第73話徳川家基7

「随分と激しくやったそうだな」


 御老中には正しい情報が行っていないようだ。


「そんな事はありません。

 我が相手した七人は、得物を叩き落として無傷で負かしました。

 ところが、少しでも勝ち目のある力太郎と戦おうとした馬鹿がいたのです。

 我が何度も力太郎には手加減する技がないと、言ったにもかかわらずです。

 大した腕もないのに、口舌の徒が大言壮語するから、引っ込みがつかなくなっただけで、我は何度も手加減してやると申したのです。

 それを無理矢理力太郎と試合したのです」


「なるほど、そういう事か。

 西ノ丸の者共は、一方的に大納言様の側近が殺されたと文句を言ってきたが、そういう事情は一切口にしなかったな」


 やれ、やれ、旗本の誇りも武勇も地に落ちたものだ。


「もしそれを鵜呑みにして我達を処分すれば、正々堂々の試合で負けた腹いせに、不当な言いがかりで罰をあたえたことになります。

 それでは西ノ丸様の評判は地に落ちてしまいます。

 そのような事は、よほどの愚か者でもわかる事でございます。

 虎の威を借る狐ではありませんが、西ノ丸様の威を借りて、私利私欲を働くような者は、即刻御側から外すべきではありませんか」


「確かに藤七郎の申す通りじゃ。

 そのような卑怯卑劣な者共を側に置いておけば、大納言様の御教育によくない。

 だが我だけがそう言っては、悪くとる者も出てくる。

 藤七郎はどうすればよいと思うか」


 やれ、やれ、我に頭を使う事を要求されても困る。

 だが、今回の件だけは分かる。

 この件には白河公が係わっておられる。

 我らが無事に御城を下がる事ができたのも、白河公の御陰だ。


「我に難しい事は分かりませんが、この件は白河公が西ノ丸様の耳に入れた事。

 白河公に協力してもらえばいいのではありませんか。

 それに、西ノ丸衆全てが卑怯卑劣なわけではないと思われます。

 武辺者を名乗る乱暴なだけの近習を嫌う、側衆もおりましょう。

 特に役方の者は、今回の件では近習と反発していたのではありませんか」


「ふっふっふっふ。

 難しい事は分からぬと申しておきながら、的確な所を指摘するわ。

 確かにその通りであろうな。

 武辺を名乗る乱暴者を嫌っていた者も多かろう。

 分かった、我も西ノ丸の役方から話を聞くようにしよう。

 白河公にも手伝ってもらおう。

 さて、せっかく来たのだ、一献付き合え」


 やれ、やれ、我は不調法で酒が飲めぬのだが、御老中に付き合えと言われれば、付き合いうしかないだろう。


「はい、御一緒させていただきます」


「そうか、そうか、今日は台所の者が、豆腐百珍の料理を再現してくれるそうだ。

 真の八杯豆腐と鮎もどきを作ると言っておる。

 楽しみにしておれ」


 まいったな、豆腐で似せた鮎なんかよりも、本物の鮎の塩焼きが食べたいのだが、今宵は仕方がないな。

 明日にでも大川に鮎を獲りに行こう。

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