30話 フェアリーの隠れ里1


 柄を握りしめ力を込める。


「うっ」


 目もくらむような光が剣から放たれた。

 今度は転げ落ちるような格好悪い姿は見せない。


 高々と剣を掲げて見せる。


 剣の光は収まらず、さらに輝きを増して部屋を白く染めた。


 そして、光が収まると右手の剣は消えていた。


「それがご主人様の新しい防具ですね! 素敵です!」

「思ったよりも軽装ね。主様には重装備が似合うと思ったんだけど」

「きゅう」


 胸の辺りに触れてみれば金属製の防具が備わっていた。

 胴体、腕、足、と各所のみ。

 デザインはシンプルで目立ちすぎない感じが良い。


 なんとなくフルアーマーを想像したんだが、これはこれで充分に使えそうだ。


 旅をするならむしろこっち方がいいかもしれないな。


「付け心地はどうですか」

「やけに軽いな。重量的には希少金属のミスリルくらいか。強度に関してはよく分からんが、聖武具なんだからかなりあるんだろ」


 そう言えば聖武具を鑑定してもらったことがないな。

 この機会にカエデに見てもらうとしよう。


「鑑定ですか?」

「頼む」

「――だめですね。レベルが足りないのか詳細が見えてきません。それになんとなく上げても見えないような気がします」

「どう言う意味だ」

「通常のものと違い、聖武具はぼやけた感じがして……高度な隠蔽が施されているのかもしれません」


 なんとなく聖武具の正体は掴めないだろうなと思っていた。


 未だ聖武具に関しては多くのことが謎に包まれている。

 鑑定スキルで暴くことができるのならとっくの昔に、これがいつどこでどのような技術で作られた代物なのか皆知っていただろう。


「もらえるものもらったし里に行きましょ」

「それもそうだな」


 俺達は神殿を出る。



 ◇



 パチパチ。焚き火の中で枝がはぜる。


「すぴー、すぴー」

「ごしゅ、ごしゅじんさま……」


 近くで寝ているカエデが寝言を言いながら手を伸ばしている。

 どんな夢を見ているのか気になるな。


 森に入って二日、俺達はフェアリー族の隠れ里を目指して進み続けている。


 真上ではロー助が魚のように空中を泳いでいた。


 野営をする時は決まってロー助を出す。


 命令をしておけば、近づく魔物を全て排除してくれるからだ。

 おかげで見張りもする必要がなくぐっすり眠れる。


 とは言っても、長年の習慣で野営は眠れないことが多い、安全に眠れると分かっていても結局起きてしまうのだ。


《報告:経験値貯蓄の修復が完了しました》


 お。とうとう直ったのか。

 けど、また経験値を吸われることになると思うといい気はしない。


 ――貯蓄系スキルは赤ん坊の頃からあった。


 つまりスキルが壊れるまで二十五年もかかったのだ。

 次に壊れる時はいつだろうか。

 三十年後か、それとももう死ぬまで壊れることはないのか。


 なんせスキルのレベル上限が壊れて、今では五十まで上げなければならない。


 ま、Lv300で満足してるからどうだっていいんだが。


「おいていかないで……ごしゅじんさま……」


 カエデが苦しそうな顔で手を伸ばし続けている。

 酷い夢を見ているようだな。


 俺はすぐ傍まで近づいて頭を撫でてやる。


「よかった、そこにいたんですね……」

「ちゃんといる。お前の傍に」


 安心した様子の彼女に微笑む。


「たすけてください……を……」


 彼女の寝言はそこで終わる。

 気持ちよさそうな寝息をたてはじめた。


 もしかして奴隷商にいた頃を思い出したのだろうか。


 俺はお前の傍にいるぞ。

 だから安心して眠れ。


 もう一度だけ頭を撫でた。



 ◇



「うりゃ!」


 フラウがハンマーでゴブリンを弾き飛ばす。

 そこから高速旋回してゴブリンの集団を蹴散らした。


 木の枝に着地した彼女はドヤ顔でふんぞり返る。


「こうみえてそこそこできるのよ。主様もフラウを見直したでしょ」

「別に低く見てたわけじゃないんだが」

「うそっ! 小さくて可愛いからまともに戦えないだろうって思ってたでしょ! カエデだって『大丈夫でしょうか』って不安がってたじゃない!」

「ごめんなさい」


 カエデが頭を下げるので、俺も合わせて謝罪した。


 悪い。本当はめちゃくちゃ見くびってた。

