漫遊旅団と主の決戦


 森の奥深くで漫遊旅団は陣を形成する。

 戦い慣れた者でも緊張の色を隠せないようであった。


 数日前から島の反対側で魔物の大群が集結しつつあった。これらの指揮を執っているのは三体の主。すでに島の大部分をとられている彼らにとって恐らくこれが最後の反抗だ。


 実のところ共存の道もあった。人に使われることになるであろうが、それでも多大な犠牲を生むであろうこの最終決戦を避けることはできたのだ。だがしかし、彼らは戦いを選択した。どちらが悪いといえば間違いなく俺達だろう。けれど人の生活圏は広がり続ける。俺達でなくとも誰かがここにやってきた。遅いか早いかでしかない。


 だったら王らしく堂々と散らせてやるのがせめてもの情けではないだろうか。


「敵のボスは三体。幽樹のトレント、捻切りの青トロール、狂牙のブラックハウンドだ。中でもブラックハウンドは頭一つ抜けて強い。全員油断せず必ず生きて戻れ」


 ネイの声に団員は威勢良く応じる。

 五人の遊団長も静かに荒々しく漲っていた。


「団長殿は今回も高みの見物でしょうか」


 キアリスから嫌みのような言葉を投げられた。


 ネイの口添えもあって団長として受け入れてくれている者は多い。だが、その反面未だに実力を疑問視されているのは俺もよく知っている。これは威厳を示す良い機会でもあった。


「俺も出るつもりだ。道は俺が作る。お前達は後から付いてこい」

「本気ですか? 相手は一体で複数の遊団長を相手にする怪物ですよ?」

「だからお前達で二体を始末させる。一体は俺が受け持つ」

「・・・・・・なるほど。団長自らそう申されるのならそのようにいたしましょう。ネイ副団長が入れ込むその実力、じっくり拝見させていただきます」


 たぶん拝見できるほど長い戦いにはならない。ほんの一瞬だ。


 ちなみに三体の敵ということもあり襲撃グループも三つに分けている。


 俺が率いる中央グループはブラックハウンドの率いるハウンド群が標的だ。

 ネイと二人の遊団長率いる右グループは、青トロール率いるトロール群へと攻め込む。

 キアリスを含めた三人の遊団長が率いる左グループはトレント率いるトレント群へと突撃する。


 敵は壁のように横に広く配置されているので、実際はイメージ通り綺麗に各個撃破とは行かないだろう。恐らく混戦になる。


 開始の笛が鳴らされ団員達は続々と出発する。

 俺が率いる団員達も武器を片手に落ち着かない。


「今から道を作る。少し待て」


 俺の言葉に団員は目を点にする。


 右手を突き出し魔力を込める。イメージは風。あれからずいぶん魔法を練習してきた。おかげで直線的なのは変わらないが出力をコントロールできるようになった。一応だが曲がるようにもなったのだ。


「風よ!」


 豪風が森を突き抜ける。

 地面をえぐり木々を天高く舞い上げた。


「行くぞ」


 突如として現れた真っ直ぐ続く道。グループの団員達は呆然と立ち尽くす。


「何をしている行くぞ。敵は主だけじゃない。気を引き締めろ」


 再起動した彼らは「おう!」と俺の後に続いて駆け出す。


 やはりというべきか最初に接触したのは俺のグループだった。正面から大きなブラックハウンドが群れを連れて接近する。ただでさえこの島の魔物は通常よりも一回りサイズが大きいというのに、主である個体は他が子供に見えるほど巨躯を誇っていた。


「主は俺が相手する。お前達は配下を」

「承知しました!」


 眼鏡をかけた中年冒険者が返事をする。

 漫遊旅団に入る以前は底辺冒険者と呼ばれていた人物だ。ネイに拾われたのをきっかけにめきめきと腕を伸ばし今では副遊団長である。俺も密かに彼を買っていて今回のグループのまとめ役に選んでいた。


