54話 湖へ行く戦士達1
ちゃぷちゃぷ。
噴水でのんびり泳ぐサメ子。
のぞき込めばすぐに寄ってきて、口をぱくぱくさせる。
「お前、なにができる眷獣なんだ?」
「ぱく?」
言葉すら通じているのかわからん。
こいつの顔はまったく表情が読めない。
しかも、見ていると不思議と眠くなる。
はっ、まさかこれがこいつの特殊な力!?
……違うな。間抜けな顔に気が抜けるだけだ。
一応、カエデから水中の護衛型と聞いているが、具体的に何ができるのかまでは教えてもらっていない。
というか鑑定ではそこまで見えない。
使ってみれば話は早いのだろうが、ここは内陸だし、大きな水場なんてなぁ。
「元気か」
「また来たのか」
ふらりと顔を出したのはオルロスだ。
今日は荷物持ち兼盾使いのバックスも一緒のようだった。
ここ数日よく来る。
仕事の誘いならまだしも、ほぼ全てが酒の誘いだ。
最初は副リーダーのポロアに言われて、渋々仲良くしようとしていたようだったが、酒の好みや食の好みが同じだと分かると、途端に打ち解けてしまった。
おまけにオルロスは境遇が俺とよく似ていた。
田舎の小さな村から出てきて都でのし上がった男。
両親は早くになくして一人で生きてきたこと。
仲間は年下の幼なじみ達で構成され、兄貴分として誇りを抱いていること。
少し違う点もあるが、おおむね俺と同じだ。
オルロスは噴水の端に腰を下ろし、持っていた酒瓶を差し出す。
こいつ……昼間から飲んでるのか。
よく見れば少し顔が赤い。
「ぶはっ、で、今日は何しに来たんだ」
「遊びの誘いだよ」
「実はここから少し離れた場所に湖があるんダ。凶暴な水棲の魔物がいない比較的安全な遊び場なんダ。もしよかったら漫遊旅団も一緒にと思って」
「お前らも遊びに?」
「半分仕事で半分それだ。ま、ついでだな」
なるほど、湖の近くで仕事をするからついでに遊ぶと。
そこに俺達も同行させてもらう、って感じか。
悪くない。むしろかなり良い提案だ。
ここ最近、屋敷に閉じこもりがちで、カエデもフラウも気が抜けている状態だ。
気晴らしになっていいかもしれない。
ついでにサメ子の力も見られれば大収穫だろう。
「出発はいつだ」
「明後日だ」
「よし、それまでに準備しておく」
水着、買わないといけないな。
◇
「おっきぃいい! ひろぉおおい! みずうみだぁあああ!!」
フラウが到着早々に大声で叫ぶ。
目をキラキラさせて湖へと飛んでいった。
ここ最近「暇、暇、暇」なんてぼやいてたから、はしゃぎたくなるのも当然だ。
本日は晴天、周囲は黄緑色の葉っぱを蓄えた木々に覆われ、湖の水面は光を反射して眩く輝いている。
「ご主人様、すぐに野営の準備をしますね」
カエデは笑顔でそう言っているが、尻尾が激しく振られ、早く水遊びがしたくてウズウズしているようだった。
頭を撫でてやると白い狐耳がぺたんと垂れる。
「準備は俺がするから、お前は昼食の用意をしてくれ。そうだな、まずは水を汲んでこないといけないよな」
「水!」
ぱぁぁ、表情が明るくなり、ぴこんと狐耳が立つ。
よほど嬉しかったのかバケツを出すなり、一目散に湖へと走って行った。
が、すぐに戻ってきて俺に抱きつく。
すりすり顔をこすりつけて軽く匂いを嗅いでから、再び湖へと走って行った。
よくみればスキップしてないか?
