22話 戦士のデスアント討伐


 王都からそれほど離れていない森。

 俺とカエデはジョナサンに案内されて訪れていた。


「私は表向き運送会社の社長だが、実は陛下直属の諜報員なんだ。このことを知っているのは一部の人間だけでね、ロアーヌ伯爵もその一人なんだよ」


 草をかき分け彼は先を行く。


 深い森の中は薄暗く、降り注ぐ木漏れ日がカーテンのように見える。


 木陰や草むらでは魔物がこちらをのぞき、木の上でもスライムや虫が勢力争いを繰り広げている。


 一方で木々や花の香りがリラックスさせてくれる。


 こんなことでなければパン太を枕に昼寝でもできたのだが。

 それかカエデの膝枕で癒やされるというのも良かった。


「その、デスアントというのはそこまで危険なのですか」

「「なんだって?」」


 今の発言にはびっくりだ。

 この世の中でデスアントを知らない人間がいたなんて。


 前々から感じてたが、カエデは少しバランスがおかしい。


 きちんと教育を受けた雰囲気はあるのに、知ってて当たり前のことは知らなかったりする。

 デスアントの危険性は子供でも理解しているはずなのだが。


 そもそも彼女はどういった経緯で奴隷になったのだろう。


 まさかどこからか攫われてきたのか。


 これが終わったらきちんと話をするべきだろう。


「止まれ。ここから先はアントのテリトリーだ」

「あんたの道案内も終わりか」

「悪く思うな。私は君と違ってまともにやり合えるほど強くはない」


 彼は「森の外で待っている」とだけ述べて去る。


 たった二人の冒険者に国家の命運を賭けるなんて普通じゃない。

 ロワーヌ伯爵は手紙に一体なんて書いたんだよ。もし俺が期待に応えられなかったらこの国は終わりだったんだぞ。


 あの王様もだ。よく俺にすがる気になったな。


 だいたいこういうのは勇者の仕事だろう。


 俺はただの戦士。ただの傷心旅行をしている男だ。

 まずはセイン達に頼むのが筋じゃないのか。


 ……まぁ、断るのも心苦しいし引き受けたけど。


「ご主人様、気分がすぐれないのですか?」

「気にしないでくれ。どうアントを処理するか考えてただけだからさ」

「きゅい」

「よしよし、お前も心配してくれているのか」


 パン太が俺の周りをくるくる回って顔に体を擦り付けてくる。


 すりすり。


 足下でも妙な感触がするので見てみれば、カエデが尻尾を擦り付けていた。

 無意識でやっているのか、当の本人はやる気に満ちた顔である。


「ご主人様、あれがデスアントでしょうか」


 前方の茂みで黒色の生き物が動いている。


 大きさは一メートルほど、蟻をそのまま大きくしたようなアレこそデスアントである。


 ジョナサンが言ったとおり巣が近くにあるようだ。


「こう木が多いと巣穴を見つけるのが大変だな」

「それなら私に任せてください」


 カエデは二本の鉄扇を広げて見せる。


「ツイントルネード!」


 二つの竜巻が発生し回転する。

 暴風は木々を根こそぎ地面から引きずり出し天高く舞い上げてしまう。


 デスアントも次々に流れに乗って飛んでく。


 森の中にぽっかりと何もない円状の空間が作り出された。


「アイスエイジ!」


 瞬時に気温が急激に下がり、周囲の地面が凍り付いて行く。


 なんとか地面にしがみついていたアントは、一瞬で氷像へと変ってしまった。


「ご主人様、お掃除が完了しました」

「す、すっきりしたな……」


 むき出しとなった巣穴は空間の中心にある。


 可愛い奴隷のおかげでわざわざ探す手間が省けた。


 それにしてもやり過ぎな気がする。

 ジョナサンや王様から後で文句を言われないだろうか。





「やっぱり狭いな。人が入るにはぎりぎりだな」


 デスアントの巣穴は直径一メートル強。

 二匹の蟻がすれ違うのでやっとくらいの大きさだ。


 大剣使いである俺が潜るにはかなり厳しい。


 うーんどうしたものか。


「魔法を放ってみましょうか」

「いや、それは止めた方がいい。中は恐らく曲がりくねっていてかなり深い、上層は全滅させられるだろうが最下層にいる女王までは届かないだろう」

「では、ご主人様の例の炎魔法で地上から焼き殺すというのは?」


 あの熱線か。できなくもないが、どこに女王がいるのかも分からない。

 闇雲に魔法を放っても仕留めるのは難しい気がする。


 それに俺達は女王を倒した証拠を得なければならない。


 殺した、なんて報告だけでは報酬は出ないだろう。


 いっそロー助を突っ込ませるか?

