第33話仇討ち5

「先生、御世話になります」


「うむ、敵の襲撃があると心得て、常に気をつけるように」


 我は、敵となった日暮源左衛門の襲撃を警戒して、藤野姉弟に引っ越しをさせた。

 我が敵ならば、藤野姉弟を確実に返り討ちにするために、見張りをつけておく。

 古河藩土井家と川越藩松平家が協力してくれるのなら、軍資金も人手もある。

 それくらいの事はやっていると考えていないと、仇討の助太刀どころか、藤野姉弟の父親のように闇討ちされてしまうかもしれない。


 おいよさんの料理を食べて直ぐに、長屋の大家に空長屋を貸してくれるように交渉して、もう一つ九尺二間の裏長屋を貸してもらう事になった。

 普通なら連座制を恐れて身元の確かではない者には貸さないのだが、我が保証人となったので簡単だった。


 食事を終えてから、四半刻かけて藤野姉弟の長屋に向かった。

 仇討ちに不要な道具は全部売って生活の足しにしたのであろう、布団以外にはめぼしい家具もない、慎ましい裏長屋暮らしだ。

 それでも布団が二組をあれば、背負って運ぶわけにはいかない。

 そんな真似をしているところを、日暮源左衛門一味に襲われたら恥である。


 一緒についてきた伊之助に大八車を借りに行かせ、伊之助に車力をやらせて、長屋まで戻って来て、おいよさん達が掃除を済ませてくれていた長屋に荷物を運んだ。

 手伝ってくれた伊之助には、銀小粒五匁を握らせてやる。

 腕のよい大工の日当が銀四匁二分だから、一刻ほどの仕事の手間賃としては十分な金額であろう。


 我は近所の蕎麦屋に伊之助を走らせ、引っ越し蕎麦の用意をさせた。

 用意というのは蕎麦切手の購入である。

 普通なら、藤野姉弟が引っ越してくる向こう三軒両隣の五軒に盛蕎麦二枚と、大家に盛蕎麦五枚を配るのだが、貧乏人の子沢山の裏長屋では、二枚では家族全員が食べるには少なすぎる。


 だから五軒には子供を含めた家族分の蕎麦切手を配り、大家には一番子沢山の家にあわせて七枚分の蕎麦切手を配った。

 全てを我の財布から出した事で、るい殿は酷く恐縮していたが、今日から藤野姉弟は我の内弟子となるのだから、師が内弟子の衣食住の面倒を見るのは当然だと言って、恩に着ないようにしてやったのだが、それからは我の事を先生と呼びだした。


 伊之助は既に次の手段のために長屋を飛び出していた。

 おいよさんは晩飯の準備をしてくれている。

 昼に新たに飯を炊いたので、朝に炊いて昼食べるために置いてあった飯と惣菜、昼炊い分の飯も残っている。

 惣菜も赤鱏の煮凝りと鯉の甘露煮に鱸と大根の煮物が残っている。

 藤野姉弟にはしっかり食べて体力を取り戻してもらわなくてはならぬ。

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