ずいぶんと楽しみにしてたんだな……ふふっ。
俺の奴隷は今日も可愛い。
「それじゃあ、俺らは依頼に行ってくる。二、三時間もしたら戻ってくるつもりだ」
「気をつけろよ。死んで戻ってこないなんてのは御免だぞ」
「おう。それと、できれば昼飯の魚くらいは獲っておいてくれ」
彼らはこれからトロールを狩りに行くのだ。
詳しい内容は不明だが、トロールは五メートルにもなる大型の魔物、決して油断して良い相手ではない。
まぁ、Sランクパーティーの彼らには無駄な心配だろうが。
手早くテントを立てて野営の準備をする。
その頃にはカエデも戻ってきていて、昼食の準備を始めていた。
フラウは……未だに戻ってこない。
あいつがふらふらするのは、今に始まったことじゃないので気にしないが。
「そろそろ魚を獲りに行ってくるか。しばらくここは任せる」
「はい。どうぞごゆっくり」
「きゅう!」
刻印からパン太が飛び出し、カエデの腕の中へ飛び込む。
俺と一緒に行くより、カエデとここでゆっくりしたいらしい。
時々誰の眷獣か分からなくなるよな。
一応、眷獣らしく俺に忠誠心はあるみたいだが、自由すぎて感じることが少ない。
ロー助はいつも俺を一番に考えて行動するんだけどなぁ。
眷獣にも個性があるようだ。
「冷たくて気持ち良いな」
ブーツを脱いで水に足を入れる。
湖は青く波打っている。
透明度はまぁまぁ高く、底は見えないが上層はガラスのように透明で綺麗だ。
水深はかなりあるように思う。
さて、どうやって魚を獲るか考えないと。
釣り竿もいいが、銛でとるのも捨てがたい。
網も……ありだな。
備えはあるのでどれでもありだ。
ここはやっぱ、大物を狙うべきだろう。
そして、レベルを生かした漁法といえば、銛。
というかサメ子の能力も見ておかないといけないしな。
潜ってとるのが今回は妥当か。
「サメ子」
「ぱくー!」
刻印からサメ子を出す。
実際のところオスかメスかわからないので、直感でメスと判断している。
もし違っていたら訂正してサメ吉にする予定だ。
服を脱ぎ、水着一枚になる。
そこから銛を持って湖に飛び込んだ。
「ぱくぱく」
サメ子が嬉しそうに寄ってきて体をこすりつけてくる。
撫でてやれば周囲を一周して、また撫でて欲しいと体を擦り付けてきた。
鮫肌というのか、サメの子の表面はざりざりしている。
これで体当たりされたら、大抵の生き物は皮膚が削られるだろう。
「ぱくぱく!」
「!?」
サメ子の背中に取っ手のような物が現れる。
……これを掴めってことか?
握ると、サメ子は当然のように泳ぎ始めた。
なかなかのスピードだ。
自分で泳ぐより数倍は速い。
しかし、これでトップスピードなのか?
意思が伝わったのか、サメ子の泳ぐ速度が格段に上がる。
待った待った!
さっきのでいい!
スピードが落ちる。
サメ子、ヤバい。
水の中だと、異常なくらいの速度をたたき出すぞ。こいつ。
そのまま湖の深い場所へ連れて行ってもらう。
左手には銛を握り、いつでも大物を仕留められる態勢だ。
――にしても深いなここ。
すでに三メートルは潜っていると思うが、一向に底が見えない。
四メートル。
五メートル。
六メートル。
七メートル。
長い水草が生い茂る底に到着。
足を付けた途端、蓄積した泥が埃のように舞い上がる。
息はまだ保つ。余裕だ。
この感じなら十分以上は耐えられそうである。
すぅ、目の前を大きな魚が通り過ぎた。
グランドシーフで気配を殺しているので、こちらには気が付かなかったらしい。
同様の事をサメ子もできるのか、魚の後を追って静かに近づく。
ふっ!
竜騎士のジョブで弱点を正確に見抜き、銛で魚を一突きにする。
五十センチ以上はあるので、一匹でもかなり満足できそうなサイズだ。
できればこれをあと五匹は欲しい。
その時、横方向から巨大な網が魚と共に、サメ子と俺を攫う。
ざばぁ。
網が引き上げられ俺は逆さまの状態だった。
「これで主様も喜ぶわね! あんたいいアイデア出すじゃない!」
「きゅい! きゅきゅ!」
網をぶら下げるフラウがパン太と喜び合っている。
だが、パン太は網の中に俺がいることを気が付くと、フラウを置いて猛スピードで陸へと逃げていった。
「なんなの? なんでいきなり逃げるの?」
「フラウ……あとで話がある」
「ひぃ!?」
フラウは青ざめた顔でがたがた震えた。
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