26話 オークションに参加する戦士2
オークションも終盤を過ぎ、もう間もなく終わりを迎えようとしていた。
「さて、今宵のオークションはいかがでしたでしょうか。そろそろ閉幕したいところですが、まだ時間がありますので、今後の出品についてご要望があればこの場でご発言ください」
俺は手を上げて立ち上がる。
司会者だけでなく周囲の目がこちらに集中した。
「要望というわけではないのだが、一つここで出品したい物がある。すでに鑑定は済ませて本物と確認済みだ」
「おやおやおや、飛び入りの出品ですか! これはなかなか面白い!」
ステージ上に招かれ、俺はクロスが敷かれた台の上に小瓶を置く。
思わぬ出費があったが、ここである程度取り戻すつもりだ。
ただ、高値が付くと分かってはいるがどの程度になるのやら。
「これは?」
「エリクサーだ」
「なんと!?」
会場が大きくどよめく。
エリクサーはどのような怪我も病気もたちどころに治す薬。
たとえ腕がちぎれようが、心臓が止まろうが、飲めば確実に治る。
現在の技術では再現不可能な奇跡のアイテムだ。
「こちらで鑑定をしてもよろしいでしょうか?」
「構わない」
司会者の指示で鑑定のスクロールが会場に持ち込まれる。
彼は丸まった紙を広げ短く呪文を唱えた。
「素晴らしいっ! 紛れもなく本物のエリクサーです! ぜひご希望の開始価格をおっしゃってください!」
「1000万」
「皆様聞きましたか、1000万からの開始です!」
会場は熱気に包まれ、参加者達はこぞって値をつり上げて行く。
1億、2億、3億、5億、7,8億、9,10、11、12、13、22億。
「22億5000万で落札です!」
驚愕の値段に逆に俺が尻餅をつきそうだった。
相当な価値があると分かっていたが、まだまだ考えが甘かったようだ。この上流階級の世界ではエリクサーは至宝とも言うべき宝だったらしい。
いや、使うことを想定してじゃなく、彼らは安心を買おうとしているのだ。
ただそこにあるだけでぐっすりと眠れる。それだけなんだ。
「最後に素晴らしい出品ありがとうございます。のちほどお金をお支払いいたしますので、閉幕までしばしお待ちください」
俺はステージを下りた。
オークション終了後、俺達は別室へと案内される。
そこは小綺麗な応接間だった。
シンプルにテーブルとソファがあるだけ。
司会者は二人の若い男性と共に入室、運び込まれた台車には、スキル封じのスクロールとフェアリーと金があった。
「いやぁ、最後の飛び入り出品は興奮いたしました。たまにはああいったサプライズも必要ですな。それで本題ですが、フェアリーの金額は売却額から差し引いてもよろしいでしょうか」
「頼む」
「かしこまりました」
22億5000万から11億が差し引かれ、残りは11億5000万となる。
元々12億持っていたので、これで所持金は23億5000万と少し。
とんでもない金額に感覚が麻痺してしまいそうだ。
「ささ、これは貴方様のものです」
フェアリーの入った籠を受け取る。
中には二十センチほどの小さな少女がいた。
怯えた様子で隅に身を寄せ俺をじっと見ている。
なんだか以前のカエデを思い出すなぁ。
いまじゃすっかり見違えたけど。
「どうして私を見るんですか?」
「いや、なんでもない」
さて、このフェアリーどうしようか。
◇
家に戻り籠をテーブルに置く。
すでにフェアリーには主従契約がされていて、開いた胸の辺りには紋様があった。
がちゃり。
籠の扉を開けてやる。
「出てこいよ。とって食ったりしないから」
「ヒューマンはずる賢い……油断できないんだから」
そう言って籠から出てこない。
薄緑のツインテールに愛らしい顔立ち。
それでいて冒険者のような革の防具を身につけていた。
背中には虫のような透明な羽根がある。
なりは小さいが戦闘はできるのか、背中には自身と同程度の大きさのハンマーがあった。
「今、お茶をお持ちしますね」
「ありがとう。そうだ、お前も飲むか?」
「……いる」
「カエデ、三人分のお茶を淹れてくれないか」
