4話 戦士と奴隷、買い物をする


 目が覚めると、布団の中に温かくて柔らかいものがあることに気が付く。

 めくってみれば隣にカエデが丸まって寝ていた。


「なんでこっちで寝るんだよ」


 わざわざ同じ布団で寝る必要はないと思うのだが。

 それとも寒くて入ってきたのだろうか。だったら納得もできる。


 カエデをそのままにして俺はベッドから下りた。


「ん~、いい朝だ。今日からこいつにはしっかり飯を食わせてやらないとな」


 背伸びをしてからカエデを見る。

 まだまだ痩せていて心許ない体つきだ。


 奴隷の証である首輪もサイズ違いのように見える。


 あ、そう言えばドラゴンの肉を持って帰ってきたのだった。

 どうせだし朝飯はそれにするか。


 部屋を出て一階に下りる。


 この宿は食事処も経営しているので肉を持って顔を出す。


「この肉を適当に調理してくれないか。金なら払う」

「何の肉だこりゃあ。一見すると豚肉っぽいが、よく見ると違うなぁ」

「レッドドラゴンの肉だよ」

「ぬぇ!?」


 店主に肉の調理を任せる。

 しかし、ドラゴンの肉と分かった時の驚きようは笑えた。


 席についてしばらく待つ。


「ほらよ、ドラゴンのステーキだ。それとミンチにしてハンバーグも作ってみた」

「ありがとう」


 ステーキとサラダとハンバーグがテーブルに置かれる。

 ハンバーグの方はカエデに食わせるとしよう。


 ナイフをステーキに入れる。


 お、案外柔らかいな。

 確かに見た目は豚肉っぽい。


 口に入れれば食感は豚ではなく鶏だった。


 しかもしっかりと脂ののった鶏肉。

 ヤバい。美味すぎる。

 もうドラゴンを食材としか見れない気がする。


 がっつり胃袋を膨らませてから部屋へと戻った。


「あ、ご主人様……」


 カエデはすでに目を覚ましていたが、まだ俺のベッドで横になっていた。


「むず痒い呼び方だな。まぁいいか、それより腹が減っただろ。飯を作ってもらったからしっかり食べておくといい」

「それは?」

「ドラゴンのハンバーグだ」

「ごくり」


 薬が効いているのか口調がはっきりしている。

 咳も見られないし回復に向かっているようで安心した。


 ベッドから出てきたカエデは、椅子に腰を下ろしナイフとフォークで綺麗に食べ始める。


 お? 奴隷だから何も知らないと思ってたが、こいつもしかしてそれなりに教育を受けているのか?


 みすぼらしい姿なのに所作は美しい。


 だが、しばらくして勢いだけの荒々しい食事に変る。


 よほど腹が減ってたんだろうな。

 格好つけなくてもいいのに。


「しかし、その格好をどうにかしないと不味いかもな」

「むぐっ!?」


 ごほごほっと咳き込む。

 カエデは顔を真っ赤にして恥ずかしそうにした。


「こんな姿でごめんなさい……」

「謝らなくていいさ。悪いのはお前をきちんと扱わなかった奴隷商だ」

「ご主人様」


 カエデの目がうるうるする。

 早く食べろ、口の端にソースが付いているぞ。


 食事を終えると俺は外に出る準備をする。


「わた、わたしも付いていきます」

「まだふらふらしているじゃないか」

「でも歩く練習をしないと」

「……それもそうだな」


 途中でへばったら俺が背負えばいいだけの話。

 それに女の服って買ったことがないから細かいこと分かんないんだよな。


 一緒に宿を出て街に出る。


 まず最初は服屋だ。

 そこでカエデはそこそこ見栄えの良い冒険者向けの服を購入した。


 次に靴屋。

 革のブーツを購入。


 次は武具店。

 そこでカエデは革の防具とナイフに杖を購入する。

 ただ、その杖がかなり特殊なのだ。


「本当にその杖にするのか」

「お願いします」

「そこまで頑ななのか」


 彼女の選んだ杖は世にも珍しい扇形だった。


 材質は合金、俗に言う鉄扇である。


 店の主によれば扇形の杖は、ごく一部の地域だが使われているそうなのだ。

 たまたま市場で流れてきたので、物珍しさから手に入れたと言っていた。


 だが、鉄扇は子供が扱うにはかなり大きい。重さもかなりになる。


 カエデは細い腕で扇子を開き、軽々と扱って見せた。


「重くはないか?」

「まだ少し……でも、元気になれば大丈夫だと思います」


 考えてみればカエデは身体能力の高いビースト族だ。

 今は弱っているが、元々は容易に扱えるくらいの能力はあったはず。


 もし無理でも武器を変えればいいだけだ。


 店を出て二人でぶらつく。

 買うべき物は買ったと思うが……他に何かあったか?


