第32話 次なるクエスト

 ポピルが山中を駆け回り、先を進んだツアムたちのもとへ息も絶え絶えに戻って来たときには、すでに正午前になっていた。


「まさか本当に宝石を取り返してくるとはな」


 膝に手を当てて荒い呼吸をするポピルにツアムが感心、というより呆れ口調で言った。ポピルの手には先ほどカラスに奪われたトパーズが握られている。一応、ファヌーの進むペースを通常より三分の一に抑えて移動していたとナナトはわかっていたのだが、ここは何も言わないことにした。


「た、容易いことだ」


 過呼吸寸前のポピルが歯を食いしばって答えた。鬱蒼とした森の中を脇目も降らず進んだらしく、体のあちこちが汚れ、髪には木の葉や蜘蛛の巣がついている。どうやら木に登ってカラスの巣から宝石を取り戻してきたらしい。


「ス、スキーネ…ほら…受け取ってくれ」


 泥人形のような顔でポピルはスキーネを見上げ、トパーズを差し出した。


「せっかくだけど遠慮するわ。カラスの糞がついてるわよ、それ」


 スキーネが指摘し、ポピルははじめてトパーズの現状をまじまじと見つめた。


「あ、ホントだ」


「あなたが報酬で受け取ったものよ。あなたが持っているといいわ」


 ポピルが落胆してライフルの銃床を地面に下した。ナナトが心配そうに声をかける。


「大丈夫?」


「なんの…これしき…俺は…英雄になる男だ」


 休憩するポピルたちから離れ、スキーネはルッカへと近寄った。


「わからないなあ。どうして男の子ってああも英雄に憧れるのかしら」


「それはおそらく、私たち女が美しさに憧れるのと同じ感情なんじゃありませんか?」


「でも美の追求なら努力した分だけちゃんと自分に返ってくるでしょう? 男の子が目指す英雄って誰しもがなれるわけじゃないわ。まあ、努力する男の姿ってカッコいいとは思うけど」


「…スキーネ様」


 ルッカが一度振り返って、距離があることを確かめてからスキーネに囁いた。


「あのポピルという男がスキーネ様に恋慕れんぼしているのは明らかですが、まさか心動かされたりはしませんよね?」


「天地がひっくり返ってもあり得ないわ」


「それを聞いて安心しました」


 親が設定したお見合いを嫌がって家出したのに、どこの馬の骨ともわからない男を恋人として連れて帰ったりしたら、おそらく責められるのは自分だろうとな、と予感したルッカだった。


 ポピルを加え、五人となったチームはファヌーを連れて旅を続ける。

 雨が降り出したのは、一行がワンガホの街まで残り三キロという看板を目にしたときだ。朝出発した時点では雨の降る気配など微塵もない上天気だったのに、いつの間にやら灰色の雲が天空を占め、ポト、ポト、と雨粒が森の葉を叩き始めたと思うと、すぐにそれはどしゃぶりの線へと変貌して大地に降り注いだ。


 近くの木陰で雨宿りしようかと話し合ったものの、結局五人はレインコートを着込み、ワンガホまで残りの道を急ぎ足で進むことに決めた。


 人口が千人を超える街、ワンガホは、レンガでできた家が立ち並ぶ道の広い宿場町だ。ひとまずツアムたちは宿屋へ駆け込むと、部屋を二つ借りて濡れた衣服を着替える。髪を拭き、渇いた服と靴の着替えを十分で済ませたナナトとポピルは、銃を手にして隣部屋のドアをノックした。


「スキーネ、俺とナナトは着替えが終わった。そっちはあとどれぐらいかかりそうだ?」


 ドア越しにスキーネの声が響く。


「ええ? あなたたちシャワーは?」


「浴びてない。な?」


「うん」


 ポピルとナナトが答えると、スキーネのあからさまなため息が聞こえてくる。


「身だしなみに気を使わない人は楽でいいわね。こっちは今、ツアねえがシャワー使ってて、もう少しかかりそう」


「具体的な時間は?」


「そうね。二十分ってとこかしら」


「なら、俺たちが先にギルドの斡旋所へ行ってクエスト受注してきてもいいか?」


「うーんしょうがないわね。いいわ。あ、ちょっと待って。ツア姐、何? …………わかった。ポピルまだそこにいる?」


「おうとも」


「ツア姐からの伝言。できるだけ弾代が支給されるクエストを見繕ってくれって」


「心得た!」


 こうして、ポピルとナナトが二人で先にギルド斡旋所へ行くこととなった。


 スキーネとルッカがギルドへ向かったのはその二十分後だ。

 賑やかなギルド内に入ると、テーブルの一角にポピルが座っていて、紅茶を飲んでいるところだった。スキーネとルッカも飲み物を注文してポピルの向かい側へ座る。


「ナナトは?」

 とルッカ。ポピルがギルドの端を指差した。


「あそこだ。最新の情報板じょうほうばんを読んでいる。あの歳でニュースに興味を持つなんて変わった奴だよな」


 スキーネとルッカは同時に差された指の先を目で追い、大きな黒板の前で立ちながらじっと読み込んでいるナナトの後ろ姿を見た。情報板じょうほうばんとは、各国の政治の動きや経済状況、目立つ事件や大きな事故などを黒板に手書きで記されたもので、移動の激しいギルダーたちにとって、新聞代わりに世の中の流れを把握できる情報源である。首都に近いギルドであれば大概は常備されており、簡易な時事ニュースが無償で公開されている。


「ツアムの姐御あねごは?」

 

「先に銃販売店へ行って弾薬の相場を見てから来るとのことです。いいクエストはありましたか?」


「ああ。すでに予約も申し込んできた」


 ポピルがニヤリと笑ってポケットから四つ折りにされた紙を取り出し、二人に見せる。


【五級クエスト・髭猪ひげいのしし三十頭の討伐】

メンバー 制限なし

報奨金 二十五万リティ

弾代金 十万リティまで支給。別途、電撃弾百発支給(余った弾は所得可)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る