怪奇怪盗メーヘレン
気力♪
01 怪盗メーヘレン
かつて、この世界には魔法が存在した。
それは科学の発展により廃れていったが、その魔法の遺物は多くの場所に残っている。
しかし、その異物の中にはかつて存在した魔物の怨念が封印されたものが存在する。それは皇国によって厳重に保管されていたが、帝国との戦争の折に各地へと散らばった。
そしてそれらは現在、無知なる帝国の者たちの手に渡っていた。
呪物の呪物の再封印を行わなければ怨念が解放され、古代の魔物が復活してしまう。そして、そのことを科学至上主義者の帝国人は信じたりはしない。
だからこそ、この皇国に怪盗が生まれたのだった。
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「探せぇ! コソ泥はすぐそこにいるはずだ!」
「はい! 帝国の威信にかけて盗ませたりは致しません!」
そんな怒声の響き渡る豪邸。
この屋敷では、現在トラブルが起こっていた。
この屋敷の主人、ゾルダートの趣味である皇国の古代の歴史資料の一つが、盗まれたのだ。
“誰もいないはずの場所で、誰かが誰かと争った形跡を残して”
そして、この屋敷の警備網にはその影も形も見えず、残されたのは一つのカードのみ。
『お宝”風魔の絵巻物”は一時拝借いたします、怪盗より』
「決して逃がすなぁ!」
そ警備員たちがくまなく屋敷を探していると、3階の窓が開いているという事が発見された。
しかし、そこからの足取りは全くつかめない。
下を捜索しても、足跡の一つもないのだ。
まるで、そこからどこかに消えたかのようだった。
結局怪盗は見つからず、夜が明けると屋敷の前には木箱に丁寧にしまわれた巻物が置かれていた。
その絵巻物からはこれまで感じていた”狂気的な魅力”は薄まったため、普通の古代の絵巻物のように思えてしまった。
当然偽物にすり替えられていないのかの検査を行ったが、その様子は全くない。
この屋敷についてから生まれた経年劣化も、管理用のタグも変化はない。
主観的な狂気的魅力以外のすべてが本物であることから、これは真作であると判断されてしまった。
その凄まじき贋作技術に対して、この怪盗はこう呼ばれている。かつて贋作を真作にしてみせた伝説の贋作者の名前からとられたその名前。
”メーヘレン”と。
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「なんて話を昨日お父さんが酔ってしゃべっててさー、うざいよねーそういうの」
「それ、大丈夫なの? 機密がどうとかって話になりそうなんだけど」
「さぁ?」
「適当ね、まぁ言いふらす趣味はないんだけど」
「カンナちゃん友達少ないもんねー」
「うるさいよメアリー」
「そんな拗ねるカンナちゃんも可愛いなぁ!」
ここは、皇国にあるカフェ“アルセーヌ”。客の少ない店内にて、友人になった少女にダル絡みしているのがメアリー。純帝国人の少女である。メアリーと話し合っているのが、カンナという少女だ。帝国人にしては小柄なその姿は、彼女の纏う刺々しい雰囲気を和らげている。
だが、メアリーに対しては心を開いているようで彼女の奇行とも思える行動に対してさして抵抗もしていない。そんな黒髪の綺麗な少女であった。
ちなみに、メアリーのスタイルは良く、年上に見間違えられがちであるほどに豊満であった。それと比較するとカンナは荒野である。どことは言わないが。
「それで、メーヘレンだっけ? ソイツがどうかしたの?」
「いや、どうしてわざわざ盗んだものを返しに来るのかなーって。贋作だったとしてもさ」
「……怪盗なんだし、美学でもあるんじゃない?」
「それなら、皇国の歴史に出てきた石川五右衛門みたく、盗んだものを売り払って、お金を皆にばら撒く! なんてのの方がしっくり来ない? 一応皇国って敗戦国なんだし」
「……敗戦国特有の恨み辛みがどこにもないことが、不思議でならない妙な国だけどね、皇国って」
「むしろ仲良くなったよね。皇国と帝国って」
「皇国って昔圧政を敷いてたらしいからね。帝国は解放者ってことになるんじゃないかな」
「カンナちゃん当時のことは覚えてないんだ」
「……私は交易地区の育ちだから、圧政を感じたことはないのよ」
交易地区とは、戦争前に鎖国をしていた皇国の制度の一つである。外からの人間との交流、交易を限定していたのだ。
とはいえそれは14年も前の話。当時3歳であったカンナには、記憶の彼方の話だった。そんな悪習があったというような話を知っているだけだ。
