第51話『自己紹介の前にバケツリレーだ』


かの世界この世界:51     


『自己紹介の前にバケツリレーだ』   






 近づいてみると半分近くが焼け跡だった。




 残りは火事の後に住めなくなって放棄され、雨風に晒されて朽ち果てた様子だ。


 ムヘンで一番安全と言われるシュタインドルフが、こうなってしまうには事情があったんだろうけど、事情に思いいたす前に無残さに気持ちが萎えてしまう。


 S字の坂道を上れば入り口というところで子どもたちが駆けだしてきた。


 ウワー戦車だ! カッコイイ! 兵隊さんだ! ロキ乗ってる! フレイも! あたしも乗りた~い!


 後ろから修道女めいた、たぶん先生が追いかけて、なにやら注意しているが、子どもたちの馬力は、その上を行く。


 孤児院の敷地に入って停めようと思っていたが、取り囲まれてしまったので、やむなくゲートの前で停車した。




「辺境警備隊のタングリス一等軍曹です、支援物資を搬送してきました、あ、危ないから、触っちゃダメだよ」


 履帯や転輪を触り、よじ登ろうとする子もいるので、大人たちはロクにあいさつも出来ない。


「これ、みんな。最初はご挨拶でしょ」


 遅れてやってきた年かさの女先生が声をかけて、やっと子どもたちが落ち着いた。


「じゃ、ご挨拶。ようこそヴァイゼンハオスへ」


「「「「「「「「「「「「「ようこそヴァイゼンハオスへ!」」」」」」」」」」」」」


 先生が音頭を取ると、子どもたちは揃って挨拶を返してくれる。


「オッス、みんな待たせたな」


 ロキが砲塔の上に立って偉そうにするが気にとめる者はいない。


「軍曹さん、先にお水を……」


 遅れてハッチから出てきたフレイがご注進。


「そうだな、水に困っておられるようでしたので少しばかり汲んできました」


「それは助かります」


「後ろの水槽に入れてありますので、リレーしましょうか?」


「はい、みんな、バケツを持ってきてちょうだい!」


 ハーーイ!


 先生の指示で、子どもたちはバケツを取りに戻った。


「じゃ、戦車を中に入れます。いいですか?」


「はい、左側のドアに寄せてください。キッチンですので」


 先生の指示で、戦車を指定の位置に持っていく。


「二号戦車でも大きく感じる」


「そこ、花壇が……」


「避けていると入らないなあ」


 二三度車体を動かしてみるが、安全を考えて花壇の手前で停車させる。


「じゃ、要所要所に大人が立ってリレーしましょう」


 戦車側に乗員、キッチン側に先生が立って、間を子どもたちが入ってバケツリレーが始まった。


 その間「ちょっと」とか「あのう」とかでは喋りにくいので、リレーをしながら自己紹介をやった。




 子どもたちはロキたちに似た年頃の男女合わせて十三人。 


 先生は院長のベストラさんと、去年赴任したばかりのフリッグさんだ。




 こちらは、四名の乗員がぜんぶ女なので驚かれたが、子どもたちは早くも発見してしまったゲペックカステンのお菓子に目を輝かせ、ろくに聞いてはいない。


 しかし、先生たちの指導が行き届いているんだろう、作業が終わったらお菓子を配ると分かると、チャッチャと自己紹介とバケツリレーに集中した。


「この村は、いったいどうしたんですか?」


 作業後、ダイニングで休憩。まず、わたしが切り出した。


「はい、シュタインドルフはオーディンシュタインのご加護で魔物は寄せ付けないんですが、オーディンシュタインというのは巨大な一枚岩でしてね……村は、その一枚岩の上に乗っかているようなものなんです」


「岩はとても硬くて水を通しませんし、井戸を掘ることもできません。それで、水はムヘン川へパイプを伸ばしポンプでくみ上げていました」


「去年、火事が起こったんです」


「シュタインドルフはオーディンシュタインの分だけ小高くなっていましてね、ムヘン川から吹く川風が駆けあがってくるんです。消火に使える水も乏しく、あっという間に燃え広がってしまいました」


「村人たちは孤児院を大事にして下さって、なんとか類焼は免れましたが、ポンプ小屋と水槽タンクをやられてしまいまして」


「その後の嵐で、残った家々も無残なことになってしまいまして、今では、この孤児院を残すだけとなってしまったんです」


「フリッグ先生が赴任される前は、暖かくなったら、聖府にお願いしてムヘンブルグに移ろうと思っていたところです」


「子どもたちは、このシュタインドルフが好きなんですけどもね」


「ね、いちどポンプとか水回りを点検してあげない? 必要とあらば、このブリが堕天使の力を使ってあげるわ」


「堕天使はともかく、点検はやっていいんじゃないかな。力仕事なら戦車の力も使えるだろうし」


「そうですね」


 ブリ提案し、グリが組んだ腕を解いたのがスタートになった。


 戦車の外装工具や、ゲペックカステンに残っていた少しの工具を使って点検作業が始まった。




☆ ステータス


 HP:2000 MP:1000 属性:テル=剣士 ケイト=弓兵・ヒーラー


 持ち物:ポーション・25 マップ:3 金の針:5 所持金:8000ギル


 装備:剣士の装備レベル10(トールソード) 弓兵の装備レベル10(トールボウ)


 憶えたオーバードライブ:ブロンズヒール(ケイト) ブロンズスプラッシュ(テル)


 


☆ 主な登場人物


―― かの世界 ――


 テル(寺井光子)    二年生 今度の世界では小早川照姫


 ケイト(小山内健人)  今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる


 ブリ(ブリュンヒルデ) 無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘


 グリ(タングリス)   トール元帥の副官 タングニョーストと共にラーテの搭乗員 ブリの世話係


―― この世界 ――


 二宮冴子  二年生   不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば光子の命が無い


 中臣美空  三年生   セミロングで『かの世部』部長


 志村時美  三年生   ポニテの『かの世部』副部長 


 

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