第8話

 一通りそいつらの攻撃が終わると、再び平穏に近い暮らしが戻ってきた。

 たまにあるのは食われたり刈り取られたりするくらい。その程度なら、圧倒的に規模を拡大させた私たちにとっては無傷のようなものだった。

 平穏な時間の中で、それでも危機感は忘れることがなかった。いつ何時、あいつらが熱気を使って攻撃を加えてきたような新たな脅威が訪れるとも限らない。持てる資源を最大限に活用しながら、これまでよりもさらに遠くへ規模を伸ばしていく。その時、土を巻き込むことを忘れずに。土で囲っていれば、刈り取られる頻度も少なくなる。

 新たに獲得した私たちの能力は、領域を広げることにも役立ってくれた。

 これまではどうしてもそれ以上進めない領域に出くわすことがあった。根や茎を伸ばそうとしても硬くてその前で立ち止まるしかできなかった。その方向を諦め、また他の身体を伸ばさざるを得なかった。

 だが、土の中にも同じくらい硬いものがあるのだろう。土を纏いながら根や茎を伸ばし進めていると、少しずつではあるが確実にその硬い領域にも入り込んでいくことができた。削れた硬い領域を取り込めば、さらに進みやすくなる。この好循環で、これまで壁だった場所まで少しずつ私たちの領域とすることができた。

 これまで入れなかった場所にまで勢力を拡大することができるようになり、感じられる世界が広がった。経験したことのない土の味や気温、他の生き物、その他ありとあらゆる周囲の環境。新しい何かを感じるたびに、あの危機感からずっと抱き続けてきた目標を越えたのではないかという達成感を感じる。新しい環境の中には、今までの私たちには耐えられなかったような場所もあった。それでも、土を纏いながら進んでいくとその環境変化を感じながらもなんとかその方向へ向かって歩みを進めていくことができた。熱気への防御として編み出した手段は、気温や不適な環境への防御にもなっていた。

 そして、その広がりの最中に。

 不意打ちだった。突然の出会いに、その瞬間思わず身体をすくめてしまう。

 まさかこんなところで出くわすとは。彼らや同じ経験をした仲間たちがいた場所からはだいぶ離れている上、環境も全く異なる。土はひどい味がし、地上に出るのをためらうくらいに気温も低い。

 だが、感じられる振動は紛れもなくあいつらのものだった。私たちに向かってくる時の振動と振動の間隔や強さ。他にはない、単発でそれぞれが鋭く響く振動。

 あの時の記憶が蘇る。

 最終的に勝ったとは言え、それまでには多くの仲間たちが犠牲となった。あの反応によって変わり果てた姿にされた仲間、乱暴に刈り取られた仲間、熱気によって枯れ果てさせられた仲間。そんな生気を失った仲間たちを乗り越えてここまでたどり着いた。その犠牲を乗り越えるために費やした資源、かかった時間。それは私たちの歩みを大きく鈍らせるものだった。

 そして、あいつらにその生を支配されてしまった彼らたちの思い。

 あいつらの振動が感知されたことが伝わると、彼らや同じ境遇だったもの達が激しく情報を伝達してきた。


 あいつらはこんな唐突な出会いから支配を開始する。

 少しの油断が命取りとなる。

 今では自分たちも攻撃手段を得た。

 ならばあいつらに先手を打って攻撃する必要がある。


 強い感情に載せて、彼らの直接的な情報が次々と伝えられてくる。全てにおいて結論は、ここであいつらに攻撃を加えなければならないということだった。支配の憂き目にあった彼らの力強い情報が、私たちの判断を後押しする。

 私たちにとってもその攻撃を否定する理由は全く存在しなかった。

 ここまでたどり着いた私たちの勢力を衰えさえたくない。これからもまだまだ、経験したことのない環境へと自分たちの力で踏み入れたい。

 そのためにはさらに私たちの生存を確立させなければならない。獲得した攻撃手段をさらに使いこなし、完全に自分たちの手中に収めなければならない。

 彼らを中心とした憎しみの感情と私たちの領域拡大への意識が合わさり、ここで出会ったあいつらに対する攻撃が決まった。まだ被害は出ていないが、この次に何をされるのかはこれまでの経験から推測できることだ。

 資源を集中させ急ピッチで準備を進める。振動は止んだが、あいつらがまたいつここに訪れるとも分からない。慣れない環境で反応が鈍りながらも、なんとか次の振動までには一定量の物質を蓄えることができた。

 環境が変わってもやることは同じだった。あいつらの動きが止まるまでに少しばかり時間がかかったような気もするが、ほとんど問題とはならなかった。何度も仲間たちと共にあいつらに対して攻撃を加えてきた後だった。最初から最後まで、なんの滞りもなく攻撃を成し遂げることができた。

 後には何体もの変わり果てたあいつらの身体が残っていた。根や茎と繋がったままのその身体たちを感じていると、まるで私たちが地上部に拡大させた新たな領域のように思われ、気分がよかった。

 その後もあいつらの振動を感じるたびに攻撃を加えていった。どの場所でもなんの障壁もなく次々とあいつらの身体を枯れ果てさせることができた。

 あいつらの振動は信じられないほど様々な環境で感じることができた。気温の高低、土の味など、私たちが経験したすべての環境に存在しているのではないかと感じられるほどだった。これまで私たちが認識できていなかったのがおかしいほどの密度で存在していた。彼らと出会い、私たちなりの攻撃手段を見つけるまでは、一部の仲間たち以外には関わりのない生き物だったのだろう。

 あいつらの身体から時たま妙に異なる感触がしたが、なすべきことは同じだった。どんな環境だろうが、少し感触が違おうが気にせず次々と反応を引き起こしていく。

 様々な場所に変わり果てたあいつらの身体が残された。

 異なる環境下でも、あいつらの身体の中に潜り込んでいれば耐え忍ぶことができた。あいつらのいた様々な環境で、その中にはこれまで地上部を伸ばせなかった環境もあるが、そのどこでもあいつらの身体を借りながら地上へとさらに高みへと伸ばしていくことができた。

 数え切れないほどそびえ立つあいつらの身体は、象徴としても、実際的な理由においても、私たちの思いを地上のさらに高みへと駆り立ててくれた。

 まだ経験したことのない場所は、私たちの上にもまだまだ広がっていたのだ。

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