「もともとカドキアは凶暴な亜獣が数多く生息する危険な地帯だからでしょ? ここで住む人にとっては、亜獣を倒すためにヒトや半獣人や獣人なんて種の違いは関係なく協力していくしかない。だから特定の種族を貶めて自分たちに都合よく働かせるっていう発想を卑しいと考えたんだ」
「なんだ知ってたのか」
「ちょっと勉強したんだよ。もともと奴隷制度は北の国ウスターノが領土を広げる目的で法律にしたんだ。毎年冬に深い雪で閉ざされるウスターノにとって、雪が地面を覆っていない限られた期間で農地を開墾するにはどうしたって人手がいる。だから罪を犯した人たちを無給で働かせたのが始まりで、徐々に力の優れた獣人たちを多く使役するために法律を作ったんだ」
「地域争いの戦いに負けた獣人たちを収容したり、子供を育てる金がない家庭から買い取ったり、もっと悪い場合だと
「そう。とにかくウスターノの繁栄ぶりを見たアトラマスとヴァンドリアが自分たちも倣おうと続き、最後にこのヤスピアでも奴隷を働かせてもいいと法律で制定された。でも南の国カドキアだけは、種で差別し酷使させながら一方的に富を
「ヴァンドリア一国と、他の四か国による連合軍との戦争だな。英雄シオデンが活躍した。五つの国が争った中で、最初に降伏し、条約によって奴隷制を放棄したのがここ、ヤスピアだ。戦争に勝ったヴァンドリアからすれば、再び奴隷を使って国力を蓄えられたんじゃたまらない。次いでカドキア、アトラマスがヴァンドリアに屈し、最後にウスターノも降伏を受け入れた」
「そう。そして戦争終結後、ヴァンドリアは奴隷の力ではなく、平等と公正によって国を発展させるという理想を掲げて奴隷制度を撤廃。今じゃアトラマスとウスターノの二国が制度を残してる」
ポピルがぽりぽりと頭を掻いた。
「あれ? いつの間にか奴隷の授業みたいなことやってるな。最初に何を話してたんだっけ?」
「僕も何を聞こうとしたのか忘れちゃった」
ナナトが椅子に座り直して言った。
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