13話 魔族と戦う戦士
穴は十五メートルほど下まで続いていた。
着地した俺達は、すぐに背中を合わせて周囲を警戒する。
「ライトボール」
カエデの魔法により光の球が創り出された。
浮かび上がったのは石造りの巨大な部屋。
出入り口らしき場所の両側には巨大な人の石像があり、古めかしいデザインやかぶった埃の量から古代の物であると見てとれる。
その他で目に付くのは大量の瓦礫くらいだ。
「粘液?」
床や瓦礫に何かが這ったような跡があった。
マリアンヌを攫った生き物の足跡だろう。
これをたどれば追いかけられそうだ。
「俺が先行する。カエデは真ん中で明かりを維持、ウララは後方を頼む」
「はい」「承知しました」
俺は大剣を抜いて足早に進む。
相手の居場所も目的も分からない以上、今は猶予を与えてはいけない。
慎重になるのは敵を捕捉してからだ。
「気をつけろ、穴だ」
遺跡はどこも朽ちていてもろい。
崩れているところもあって、植物の根が壁に張られているのをよく見かけた。
おまけにここはダンジョンのように複雑に入り組んでいて、それほど強くはないが魔物も生息しているようだった。
薄暗く狭い通路を走りながらウララに尋ねる。
「ここはどのくらいの深さまであるんだ」
「さぁ、何度か調査したことはありますが、分かっているだけでも四階層はあります。なにぶん全貌が分からないだけに、どこに何があるのかは不明です」
「カエデ、マリアンヌの匂いは?」
「足跡と同じ方向からします」
魔物だと思うがどこまで行くつもりなのだろうか。
まさかこの奥に巣穴があるとか。
「ぐぎゃぁ!」
「邪魔だ」
瓦礫の影からゴブリンが飛び出すが、ひと薙ぎで斬り捨てる。
雑魚にいちいち構っている暇はない。
死にたくなければ怯えて隠れてろ。
床を這う無数のスライムをカエデは魔法で凍らせる。
ウララは毒針を飛ばしモグラヤモリを仕留める。
「やけに手際が良いがなんのジョブなんだ」
「アサシンです」
アサシンっていったらレアジョブじゃないか。
しかも見たところレベルもそこそこありそうだ。
あのマリアンヌって子、大人しい顔してとんでもない奴を近くに置いてるな。
俺達が山賊を倒す必要なんてなかっただろ。
「匂いが強くなってます。近いです」
「よし、気を引き締めろ」
長い通路を抜けた先、大きな水路に架かる橋へと至る。
橋の先には閉められた大きな扉があった。
粘液はその扉の向こうまで続いているようだった。
恐らくこの向こうにマリアンヌ達がいる。
ざざざざざ。
複数の足跡が聞こえ、左右から武装した男達が現れ扉の前で並ぶ。
そのどれもが大きな体格に盛り上がった筋肉を有し、頭部らは二本の角を生やしている。
間違いない魔族だ。
「のこのことこんなところにまで来るとは、ヒューマンってのは愚かな種族だな。お前達、好きにしていいぞ」
指揮官らしき男が兵に指示を出す。
兵は雄叫びを上げて次々に曲刀を抜いた。
そうか、この騒動は魔族の仕業だったのか。
魔王が出現したことで動きが活発化しているとは聞いていたが、まさかこんな場所にまで入り込んでいたとは驚きだ。
「アイスウォール!」
鉄扇で舞い踊るカエデが二枚の氷の壁を創り出す。
俺の前に扉まで一直線の道ができた。
「ご主人様、ここは私達にお任せを」
「マリアンヌ様をどうかお助けください」
二人の言葉に静かに頷く。
カエデに任せれば大丈夫だろう。
俺はマリアンヌの安全を一秒でも早く確保するんだ。
頼んだぞカエデとウララ。
道を走り扉へと手をかける。
重い音を響かせて開いた。
「ぐふふふ、ようやくペットの餌が来たようだな。待ちわびたぞ」
広大な部屋の中央に、体高四メートルはあろう馬鹿でかいナメクジがいた。
そいつは背中から無数の触手を生やしており、十人以上の人間をぶら下げている。
恐らく中位の魔物トロールナメクジだ。
「お前が今回の主犯か」
「いかにも」
怪物の前には肥え太ったオークのような魔族の男がいる。