 ふと、カエデが付いてきていないことに気が付いた。


 振り返ると屋台の前で足を止めている。


「食いたいのか?」

「い、いえ」

「遠慮せずに言え。今の俺は羽振りが良いからな」

「あの、たべたいです」


 恥ずかしそうに言うので思わず頭を撫でてしまう。

 カエデは顔を伏せて赤く染めた。


 その屋台は甘い生地を焼いた菓子だった。


 俺も昔食ったことがあったな。

 確かあれはリサにせがまれて――。


 思い出そうとすると胸に深く重い悲しみと空虚感が押し寄せる。


 なぜ俺は裏切られたんだ。なぜ。


 これ以上はいけないと意識を一気に引き戻す。

 いくら考えようとあいつらの気持ちなど分からないのだ。

 そして、全ては終わったことだ。


 俺は菓子を購入して適当なベンチに座った。


「ほら、好きなだけ食べろ」

「ありがとうございます。ご主人様」

「その呼び方止められないのか?」

「でもご主人様はご主人様で」


 カエデが困った顔をする。


 奴隷なのだから仕方がないのかもな。

 そう教育されたのだろう。


「ご主人様は……こんな面倒でお金のかかる奴隷は嫌いですか。もう捨ててしまおうって思ってますか」

「なに言ってんだ」


 カエデは顔を伏せてぽろぽろ涙をこぼす。


 こいつ買い物をしている間、そんなことを考えてたのか。

 つい呆れてしまうが、それだけ奴隷として辛い日々を送ってきたのだだろう。


 俺は安心させてやるために頭を撫でてやる。


「捨てるわけないだろう。お前には死ぬまで傍で支えてもらいたいと思っている。いたらない主人かもしれないがよろしく頼むよ」

「いいえ、ご主人様は最高のご主人様です! ご主人様の為ならなんでもします! だからずっとずっとお側にいさせてください!」

「お、おお……」


 恥ずかしいがなんだか嬉しいな。

 少しくらいは信頼関係を築けたのかな。


 口に入れた菓子がより甘く感じる。


「そうだ、髪を切ってもらわないといけないな。その前髪だとよく見えないだろ」

「ハサミがあれば自分で切れると思います」

「じゃあ帰りに購入――ん?」


 ぱき。ぱきぱきぱき。


 聞き覚えのある音が俺の中から響いた。


《報告:魔力貯蓄のLvが上限に達しましたので百倍となって支払われます》

《報告:スキル効果UPの効果によって支払いが十倍となりました》

《報告:スキル経験値貯蓄のLvが上限に達しましたので百倍となって支払われます》

《報告:スキル効果UPの効果によって支払いが十倍となりました》

《報告:魔力貯蓄・スキル経験値貯蓄が破損しました。修復にしばらくかかります》


《報告:スキルのLv限界値が破壊されました。新たな限界値が設定されます》

《報告:新たなスキル【経験値倍加・全体】が習得されました》

《報告:新たなスキル【魔力貸借】が習得されました》


 またスキルが壊れて払い戻されたようだ。

 視界に文字が勢いよく流れる。


 体を巡る魔力の量が信じられないほど増加していた。


 魔力を抑えきれず体から僅かににじみ出る。

 俺の体の表面が陽炎のように歪んだ。


 一体俺はどれだけの魔力を手に入れたんだ。


 考えるだけで恐ろしい。


「あ、ああああ、あああ」


 不味い。カエデが怯えている。


 魔力に敏感な者は質や量が分かると聞く。

 きっと彼女には俺が化け物に見えているはずだ。


 必死で押さえ込みなんとか魔力漏れはなくなった。


「驚かせて悪かった。スキルの効果で魔力が増えたんだ」

「…………」

「だ、大丈夫か?」

「ご主人様は、すごい御方だったんですね」


 カエデは表情を一転させ目を輝かせた。


 すごい……のだろうか?





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