第93話『ノルデンハーフェンを目前に』
かの世界この世界:93
『ノルデンハーフェンを目前に』テル
世界そのものが生き物なんじゃないかと思うようなニオイがしてきた。
街道には街道の、草原には草原のニオイがした。
でも、それは土のニオイであったり、草いきれや花の香という、世界の中に存在しているもののニオイにすぎない。
しかし、海のニオイというのは圧倒的で、もう世界そのものの体臭のように迫って来る。
かと言って目の前に海が広がっているわけではない。
ムヘン最大の港町であるノルデンハーフェンは眼前の峠と言うのも気が引ける街道の鞍部を超えたところで見えてくるらしい。
この世界に来て海を見るのは初めてだ。
ムヘン川にもエスナルの泉にも水はあったが、こんなに圧倒されるようなものではなかった。
ガクンガクン
歯車の咬み合わせが悪くなったような音をさせたかと思うと、つんのめるような感じで四号は停まってしまった。
ブルン ブルン……ブルン ブルン……
タングリスがイグニッションを掛け直すが、一瞬身震いするだけで四号のエンジンはストップしてしまう。
「エンジンの具合が悪いのか?」
「どうも、この四号は海が嫌いなようです。潮の香りがしてきたとたんに故障のようです」
そう言うと、タングリスは操縦手ハッチを開けて車外に飛び出した。車体をめぐる音で後ろのエンジンハッチに向かったことが分かる。
「ロキ、操縦席にまわれ、ケイトとテルは手伝ってくれ」
ブリュンヒルデは車長らしく指示するとキューポラから飛び出した。
「ムー、わたしは?」
指示のなかったポチが一人前にむくれる。
「ポチは上空で警戒に当たれ、それでいいよね、タングリス?」
ロキが咽頭マイクを喉に押し付けて聞くと――ああ、それでいい――とレシーバーからタングリスの声。ポチは「わかった!」の一声を残して、四号の上空へ飛び上がっていった。
「キャブレターか点火プラグか……」
タングリスはトラブルの原因を絞り込んで調べ始める。
「我が魔力をもってすれば一瞬で直せるであろうが、安直な解決は先々への禍根になるやもしれず、残念だが見守っておることにするぞ」
「残念がらなくてもけっこうです、二人一組になって足回りのチェックをお願いします。ゲペックカステンの中に点検用のハンマーが入っていますから」
「そ、そうか、しかたあるまい」
「ブリュンヒルデ、休む気満々だっただろ」
「うっさい!」
ケイトに指摘されると、手にした野戦用レーションをハンマーに持ち替えて目配せする。
「はいはい」
その成り行きで、わたしはブリュンヒルデと、ロキはケイトと組んで四号の左右に分かれて点検を始めた。
戦車の点検はSLのそれに似ている。目視で異常がないかを見ながら柄の長いハンマーであちこちを叩いていくのだ。
カンカン カンカン
四号の左右で小気味いい音が響く。
しかし、四号の足回りは音の割には良くなかった。
「履帯のピンがヘタって切れそうなのがあるなあ」「転輪のボルトが欠損してるのがある」「履帯も新旧取り混ぜ……限界のがある……」
真剣に見ると、あちこち心もとない箇所が発見される。その間にタングリスは十二個のプラグを全部外し、半分以上が寿命であるとため息をついた。
「この路上では修理しきれないなあ……」
タングリスを囲んで、みんなが腕を組む。タングリスというのは、こんな苦境にあっても美しい奴だ。眉間に刻まれた皴でさえチャームポイントに見えてしまう。
むこうから、変なのが来るよーーーー!
上空でポチが叫んだ。
☆ ステータス
HP:7000 MP:43 属性:テル=剣士 ケイト=弓兵・ヒーラー
持ち物:ポーション・55 マップ:6 金の針:0 所持金:500ギル(リポ払い残高35000ギル)
装備:剣士の装備レベル15(トールソード) 弓兵の装備レベル15(トールボウ)
技: ブリュンヒルデ(ツイントルネード) ケイト(カイナティックアロー)
白魔法: ケイト(ケアルラ)
オーバードライブ: ブロンズスプラッシュ(テル) ブロンズヒール(ケイト)
☆ 主な登場人物
―― かの世界 ――
テル(寺井光子) 二年生 今度の世界では小早川照姫
ケイト(小山内健人) 今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる
ブリュンヒルデ 無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘の姫騎士
タングリス トール元帥の副官 タングニョーストと共にラーテの搭乗員 ブリの世話係
タングニョースト トール元帥の副官 タングリスと共にラーテの搭乗員 ノルデン鉄橋で辺境警備隊に転属
ロキ ヴァイゼンハオスの孤児
ポチ ロキたちが飼っていたシリンダーの幼体 82回目に1/6の人形に擬態
―― この世界 ――
二宮冴子 二年生 不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば光子の命が無い
中臣美空 三年生 セミロングで『かの世部』部長
志村時美 三年生 ポニテの『かの世部』副部長
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