台所から返事があった。
まだ警戒しているみたいだな。
どうにかして打ち解けないと不味いよな。
そこでとあることを思い出す。
「今日さ、クッキーを買ったんだよ。食うか」
「クッキー!?」
今にも飛び出しそうな勢いだったが、思い直したのか、すぐに籠の隅に戻る。
カエデの時と違ってこいつは元気だな。
表情もコロコロ変るし。
とりあえずクッキーを籠の中へ差し出した。
彼女は恐る恐る受け取り隅に逃げる。
「あむっ、こんなのでいいようにされないから!」
「美味いか?」
「不味くは……ないわね。味は合格よ」
「厳しめの評価だな」
ことん、カップが置かれカエデが隣に座る。
籠の中にも小さな器が置かれた。
フェアリーは「ふー、ふー」と熱を冷まして一口飲んだ。
「ところでご主人様、どうしてこの子を?」
「声が聞こえたんだよ。助けてって」
「えっ!?」
フェアリーが過剰に反応する。
「フラウの祈りが聞こえたの!?」
「まぁな。最初は幻聴かと思ったが、どうもそんな感じじゃないみたいだし、見捨てるのも可哀想だったから競り落としたんだ」
フェアリーは籠から飛び出し俺の前で平伏した。
「まさか我らが主様だったとは! 無礼な態度申し訳ございません!」
「お、おい……主ってなんだよ」
「ご無礼ですが、貴方様の種族をお聞かせください!」
「ヒューマン――じゃなくて今は龍人か」
フェアリーは「やったぁぁああああっ! とうとう見つけたぁああ!!」などと両手を掲げて叫ぶ。
もう少し声のボリュームを落とせないのだろうか。
近所迷惑にならないか心配である。
「ご、ご主人様って龍人なんですか?」
「今さらなに言ってるんだ」
驚くカエデに逆に驚く。
お前、鑑定スキル持ってるだろう。
確認した彼女は「ほんとうに龍人です!」などと目を見開いている。
なんだ、なんなんだこの反応。
龍人で悪いのかよ。
「ご主人様、偉大なる種族というのは龍人のことなのですよ?」
「そうなの?」
「どうしてそんなに反応が薄いんですか!?」
「だって実感ないし」
そもそも元はヒューマンで、気が付いたらこうなってただけなんだよ。
偉大なる種族が龍人だったなんて教えられても、いまいちピンとこない。
フェアリーは正座して胸の前で手を組む。
「フェアリー族のフラウと申します。この度はヒューマン共の手から救っていただきまことにありがとうございます」
「いいさ、すぐにでも主従契約を解除してやるから、帰るべき場所へ戻ればいいさ」
「そうはいきません。ようやく偉大なる我らの主を見つけたというのに、このままおめおめと里に帰還するなんて、父と母と弟になじられ、近所の人達に『このまな板が!』と石を投げられてしまいます」
まな板は関係ないんじゃないのか。
まぁ、あえて指摘はしないが。
しかし、契約を解除しないということは付いてくるつもりなのだろう。
さすがにフェアリーを戦力として数えるのは厳しいか。
「もしかして頼りないとお思いですか! フラウは確かに可愛いですが、こう見てそこそこ戦える重戦士です! 期待して構いませんよ!」
「戦士ねぇ、レベルは?」
「30!」
体格からするとヒューマンのレベル20に相当するのではないだろうか。
当たり前だが、ドラゴンのレベル1がヒューマンのレベル1に負けるはずがない。
そもそも基礎が違い過ぎるのだ。たとえ同じレベルでも基礎によって能力には大きく差が出る。
ちなみに俺は龍人だが、体感的にはヒューマンと同じだ。
そもそもレベル300のヒューマンなんて見たことないから比べようもないのだが、基礎能力は同程度と考えていいと……思う。たぶん。
「きゅ?」
刻印に隠れていたパン太が出てくる。
フラウを見つけるなり体を擦り付けて楽しそうだ。
「あの、主様。この白いのは?」
「パン太だ。パン太、新しい仲間だぞ」
「きゅう!」
フラウとパン太はすぐに打ち解け、家の中をくるくる飛び回る。
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