 体が小さいとかそう言うのじゃなく、レベルの低さでなめていたのだ。


 それがどうだ、フラウは高速飛行でレベルの低さを余るほど補っていた。


 素早さを自慢とするゴブリンライダーすらも手玉にとって勝利して見せたのだ。


 もしこれでレベルが上がれば、かなりの戦力になるのは間違いない。

 ウチの素早さ担当はフラウで決まりだ。


「あれ、レベルが35になってる?」

「それは俺のスキルが原因だな。パーティーに経験値倍加効果を付与するらしい」

「ぬえぇぇえっ!? なにその反則スキル!」

「そう思うよな。でも事実だからしょうがないんだよ」


 フラウは薄暗い笑みを浮かべ「力が、沸いてくる。ククク」などと右手をぎゅっと閉じる。


 これから彼女はレベルをどんどん上げて行くだろう。

 高レベルのフェアリーがどのような戦い方をするのか興味が湧く。


「よーし、がんがんレベルアップするわよ!」

「あ、こら待て!」


 フラウは一人で森の奥へと消えて行く。


 お前は道案内役だろうが。

 フェアリーの隠れ里どうするんだよ。


「待った方が良さそうですね」

「コーヒーでも飲んで一息つ――けないみたいだな」


 茂みから小さな影が飛び出す。

 俺は咄嗟に手甲で攻撃を弾いた。


「ヒューマンめ、このパパウの攻撃を防ぐとは」


 空中にいたのはフラウよりも少し大きな中年の男性。

 その背中にはフェアリーの証である羽があった。


 彼の右手には、ギラリと光を反射する片手剣が握られていた。


「パパウではだめだったか、だったら一斉攻撃だ!」

「おおおおおおっ」


 森の中から次々にフェアリーの男が飛び出す。


 中には女性の姿もあり、合わせて五十人近くのフェアリーが空中を自由自在に飛び交った。


「どうしましょうかご主人様」

「こちらからは攻撃するな。たぶんフラウの仲間だ」


 確かに動きは速いが見えないほどではない。


 俺とカエデは攻撃を躱しつつフラウが戻ってくるのを待つ。




「ちっ、このヒューマン守りが堅い!」

「どうするこのままでは里の位置が知られてしまうぞ」

「奥の手だ! 広域魔法を使う!」

「やむを得ぬか」


 フェアリー達が空に上がり魔法で巨大な魔法陣を作る。


 どうやら複数人で作る広域型攻撃魔法らしい。

 直撃すればこの辺りが吹き飛ぶだろう。


「フラウはまだなのか」

「レベル上げに夢中で気が付いていないのかと」


 もう待てない。

 すぐにでも引き戻さなければ。


 後で説教だ。


「フラウ命令だ! 今すぐ戻ってこい!」


 どんっ、遠くで重い音が響く。


 木々をへし折りながらすさまじい速さで何かが近づいており、それに気が付いたフェアリー達も動きを止めた。


 ずががががが、ずしん。めきめきめきめき。


 大木が半ばからへし折れ倒れる。


 その向こうにはハンマーを握るフラウがいた。


 しかも雰囲気が尋常じゃない。

 ぎろりと他のフェアリーを睨み付け殺気立っていた。


「よくもフラウがいない間に主様を」

「フラウ!? フラウなのか!!」


 パパウと名乗った男が不用意に近づく。


「ふん」


 振り抜かれたハンマーはパパウをおもいっきり弾き飛ばす。

 彼は空の彼方に消えていった。


「そこにおわす方は偉大なる種族のトール様よ! そして、フラウは主様の忠実な奴隷! あんた達がやったことはフェアリー族にあるまじき行為なの!」


 フェアリー達がざわつく。


 彼らは一斉に地面に下りて片膝を突いた。


「まさか我らが崇拝する偉大なる種族だったとは。大変なご無礼をお許しくだされ」


 代表者らしき老年の男性が頭を垂れる。

 それにならい全員が頭を下げた。


 なんだか騙しているようで居心地が悪い。


 よく分からないままヒューマンから龍人になっただけなのに。


 パン太に乗ったフラウが仁王立ちで下りてくる。


「ちゃんと反省しなさい。フラウが戻ってこなければ、大変なことになってたんだからね。それと、今のフラウは主様の奴隷だから丁重に扱うように」


 俺は指で彼女の肩を叩く。

 もちろん笑顔で。


「あとで話がある」


 振り返ったフラウはガタガタ震えていた。




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