210話 戦士は母の故郷へ
とん、ととん。足場から足場へジャンプ。
水面から突き出た遺跡を足場に地道に島を目指す。
先を行くのはフラウ。
後ろにはカエデが付いてきていた。
さらに何度か跳躍を繰り返し、俺達は半ばほどにある広めの足場で休憩する。
「島までもう少しね」
「思ったより人が集まっているようだな。焚き火の煙があちらこちらに見える」
振り返ると二十を超える煙が昇っていた。
予想以上に多くの人がこの地に集まっているらしい。
全員がセインを目的に来ているのだろうか。そして、肝心のセインはどこにいるのか。
「こちらをどうぞ」
「サンキュウ」
カエデから水筒を受け取り喉を潤す。
湖の上ではあるが、照りつける太陽と足下からの反射で意外にも暑い。
時折、ぬるい風が吹いて鏡のような水面が波打つ。穏やかで心の落ち着く実に良い景色である。
母さんもこの景色を見ていたのかな。そう思うと感慨深い。
さて、島までもう少しだ。
頑張って跳ぶぞ。
再び遺跡を足場に跳躍を繰り返す。
がららっ。俺が乗ると同時に足下が崩れた。
反射的に次へ跳ぶ。小さな衝撃で崩れてしまうほど朽ちていたようだ。足止めを喰らったカエデが沈んで行く遺跡を見下ろしていた。
「来られそうか?」
「はい。問題ありません」
彼女は九本の尻尾を広げ、魔法で風を創り出す。
ふわりと浮き上がったかと思うと、俺のすぐとなりで静かに着地した。
すげぇ。短時間なら飛べるんだな。
さらに驚いたのは、飛行している最中でもスカートがほとんど揺れないことだ。微細なコントロールで押さえているようだった。
「まだぁ?」
フラウが一つ先の遺跡で待ちくたびれていた。
◇
「よっと、ここが湖の中心か」
島へと着地した俺は、
深緑の木々に覆われた小さな島。
三十分もあればぐるりと一周できそうだ。
島には船着き場らしき場所もあって、小型のボートが縄に括られ揺れている。水辺から奥に向かって道が敷かれており、申し訳程度に置かれたたった一本の街灯が風で揺れる。
本当に母さんはここで暮らしていたのか。あまりにも寂しい場所じゃないか。
静かで景色も良い。けれど、ゾッとするほど人気がない。
「ご主人様……」
「行こう」
「当然よね。ここまで来て、引き返すとかあり得ないし」
フラウがカエデの尻尾に抱きつき顔を埋めている。
俺達は雑草に埋もれつつある石畳を進む。
「何か反応は無いか」
「今のところは」
カエデが鑑定スキルで索敵してくれているが、人どころか魔物も見かけないらしい。
島にいるのは精々鳥か小型の獣だ。周囲の草むらには生き物に踏まれた跡がない。この現在歩いている道ですら何年も人が通っていない雰囲気だ。管理されている感じがない。
奥に行くほどに草は生い茂り、途中からは歩いているのが道なのかも確認が難しくなる。
本当にこんな場所が母さんの故郷なのか。
俺はもっと、こう、もう少し楽しくて嬉しくなるような、温かい場所をイメージしていたのだが。これじゃあまるで、母さんはひとりぼっちだったみたいじゃないか。
なんだよこれ。誰か、誰かいないのか。
「ご主人様!?」
「どしたの、主様!??」
無我夢中で草を掻き分け先を急いでいた。
この島の状況が、嫌な感覚を抱かせたからだ。
「はぁはぁ……」
広い場所に出た。
腰ほどの高さの草が生え、薄緑色の絨毯のように広がっている。その中心に聖武具の神殿のような純白の建物があった。
導かれるように足は自然と建物へ向かう。
「なんだか寂しい場所ですね」
「やっぱり人をぜんぜん見かけないわよね。主様のお母様、ひとりぼっちで生きてたのかしら。それとも当時は誰かいたとか」
俺は首を横に振る。
何も分からない。ここが本当に母さんの故郷かどうかすら。
しかし、ロズウェルは『現地で行う手順』の記憶を俺にくれた。ここはまだ古都ではないのかもしれない。そう信じたい。
草を踏みしめながら建物へ近づく。
真っ白な階段を上がり、閉め切られた扉の前で止まった。そっと扉に触れる。
「うっ!?」
頭の中で絵や言葉が、津波のように押し寄せる。
そのほとんどは俺には理解できないが、この先にある
なるほど。まだ目的地には到着していなかったのか。
「ご主人様、大丈夫ですか?」
「問題ないよ。つーか、まだ先はあるみたいだぞ」
「え?」
扉を押し開け中へ入る。
ずいぶん永く放置されていたのか、光が差し込むと同時に大量の埃が舞った。
気にせず先へ進みそれを見つける。
「なにあれ。おっきな玉が浮いてるけど」
「遺物、なのでしょうか」
十メートルを超える銀色の球体。
表面はくもり一つ無い鏡面で、微動だにせず僅かに宙に浮いている。その手前には石版が置かれていた。
