2話 奴隷を購入した戦士


 大剣を握ったまま呆然とする。

 いきなりのことで理解が追いつかないのだ。


「Lv300だと……冗談だろ」


 俺の知る限りレベル100で英雄扱いだ。

 300ともなるとそれがどれほどのものなのか想像すらできない。


《報告:経験値貯蓄が破損しました。修復にしばらくかかります》


 視界に表示された文字にハッとする。


 そうだ、ステータスを確認しよう。



 Lv 300

 名前 トール・エイバン

 年齢 25歳

 性別 男

 種族 龍人

 ジョブ 戦士


 スキル 

 ダメージ軽減【Lv2】 

 肉体強化【Lv3】 

 経験値貯蓄【修復中】  

 魔力貯蓄【Lv9】

 スキル経験値貯蓄【Lv9】

 ジョブ貯蓄【Lv8】

 スキル貯蓄【Lv8】

 スキル効果UP【Lv10】



 本当にレベルアップしている。

 見たこともない数字に頭が痛くなった。


 落ち着け、冷静になれ。

 頭の悪い俺でもこれらの出来事から察しが付くはずだ。


 貯蓄――この言葉は何かをため込む際に使われる。


 つまりずっとスキルは俺から経験値を奪い続けていた?


 そして、とうとうスキルが壊れて全ての中身が俺に払い戻されたんだ。

 しかも倍になるという信じられないおまけ付きで。


「じゃあ俺が得られていたはずの経験値の大半は、スキルに奪われていたってことか。本当ならあいつらと同じようにLv40台になってたってことかよ」


 くそっ、寄生虫みたいなスキルじゃないか。


 分かってみるとあらゆる点に納得が行く。


 俺はパーティーで誰よりも死線をくぐり戦い続けた。

 なのにレベルが四人よりも低いなんておかしいと思っていたんだ。


 四人に追いつこうと、陰で血がにじむような努力をし続けてきたあれは、全部経験値貯蓄スキルが足を引っ張っていたってことなのか。


「はは、はははははっ! ははははははは!!」


 あいつらと縁を切った今となってはどうでもいいこと。

 むしろ旅立ちの前に知れてすっきりした。


 よし、決めた。これから俺は世界を旅しよう。


 レベルが300もあればどこへ行っても恐れるモノなんてないだろう。


 これからは好きなことをして好きなように生きるんだ。


 このぽっかりと空いた胸の穴を何かが埋めてくれるかもしれない。


「だがその為にはまずは隣国で準備だな。長い旅をするなら必要な物も多いはずだ」


 剣を背中に収める。

 俺は悠々と道なりに歩き始めた。



 ◇



 バルセイユ国を出て隣国のアルマン国へと至る。

 そして、辺境の街リビオに到着した。


「さすがはアルマン、辺境でも活気があるなぁ」


 すれ違う大勢の人々に目をひかれる。


 屋台も出ていて美味しそうな香りが胃袋を刺激した。


 ふと、視界にとある店の看板が入った。


『リビオ奴隷店』


 奴隷店など珍しくもない。


 むしろ嫌っているくらいだ。


 いつもなら無視していた店。


 だが、裏切られたばかりの俺には惹きつけられるものがあった。


 奴隷は契約で主人を裏切ることはない。

 命令すれば嘘だって言えなくなる。

 ずっと俺の傍にいてくれる存在。


 脳裏に四人の顔がよぎる。


 それだけで血が沸騰するような気がした。


 拳を握りしめ怒りを我慢する。


「今の俺には信頼できる仲間が必要だ。この異常なステータスを秘密にしてくれて、尚且つ絶対に俺を裏切らない右腕が。このままだと人間不信になってしまいそうだ」


 親友にも恋人にも幼なじみ達にも裏切られた俺に、今やよりどころはないに等しい。


 心の平穏を保つにはきちんと裏打ちされた信頼のできる仲間が必要だ。


 それこそ強さなんてどうでもいい。ただただ安心したい。

 まだこの世には信じられるものがあると心の底から思いたいんだ。


 思い切って店のドアを開ける。


 カラン。ベルが鳴りすぐにカウンターが見えた。


 店主らしき紳士服を着た老人が微笑みを浮かべている。


「いらっしゃいませ。本日はどのような御用でしょうか」

「戦いに連れて行ける奴隷を一人欲しい」

「性別は? 他の用途は?」

「特に決めていない」


 老紳士は深く頷き店の奥へと案内する。