「そういえば、カンナちゃん」
「どうしたの? メアリー」
「学校、通う気はないの?」
「今の仕事が不定期だからね。通信制ですら卒業できるか怪しいのよ。高卒認定試験は来年受けるつもりだけどさ」
「うん、やっぱもったいないよ! 青春は一回だけなんだよ! 女子高生のカンナちゃんはこの瞬間だけなんだよ! 一緒に学校行こうよー。私に勉強もっと教えてよー、宿題写させてよー」
「それが目的か。宿題は自分で頑張りなさいよメアリー。過剰な手助けなんてしないわよ私」
「えー」
「えーじゃない」
そんな会話をしていると、だんだんと客が増えてくる。
開店と同時にモーニングを頼むのはカンナ一人だが、この“アルセーヌ”のモーニングコーヒーは人気の逸品なのだ。
「じゃあ、私はもう出るわ。バイトも学校も頑張ってね。メアリー」
「うん! カンナちゃんもお仕事頑張ってねー!」
そう言葉を交わして、カンナは喫茶店を出て行く。
現在時刻は午前7時。カンナの仕事場までは10分と経たないので、遅刻の可能性はない。
そんな事を思いながら、周囲の人々を見回す。
14年前に、帝国と皇国は戦争をした。
それなりの数の軍人が死んだが、皇国の首相が“病死”した事で決戦には発展しなかった。その為、国民感情としてお互いに憎しみあっているという事は本当にない。戦勝国の務めとして帝国は皇国を占領下に置いているが、戦後2年で自治権は認められているほどに関係は良好だった。
“それが、表の世界での話だった”
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「来たわよ、静流」
「ああ、神奈か。早いな」
そこは、皇国の歴史ある古びた神社だった。
神奈は、ここで仕事をしているのだ。それは、巫女などの普通の仕事では当然ない。
ここは、皇族に仕える最後の陰陽師
「聞いた? 私なんか“メーヘレン”って名前ついたらしいわよ」
「……返しているのは、きちんと本物の筈だが?」
「私に言わないでよ。ガメて偽物にすり替えたりなんてするわけないじゃない。100年単位とはいえ、魔物を封じるための儀式が必要な粗大ゴミに興味なんて無いわよ」
「……呪物を粗大ゴミと言うな、神奈。あれは古代より受け継がれてきた歴史遺産でもあるのだ。そして、もし捨てるとしたら魔術由来の物なので危険ゴミだ」
「はいはい、ゴミの分別には気をつけますよ。それで、上からの指令はどうなってるの? 普段通りに行動したし、尾行の類も無かったから見つかってはいないみたいだけど」
「ああ、どうやら今回ももみ消しは通じたらしい。警察の一部が味方であることは本当に頼もしいな。……もっとも、職務を全うしない姿に思うところがないわけでは無いが」
そんな会話をしながら、怪盗として昨夜の事を振り返る。
やったことはシンプルである。変装して屋敷の中に潜り込み、巻物を盗んで離脱した。そしてその巻物を静流が封印し、丁寧に送り返した。
その過程で、この科学の蔓延る現代にて廃れた“魔法”を使っている事を除けば、恐らく神奈以外にもできる人間は多いだろう。
だが、この怪盗という仕事は神奈にしかできない。
彼女は、皇国人と帝国人のハーフである。その為、すこし変装すれば帝国人としてするりと忍び込める。
彼女は、魔法の天才である。3歳で露頭に迷っていた神奈を拾った静流の母から多くの術を教わっているために、“呪物の怨霊”を倒すことができる数少ない存在だ。
そして、彼女は帝国と今の皇国を憎んでいる。それは、彼女の両親が戦争を止めようとした事実がその種を植え、静流の母が帝国に殺されたことで育ち、今の“帝国の意図的な無知”による呪物の暴走を放置している現在の政府がその花を咲かせた。
使命感、容姿、実力、その全てを兼ね備えている『怪盗になることができる存在』は、この皇国には神奈しかいない。
だからこそ、神奈は怪盗をやっているのだ。メーベレンと名付けられた、顔のない怪盗を。
「それじゃあ、スケジュール的にあまり時間はない。次の呪物の話をしよう」
「ええ、お願いするわ静流──帝国にも皇国にも、もう魔法で人は殺させない」
そうして、神奈は二人きりの作戦会議をするのだった。
次の呪物、“伊賀の里の掛け軸”を封印するために。
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次回、フェルメリア美術館の怪奇。
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