一章 君が好きな私が好き。7

 ――やっぱりね、私たちがいちゃついているところを見せつけるのが、颯太を諦めさせるのに一番手っ取り早いと思うの。

 昼休みをたっぷり使って会議した末に、結朱のそんな一言で俺たちの方針は決まった。

 そうして迎えた放課後。

 バスケ部の練習に出ているという桜庭を狙い撃ちするため、放課後の教室に二人で待機し、ぼんやりと時間を潰す。

「……帰ってゲームしたい」

 既に放課後になって一時間。

 全く無益な待機時間を消費させられている俺の口からは、思わず溜め息が零れた。

「こらこら。せっかく私と二人っきりなのに、なんて色気のない愚痴を言うのかね君は。せっかく放課後の教室に可愛い彼女と二人っきりなんだよ? もっとこの青春シチュエーションを楽しみなさいよ」

 そういうのに興味ない奴だからこそ俺を選んだというのに、勝手な要求を突きつけてくる結朱。

 廊下を通る教師の死角に入るよう、窓際の狭い空間に二人並んで座り込んでいるという状況なため、微妙に肩と肩がぶつかる密着度だった。

 まあ全く意識しないというと嘘になるが、それよりも結朱相手にドキドキするのはなんか悔しいという気持ちが強く、妙に気疲れする緊張感がある。

 それもあって愚痴が零れたわけだが、我が最愛の彼女さんはご立腹のようだった。

「はいはい。可愛い結朱ちゃんと一緒にいられて幸せですよ。古文の授業の時くらい幸せ」

「それ退屈すぎて眠くなってるよね!?」

「つーか、桜庭は本当に教室に戻ってくるのか?」

 作戦の根幹部分を確認すると、結朱は自信ありげに頷いた。

「うん。ほら颯太の机の中見て。あいつ、机の中にスマホ置きっ放しでしょ。だから絶対取りに戻るはず」

 結朱の指差したほうに目を向けると、確かに桜庭の机の中にスマホが入っているのが見えた。

 帰りのホームルーム前にスマホを見ていたものの、教師が来たので慌てて机の中に入れたらそのままになったってところか。

「そこで、ちょうど颯太が戻ってくるタイミングを見計らって、二人でいちゃついている演技をすれば完璧ですよ」

「ま、それならいいけど」

 話を切ると、俺は自分のスマホを取り出して電子書籍のアプリを立ち上げた。

「あ、二人で話してる時にスマホとか感じ悪いんですけどー。そんなんじゃ女の子にモテないよー大和君」

「生憎と俺にはもう最高に可愛い彼女がいるので、他の子にモテなくても支障ないです」

 結朱のクレームを受け流しつつ、電子書籍で漫画を読み始めた。

 昨日発売されたばかりの少年漫画である。

「ねえ、何見てるの?」

「昨日発売された漫画」

 ちらりと画面を見せると、結朱は興味を持ったのかじっと覗き込んできた。

「あ、それもう新刊出てたんだ」

「知ってるのか?」

 少年漫画をたしなむタイプには見えなかったので意外だったが、結朱は画面に目を向けたまま頷いた。

「うん。啓吾に借りて読んだことある」

 啓吾……謎の登場人物が出てきたな。誰だそいつ。

「一応言っておくけど、生瀬のことだよ?」

 俺の困惑が見て取れたのか、結朱が胡乱な目でこっちを見つめてくる。

「そんなこと言われずとも、俺が大事なクラスメイトの名前を忘れるわけないだろ」

「意訳すると、忘れるどころか最初から覚えてないということでよろしい?」

「……よろしいです」

 ぐうの音も出ないくらい見抜かれた。

「大和君は本当にもう……まあいいか。とりあえず早く漫画見せて見せて」

 ただでさえ密着状態だったのに、さらにくっついてくる結朱。

 肩とか二の腕とか、触れた部分は同じ人間とは思えないほど柔らかく、悔しいながらうっかりドキッとしてしまう。

 それを誤魔化すために、俺も漫画に集中した。

 結朱のペースに合わせてページをめくり、少しずつ物語に引き込まれていく。

 最初は隣で結朱がぽつぽつ会話を振ってきていたが、それもなくなるくらい物語が盛り上がってきた頃――『次巻へ続く』の文字が見えて、二人同時に息を吐いた。

「いやー、気になるところで終わったね」

「ああ。次の巻の発売日いつだろ」

 あとで調べておこうと心に決めている俺の横で、まだ結朱はじっとスマホを覗いていた。

「ちなみに、他はどんな本が入ってるの?」

「別に漫画とか小説だけど」

 そう言ってスマホを仕舞おうとする俺だったが、その手首を結朱がひしっと掴んできた。

「気になるなあ、見せて」

「嫌です」

 他人に本棚の内容を見せるのは微妙に恥ずかしい。こう、自分の趣味を全部さらけ出しちゃう気がして嫌なのだ。特に異性相手だと結構照れる。

 が、それに何を思ったのか、結朱が目を輝かせた。

「んー? もしかして、えっちな漫画とか入ってたり?」

「んなわけあるか」

 そんな危険物を学校に持ち込むほど、俺は危機管理のできない男ではない。

 しかし、結朱は納得してくれなかったようで、俺のスマホを奪おうとしてくる。

「じゃあ見せてくれてもいいじゃん。とりゃ!」

「うおっ、させるか!」

 スマホを奪取しようとしてくる結朱から、なんとか逃れる。

「おのれっ、大人しく渡すがいいさ!」

「誰が渡すか!」

 床に座ったままスマホを持つ手を上げて抵抗する俺に、結朱は上から覆い被さるような形でスマホを取ろうとしてきやがった。

「うむむ……しぶといなあ!」

「重い! 下りろ!」

「女の子に重いとか言うな!」

 上体を反らしながら、左腕一本をつっかえ棒にして身体を支えている体勢なのに、結朱は隣から俺の肩に手を置いて思いっきり体重を乗せてくる。

 実質、左腕一本で二人分の体重を支えている状態だ。

「ちょ、マジで無理無理無理――あ、終わった」

「え……きゃっ!?」

 唐突に体勢を崩して仰向けになる俺と、それに巻き込まれてうつぶせに倒れ込む結朱。

 当然、お互いの密着度は究極まで高まる。

 ほとんど抱き合っている状態に近い――いや、実際抱き合っているとしか言えない状態。

 俺の胸の中にすっぽりと収まった結朱は、突然の事態に付いていけないように硬直していた。

 一方、状況をきちんと把握している俺は別の理由で硬直する。

 すっぽりと自分の腕の中に収まる結朱の華奢な肩と、甘い匂い、俺より少し低い体温。

 それに何より、密着しているせいで意外と『ある』ことが分かった、柔らかい二つの膨らみの感触が――。

「きゃっ……!? ちょ、くっつきすぎなんだけど! いきなり倒れないでよ!」

 結朱もようやく我に返ったのか、俺の上に乗ったまま顔を真っ赤にした。

「お、お前が体重かけてくるからだろ! ていうか下りろ重い!」

 俺も多分、真っ赤になってしまっている。

 くそ、こいつ至近距離で見るとすげえ可愛いな。いや可愛いのは最初から分かっていたけどね? ていうか思ったよりエロい身体してるんだけど!

 混乱の極致に達しながらも身体の上からの退去を命じる俺だったが、何故か結朱は従わずに密着状態を続ける。

「おい、結朱?」

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