 けど、あいつは強いが知能はそこまで高くはない。


 女王を殺してこい、なんて命令しても兵隊と女王の見分けなんてできないだろうな。


 困ったな。直接対決できれば全て解決なんだが。


「この巣穴をダンジョンのようにできれば楽なのですけどね」

「ダンジョン?」


 その言葉に引っかかるものがあった。


 確か俺はダンジョンを所有していたよな。

 ステータスにもそれらしい記載があったし。


「できるのか……?」


 巣穴に手を向けて念じる。


《報告:デスアントの巣を取り込みダンジョンにすることが可能です》


 マジかよ。本当にできた。

 正直、半信半疑だったんだが。


 なんでも試してみるものだ。


 さっそく巣穴をダンジョン化させる。


 ばこん。


 地上部に石造りの箱が現れ、中には下へ続く階段があった。


《報告:ダンジョン所有者は全ての階層へ転移することができます》


 とりあえず俺達は最下層へと転移した。





 三十階層、核石が回る最下層だ。


 そこで一匹の大きな蟻がじっとしていた。


 周囲には兵隊らしき十匹の蟻がうろうろしていて、異常事態に混乱しているようだった。


 俺のダンジョンは巣穴を取り込んだ。

 ここは今や奴らの墓場だ。


「フラワーブリザード」


 ぴしり、兵隊蟻が凍り付く。


 だが、女王はぶるりと体を震わし氷を粉砕した。


 がちがちがち。


 牙を鳴らし威嚇する。

 この状況でも逃げるのではなく怒りを露わにしている。

 女王らしくプライドが高いのか、ただ単に鈍いのか。


 俺は大剣を抜き放ち、刹那に一閃させる。


 ぼとん、女王の頭部が床をバウンドして巨体は倒れてしまった。


 直接戦えばこうなるのは明白。

 デスアントの女王だろうがレベル300の俺には敵ではない。


 頭部を回収して一息つく。


「他の蟻はどういたしましょう」

「そうだな……ダンジョンの所有者って他に何かできないのか」


 直後に目の前に複数の窓が開く。

 そこにはダンジョン内の光景が映し出されていた。


 アントを食い殺す魔物達。


 群れが分断されて抵抗できないようだった。


 この様子ならしばらく放置していれば駆逐されそうだな。


「帰るか」

「はい」


 地上へと転移する。



 ◇



 ごとっ。テーブルに女王の頭部を置いた。


 ジョナサンはニヤリとする。


「やってくれたようだな。さすがはロアーヌが推薦した男、見事我らの期待に応えてくれた」

「そりゃあどうも。ところで一つ聞いていいか」

「答えられることなら答えてやる」

「どうして蟻の数がやけに少なかったんだ」


 俺の言葉に彼は表情を引き締めた。


「軍が多大な犠牲を出して減らしたからだ。だが、後一押し足りなかった。どうするべきか思案をしている時に君が来たんだ」

「伯爵はそのことを?」

「知っていた。私が相談していたからな。誇りたまえ、君達はこの王都、いや、この国を救ったんだ。与えられる褒美は素晴らしい物となるだろう」


 もしかしてこれが伯爵からの謝礼だったのか。


 一手間かかったが、結果的に俺は豪商と知り合い、この国の王とも顔を合わせた。

 さらに多額の報奨金を手にする予定だ。

 金はあくまでおまけであって、真に与えられたのは貴重な縁。


「じきに迎えが来る。きっちり準備をしておけ」

「迎え?」


 だだだだだ。


 部屋の外で多数の足音が響く。

 勢いよくドアが開けられ騎士達がずかずかと入室した。


「漫遊旅団の二人だな」

「そうだけど」

「貴殿らには宮殿まで同行してもらう」


 ずいぶんと穏やかじゃない雰囲気だ。

 なにか失敗しただろうか。


 依頼されたとおりアントを退治しただけなんだが。


 すっ、と騎士の一人から手を差し出される。


「ぜ、ぜひ握手をさせてもらえないか! 我が国の救世主!」


 お? おおお?


 おおおおおおおお???




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