先ほど見た雑兵とは比べものにならないオーラをにじませていた。
考えるまでもなくこいつが一番強い。
「目的は何だ。なぜ街を襲った」
「わざわざ教えてやる必要もないが……俺様は実に親切な男だ。冥土の土産に少しくらい話をしてやろうじゃないか」
「なっ!?」
ナメクジの触手が素早く伸ばされ俺を縛り上げる。
そのまま高く持ち上げられた。
「実はこの街は地下水路によって辺境の街と繋がっているのだ。もし辺境の街とここを押さえることができれば、格段にこの国を落としやすくなるだろう。だがしかし、その為にはまず邪魔な領主を始末しなければならない」
「マリアンヌを攫ったのは、伯爵の動きを封じ込めるためだったんだな」
「その通り。可愛い娘が人質に取られれば奴も簡単には手が出せまい。ぐふふふふ」
卑劣な。そんなことの為に彼女を攫い、街の住人を傷つけたのか。
情状酌量の余地なし、お前は俺が断罪する。
「ぶははは、なんだその顔! 許せないか、俺様をぶっ殺したいか! ざんねーん、死ぬのはてめぇと、この街のヒューマン共――」
「ふんっ」
力任せに触手をちぎる。
着地すると首をコキコキと鳴らした。
面白い豚だ。
この程度で俺をやれると思っているとはな。
「ばかな!? 俺様のトロールナメクジはレベル70だぞ!?」
「お前は一つ致命的なミスを犯している」
「へ?」
「俺を怒らせたことだ」
ゆっくりと一歩ずつ前に進む。
男は後ずさりして怯えた表情を浮かべた。
「しねぇ! リトルボムズ!」
二十を超える小さな爆発が俺を包む。
部屋の中に爆音が響き、衝撃が激しく揺らした。
見た目から近接戦闘を得意にしているとばかり思っていたが、どうやら違ったようだ。
しかし、今の俺には火傷すら負わせられない。
一振りで黒煙を吹き飛ばしさらに歩みを進める。
「あれで無傷だと……ありえない……ば、ばけものだ……」
「心外だな。これでも人のつもりなのだが」
「ひぃ、リトルボムズ、リトルボムズ、リトルボムズ!!」
連続で放たれる魔法は地下遺跡全体を揺らした。
轟音が反響し天井から瓦礫が落下する。
部屋の中では大量の黒煙が霧のように漂った。
「ぐふ、ふふふ、これだけやれば生きていまい」
かつ。かつ。かつ。
「ひぃいいいっ!?」
俺の足音が男を怯えさせた。
ゆっくりと姿を見せてやれば、顔面蒼白に震えながら後ずさりする。
「満足したか?」
「な、なな、なんなんだ貴様は! まさか噂の勇者なのか!?」
「いや、どこにでもいる普通の戦士だ」
「うそだ!!」
さて、さっさと終わりにするか。
刹那に部屋を駆け抜け、大剣を鞘に収める。
ずるり。
男とトロールナメクジの体がずり落ちた。
人々が触手から解放され床に落ちる。
俺は素早くマリアンヌを抱き留め安堵した。
気絶しているが傷はないようだ。
「ご主人様、外は片付きました」
「お疲れ様」
部屋にカエデが入ってくる。
彼女ならやってくれると信じていた。
「お嬢様!」
遅れてウララが駆けつけ、床に寝かせたマリアンヌをのぞき込む。
彼女も無傷のようだな。
ほんの少し服が破れてはいるが。
「心配するな気絶しているだけだ」
「深く感謝いたします。恐らく私だけでは救出は困難だったでしょう。トール様とカエデ様がいてくれたからこそ、お嬢様を無事に助け出すことができました」
ウララは俺達に深くお辞儀をする。
ともあれ犠牲者もなく事件が解決して万々歳だ。
「ところで残りの人達はどうやって運び出しますか」
「うーん、面倒だが引きずって行くか」
荷物からロープを取り出し、一人ずつ手足を縛ってひと繋ぎにする。
こうすれば俺が引っ張るだけで全員脱出させる事ができる。
露払いはカエデに任せるとしよう。
「さぁ、上に戻ろう」
「はい」
「マリアンヌ様の愛する民が酷い姿に……」
俺は容赦なく引きずって地上へと出た。
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