俺は迷うことなく石版に触れる。
奇妙な話だが、行き方はすでに知っていた。
『スキャン開始。ステータス偽装透過、遺伝子情報確認、評価SS、超長距離転送装置の操作を許可します。ようこそ第三タウンゲートへ』
硬質な女性の声がどこからか響く。
カエデとフラウは見えない相手に挨拶した。
「あの、どうも初めまして。カエデと申します」
「フラウよ! どこ、どこにいるの!?」
二人の慌て振りに苦笑する。
なんとなくだが、今のは肉声ではない気がする。
ここに人がいないことはすでに判明していた。だとするとチュピ美のような、声を記録したものではないだろうか。
『ゲート展開いたします。危険ですので白線までお下がりください』
銀色の球体がぐにゅぐにゅ形を変化させる。まるで液体、水銀のようだ。それはさらに大きく形を変え、一枚の荘厳な扉となった。
『接続完了。オープンいたします』
ひとりでに扉は開く。
その先には、薄い青と赤が渦を巻く壁があった。
カエデとフラウは不思議そうに扉の裏を覗く。
「里にあった鏡のようなものでしょうか」
「よく分かんないけど、この先に主様のお母さんの故郷があるってことよね」
「だと思う。もしかしたら沢山の古代種がいるかも」
ようやく俺は、自身のルーツを知ることができるのだ。母さんがどこから来て、どうして父さんと結婚したのか。そして、俺にここへ来させた理由が。
――真実がこの先に。
「行きましょう。ご主人様」
「フラウ達が付いてるわ」
「ああ」
俺達は扉をくぐる。
◇
――暗い。
扉の先は、真っ暗だった。
ボッボッボッ。
暗闇の中で導くように灯が灯る。
浮かび上がるのは長い道。
いや、これは橋。暗闇に浮かぶ古代の橋だ。
「真っ暗ね。下に何があるのかさっぱりだわ」
「鑑定でも見えません」
フラウとカエデが真下を覗き込むが、何があるのか見通すことはできない。
しかもこの橋、橋脚が全くなく浮いている状態だ。
よく分からないまま俺達は先へ進む。
「なんなんでしょうね、ここ」
「さぁな。母さんなら何か知ってたかもしれないが」
どれほど歩いただろう。
数分、数時間、時間の感覚が曖昧になり、同じ道を繰り返し歩いているような錯覚を覚える。橋はとても長く終わりが見えない。
「すぴーすぴー」
飽きたフラウは、カエデの尻尾に包まれて熟睡していた。
フェアリーっていいよな。
寝てれば目的地に着くんだからさ。
「あ、何か見えます!」
「休息所、ではないよな?」
橋の終わりは丸い広場のような場所だった。
その中心にはまたもあの銀色の扉があった。しかもすでに開いた状態だ。
早く古都に到着したい俺達は、迷うことなく扉をくぐる。
「沢山あるけど!?」
フラウの叫びは大きく反響した。
出たのは丸いドーム型の巨大な部屋だ。
中央から壁に向かって階段状になっていて、全体的にすり鉢のような形となっている。それぞれの段には無数の銀色の扉があって、どれもがっちりと閉じていた。
唯一開いているのは中央の扉だ。
通路となる階段を下りきり、扉の前に立つ。
「帰り道を覚えておかないといけませんね。他の扉が開かないとも限りませんし」
「だな。でもさ、どこに繋がってるのか気にならないか」
好奇心に駆られ別の扉に向かおうとするが、裏襟をフラウに掴まれ引き戻される。
「今はこの先でしょ」
「ふふ、でもこの扉が古都に繋がっているのかは不明ですけどね」
「その辺は大丈夫だろう」
「「?」」
俺の言葉に二人は首を傾げる。
これは勘だが、古都に着くまで他の扉は開かない様な気がするんだ。
ずっと感じるこの感覚。
俺は何かに導かれている。
「またなの!?」
「ですが、今度はすぐそこです」
扉をくぐった先はまたもや暗闇だった。
しかし、目をこらすと例の暗闇の空間ではなかった。
どこかの建物の中のようだ。そこそこ広いドーム状の部屋にいて、部屋の隅には布がかけられた荷物のような物がいくつも置かれている。
「明かりを」
カエデが魔法で照明を創った。
浮かび上がる部屋の内部は、やはり倉庫のような状態である。
床は埃に覆われ歩くと足跡がついた。
「あっちに階段があるわよ」
フラウの声に目を向ける。
扉の正面に階段と扉があった。
階段を上り扉の前へ。
俺は閉め切られた扉へ触れる。
『ザザ……第……タウンへ……場を……許可い……しま……』
再びあの女性の声が聞こえたが、不快な音が混じってはっきり聞き取れない。
ひとりでに扉は開き、隙間から眩い光が差し込んだ。
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