 薄暗い場所には無数の檻が置かれていた。

 中には屈強な男や女、それにこの辺りでは見かけないエルフやリザードマンまでいるではないか。


「戦闘用ならこのリザードマンがお勧めです。固い外皮は刃を跳ね返し、その性格は義理堅く忠義に厚い。戦場で背中を任せるには最適な者でしょう」

「いくらだ」

「三千万でしょうか」

「他を見せてくれ」


 予算は百五十万しかない。

 とてもではないが手は出せない。


 彼は「では」と檻に手を入れてエルフの顎を指で上げる。


「このエルフはまだ戦闘は未経験ですが、夜のお供としてはきっとご満足いただけるでしょう。魔力が豊富なので魔法使いとして育てれば、遠距離のエキスパートとしてお役に立てるはずです」

「値段は」

「二千五百万」


 まだ高い。ここへ来たのは早まったか。

 せめて奴隷の相場を調べてから来ればよかった。


 老紳士は目を細める。


「ご予算をお聞きしても?」

「百五十万だ」

「ふむ、でしたら質はかなり落ちてしまいますが、百万台でご紹介いたしましょう」

「ありがたい」


 奥のカーテンが引かれた場所。

 そこへ彼は俺を導いた。


「うっ」


 鼻をつく強烈な悪臭。

 糞や尿や汗などから生じる臭いだ。


 無数の小さな檻が置かれていた。


 中には大小様々な獣が入れられ人間の子供の姿もあった。


「ここにいるのはほとんどが百万以内でございます」

「どうしてそんなに安いんだ」

「弱い、醜い、病気持ち、性格に難あり、調教前、理由は様々。ですが今は使い道がないだけで、後々化ける可能性も充分にある品でございます」


 人を物のように語る奴隷商人に吐き気がする。


 けど、それを購入しようとしている俺だって同じようなものか。


 視線を巡らせ興味の引く奴隷を探す。


「ん?」


 部屋の隅にある小さな檻。

 そこに薄汚れた白髪の少女がいた。


 近づいて観察する。


 少女は痩せ細っており息は絶え絶えだ。

 長い前髪が目元を覆っていて表情はよく見えない。


 ぼろきれを纏っている姿はあまりにもみすぼらしく、直視するのをためらってしまうほどだ。


 横になったまま少女は俺を髪の隙間からうつろな目で覗いた。


「ひっ、300!?」


 檻の隅へ逃げた彼女を見て確信する。

 この子は俺のステータスが見えているのだ。


 もしかして……レアスキルである鑑定を有しているのか?


 そうとしか思えない。

 俺を見て三百なんて数字は普通出てこない。


「この子はいくらだ」

「十一万でございます」

「安すぎるんじゃないのか」

「いえいえ、これが適正価格でございます。なにせ非常に病弱でして煮ても焼いても使えない粗悪な奴隷なので」


 少女は激しく咳き込んだ。

 彼の言う通り体調はかなり悪いようだ。


 いくらレアスキル持ちでもここまで弱っていれば、安値を付けられるのも仕方がないのかも知れない。

 それとも奴隷商は鑑定持ちだと気が付いていないのだろうか。

 さすがにそれはないか。普通に考えれば専門に頼んで調べてもらうだろう。


「お前、名前は?」

「…………」

「おい、お客様に返事をしろ!」


 奴隷商が杖で檻を叩いた。


「カエデ……です、ごほっごほつ!」


 カエデか。響きが良い。


 それになんだかこの子にぴんと来る物があったのだ。

 直感とでも言えばいいのか。具体的に何が俺を引きつけているのかは説明できないが、なんとなくこの子が良いと思えた。


「この子を買わせてもらう」

「ご購入ありがとうございます!」


 奴隷商は満面の笑みで深々と一礼した。


「それではお代をいただいた後、お客様には主従契約を行っていただきます」

「一つ聞くが俺のステータスを公開する必要はあるのか」

「いえいえ、そのようなことはございません。ちょっと血を垂らしていただくだけでございます」

「ならいい」


 レベルを明かす必要がないと分かって安心した。

 彼は職業上かなり口は堅いだろうが、できるなら誰にも知られたくはない。


 カエデは不安そうな目で俺をじっと見ていた。




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