 彼は的確な指示を下し、団員達が一対一に持ち込まれるのを見事に防いでいた。


「グルルルル」


 主は姿勢を低くして俺を最大限警戒する。


 ブラックハウンドとは何かと縁がある。俺の旅が始まったきっかけもブラックハウンドだ。だからこそこいつを選んだってのもある。因縁めいたものを感じてしまうのだ。


 主は一撃で決めるつもりで俺へ牙をむく。


「トール団長!?」

「心配ない」


 手刀を振り下ろしブラックハウンドは両断された。

 ほとんどの魔物はこれで充分なのだ。悲しいかな背中の聖剣を一年近く抜いていない。


 さて主は倒した。ここは彼らに任せて他を見に行ってもいいかもしれない。


「戦意のある奴だけ片付けろ。逃げる奴らは追うな」


 接触から数分で俺のグループは掃討戦へと移行していた。



 ◇



 森を猛スピードで駆け抜け左グループを発見する。


 左グループはすでに戦闘状態だった。


 人と魔物が入り乱れ統制がとれているようには思えない。

 リーダーであるキアリスは、ダークエルフのベナレとナンバラと共に幽樹のトレントと激しい戦いを繰り広げていた。


「きょえぇええええええっ!」


 キアリスの奇声を伴う鋭い斬撃が敵の体を斬る。

 だが、堅く分厚い外皮は刃をものともせず太いつるが彼へ振るわれた。


「大切断!」


 遺物大斧でナンバラがつるを切り落とす。

 すかさずベナレが三節混で重い一撃を打ち込んだ。


 互角。三対一でなんとか対等に戦えている状況だ。


「なんて堅い皮膚だ。いや、この場合樹皮か。核を斬れば我々の勝ちだが肝心の刃が届かない。片手剣と三節棍では不利。可能性があるとすればナンバラだ」

「手伝ってやろうか?」

「貴様っ!? なぜここに!? ブラックハウンドはどうした!」


 声をかけるとキアリスは目を大きく見開き驚く。


「なぜって片付けたからに決まってるだろ」

「だとしても中央グループがいるだろう場所とここでは距離がある。なぜこの短時間で来られる!?」


 そりゃあダッシュでここに来たからな。

 自慢じゃないが俺の脚は騎獣など相手にならないくらい速い。


「さすが団長殿。もう仕留められたとはナンバラ感激」

「・・・・・・一応聞くけど、手伝った方がいいか?」

「不要だ。我々だけでなんとかできる」


 ナンバラが返事をする前にキアリスが返答した。


 確かに徐々にだが三人はトレントを追い詰めている。それよりも問題は団員の方だ。トレントの群れに苦戦しているようであった。


「じゃあ他のトレントを片付けてくるよ」

「何を言って――」


 俺は敵の兵であるトレントだけを手刀で斬る。


 あまり減らしすぎてもいけない。トレントは人知れず森のバランスを保ってくれている魔物だ。虫に益虫があるように魔物にも有益なものがいるのだ。その代表がトレントなのである。


 トレントを数分で半減させたところで俺は左グループから離れた。



 ◇



 右グループは圧倒的だった。


 敵兵であるトロールの群れを物量などものともせず押していた。

 トロールの身長は5、6メートルあって、鈍重で動きが遅い反面魔物の中でも屈指のパワーを誇っている。相手が得意とするパワー戦で真正面から挑んでいたのが右グループであった。


 構成メンバーはいずれも物理攻撃を得意とする愛すべき戦闘馬鹿達だ。


 ネイの後に続くのは己が拳を最大の武器とするグルジン。さらに後続もノコギリ剣のバロンナ、殴盾のドルツ、鉄指のシュビ、など内外でも名が知られている猛者ばかり。三つのグループで一番凶暴な相手に当たってしまったのだ。トロール達は。


 そんな武闘派メンバーの中で唯一毛色が違う奴がいた。


「どうしてオイラがこのグループなんだ! こちとら頭脳系じゃんよ!」


 トロールを投げ飛ばす錬金術師のタキギである。


 頭脳系とかいいつつしっかり対応している。彼が得意とする薬品バフもしっかり仲間へ行い全体が数倍のパワーを生み出していた。やはりタキギはこの配置で良かったらしい。


 彼を右グループに入れたのはネイのサポートが目的だった。しかし、俺はまだ彼を低く見積もっていたらしい。


「主を倒したぞ! アタシ達の勝ちだぁああああっ!」


 ネイとグルジンの働きによりトロールのボスは倒される。

 頭を失ったトロール達は急速に瓦解し、深手を負った魔物達はちりぢりに逃走する。


 こうしてオーディン島をめぐる人VS魔物の戦いは人の勝利で幕を閉じた。

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